第四十四話
ボロさと活気の共存する市場、並ぶ目を引く商品達。
隣にいるノア様と、その奥で周囲を観察しているエイダ。普段なら目を引く2人だが、今日は比較的シンプルな装いをしていた。
「視察ってのは案外平和なもんだな。もっと派手かと思ってたわ」
「正式な視察は街の負担になりますし、さっと来れるものでもありませんからね。疲弊しているこの街にそのような事はできませんから」
「ふうん……そういうもんなんだな」
質素な赤のワンピースをひらひらと揺らしながら、街をゆっくりと歩いていく。見慣れぬ異世界の品物に度々視線が吸われていった。
「ジュリ、あまり立ち止まらないでください。時間は有限です」
「あ、悪い。ついな」
嗜めるようなエイダの声にあたしはハッとして止めた足を動かす。
「しかしたまにはゆっくりと過ごすのも良いのでは? 中々ゆっくり買い物を楽しむ時間もありませんから……」
「ノアは甘すぎます。今は任務中です。休暇ではないのですから」
困った様に眉根を寄せるノア様と、さも当然と言わんばかりに前を見据えるエイダ。
「お前頭固すぎんだよ。店で買い物して人から話聞くのも視察の一貫。同じ仕事なら楽しくやったっていいんじゃねえか?」
ノア様の顔を横から覗く様にして、あたしはにっと口角を上げる。
「なあ、ノア様?」
ノアぴくりと肩を揺らしてからふっと表情を緩めるノア様。その表情は何処か安堵している様にも見えて。
「……そうですね。任務である事は忘れない範囲で楽しみましょうか」
「よし、じゃあまずは酒場だな」
自信満々で発されるあたしの言葉にエイダは怪訝そうな顔をする。
「ジュリ? 任務だと言ったはずですが。聞くならまずは情報通の宝石商などでは?」
「んなの聞いても平民の生活なんてわかんねぇよ。酒が絡んだ場所ってのは皆口が軽くなるもんだ。しょーもねぇ話から人には聞かせらんねぇ事までなんでも、な」
酒の席で失敗した事はねぇが、そう言う輩は山ほど見てきた。それはこの世界でも変わりねぇだろう。
「ま、最終的には何が知りたいかだ。貴族筋の動きが知りてぇか、市民の生活が知りてぇか。ノア様はどうしたい?」
ノア様は目を見開いて私を見る。
「わ、私ですか?」
「3人で来てんだ、困った時は多数決だろ?」
しばし視線を揺らし、口元に手を当てるノア様。
てか意見聞かれただけでなんでこんなに驚いてんだコイツ。普段エイダといる時もこんぐらい話すだろうに。
「では……まずは酒場から、でしょうか。中々民の話を聞ける機会なんてありませんから」
「じゃ、決まりだな。さっき来た道に昼はカフェやってる酒場があった。そこいくぞ」
あたしはノア様の手を取ってスタスタと歩いていく。ぴくりと跳ねた手。しかしその手はそっとあたしの手を握り返してきた。
その手の温もりに僅かに鼓動が速くなる。
「ジュリ、何をしているのですか」
しかしその手を阻む様にぐいとエイダがノア様を引き寄せる。離れていく手と、何処か残念そうなノア様の顔が印象的で。
「別にいいだろ。嫉妬か?」
エイダは眉間に深く皺を刻む。
「任務中にそんな風に過度に接触する必要はないはずです」
「むしろいいカモフラージュになんだろ。仲良い恋人同士、って事でな」
エイダはぴくりと目尻を痙攣させ、ノア様はこちらを見ながら頬を赤らめた。
「なるほど、確かにその方が情報が得やすいかもしれません。しかしそれなら……」
エイダはがしりとノア様の手を握る。
「私が恋人役をしても、問題はないはずです」
「え、エイダ……!?」
「ほお……いい度胸じゃねえか」
あたしは反対側のノア様の腕に、自らの腕を絡ませ、ぐっと体を押し付けた。
「なあ、ノア様。どっちの恋人がいい?」
ノア様を見上げ揶揄う様にそう尋ねる。ノア様は顔から火を吹きそうなぐらい顔を真っ赤に染めて、私とエイダを交互に見やった。
「えっ、そのっ……私は……」
「もちろん、あたしだよな?」
煽るような笑みを浮かべノア様の首筋をそっと指でなぞる。
ぴくりと跳ねた肩、あたしだけを見つめる揺れる瞳。
可愛らしいその反応に、あたしはそっと唇を舐める。
「ノア、貴方が選ぶのは私ですよね?」
ぎっと奥歯を噛み締めてノアを見上げるエイダ。その顔には、どこか焦りがにじんでいた。
「それは……」
ノア様の瞳は一瞬エイダを捉えて――すぐに、こちらへと戻ってくる。
あたしはそれを確認し、ゆっくりとまわした腕を解いた。
「……ま、あんま意地悪すんのも良くねぇな。ここは譲ってやるよ」
「ジュリ……?」
物足りなさそうなその声に、あたしはすっと目を細めた。前までなら惹かれてやまなかったその反応。それなのに……何か、違う気がして。
「さあ、聞き込みと行こうぜ」
ノア様に背を向けあたしは酒場へ歩き出す。
胸の中の違和感と、ただ一人向き合いながら。




