第四十二話
翌日、戦略会議室。昨日に引き続き激しく降り続く雨の音が、張り詰めた部屋の空気を揺らしていた。
会議のはずなのに、誰も、一言も発さない。
左手にいるガブリエルは顎を引いて正面のノア様を睨みつけ、右手のヘンリーは負傷した左腕を右手で軽くさすりつつあたしをじっと見つめている。
その異様な雰囲気に正面のノア様は目を伏せながら忙しなく指を交差させ、隣のエイダは眉をひそめて腕を組む。
誰かが口を開けば、爆発しそうなその雰囲気。
暑い夏の日のはずなのに、その空気は真冬のように冷たく感じられた。
「……何故、このようなことになっているのですか? 確か戦況は良好だという話でしたが」
怪訝そうに眉をひそめたまま、何も知らないエイダが沈黙を打ち破る。
ありがたいはずのその言葉。それなのに、生きた心地がしないのは何故だろう。
「もちろん、状況は良好だ。ジュリと二人で特A級も撃破したし、な」
「ジュリ……? ガブリエルは確か、ジュリを姉さんと呼んでいたのでは?」
「関係性が変われば、呼び方も変わるだろ? なあ、ジュリ?」
ガブリエルはそっと、あたしの方へと距離をつめる。それを牽制するかのように、ヘンリーがギロリと鋭くガブリエルを睨みつけた。
「特筆するような変化はないだろう。会議中だ。私情を持ち込むな」
いやお前も私情マシマシだろうが……!
舌打ちしたくなる気持ちと早る鼓動をぐっと抑え正面にひたと視線を向ける。
「2人ともうるせぇよ。会議が進まねぇだろうが」
コツコツと机に広げられた地図を叩く。2人はあたしの言葉を聞いて、渋々上体を元に戻した。
正直、まだ精神的に落ち着いたとは言い難い。だがここであたしが崩れたら困るのはノア様だ。この狂犬達の手綱を握れるのは、今はあたししかいねぇ……!
ドキドキとうるさい心臓を深呼吸して落ち着けながら、あたしはゆっくりと口を開く。
「戦況は良好、リヴィエールは攻略済み、フロンティエールまではあと2週間もあれば到達できる。周辺の討伐を先に終わらせるとしても……まあ、1ヶ月ありゃ十分だろ」
「1ヶ月……? 随分と早いですね」
「まあ、色々あってな」
ガブリエルは4日でクソ広いあの範囲を制圧し、他のグループの討伐も順調。その結果わずか1週間で1/4の地域の奪還に成功したわけだ。……ガブリエル、優秀ではあるんだよな。あたしが関わるとポンコツになるだけで。
「ジュリのためだからな。俺はなんだってするさ」
耳元で囁く甘い声にぞわりと背筋が粟立つ。
「おっ……お前なぁ……!」
耳を抑えてきっとガブリエルを睨む。ガブリエルは熱のこもった眼差しを向けながら、にこりと優しく微笑んだ。
「俺はジュリだけを見てる。……どこかの誰かさんみたいに、誰かとの間で揺れたりなんてしない」
ガブリエルはそっとあたしの手を取り、血の気の引いた様子で呆然とこちらをみるノア様を睨みつけた。ノア様はその眼差しに、びくりと肩を震わせる。
「っ……!」
揺れる瞳と、震える指先。弱々しいその姿はひどく可愛らしい……はず、なんだが。
「……やめろ、ガブリエル」
何故か……前ほどのときめきは感じられなかったが、それでもノア様が傷つくのは見ていられなくて。あたしはガブリエルをそう嗜める。
ガブリエルは一瞬不満げな顔を浮かべるが、すぐにすっと目を細めた。
「悪かったよ」
ガブリエルは何処か勝ち誇った様子でノア様を見た。その表情に、あたしははぁとため息をつく。
「とりあえず問題はグループ分けだ。今の所3グループに分かれてっから今後もそれで良いだろ。共闘すんならお互いの戦闘スタイルは知っといた方がいい。戦力を分散させつつ、ローテーションを組んでいこう」
全員に目配せをして、同意を得る。反対するものは当然のことながら誰もいなかった。
「まず、あたしはノア様とエイダの戦闘スタイルをしらねぇ。その2人とは一度組んだ方がいい。他はどうだ?」
「私はある程度全員と共闘経験がありますが……強いていうなら、ガブリエルとはあまり組んだことがありませんね」
ノア様の発言に、ガブリエルはぴくりと肩を揺らす。
「へえ……自分から俺と組みたいっていうんだな。いい度胸じゃないか」
「やめろガブリエル。……まじで問題がおきかねねぇ、やるならエイダと3人で組んでくれ」
大きく息を吐く。ガブリエルの事だ、偶然を装ってノア様に何かしかねない。そんな事絶対させねぇけど。
「? 私は構いませんが……それならジュリと3人で組んだ方が効率が良いのでは?」
何もわかっていない様子のエイダは、こてりと首を傾げる。今だけはこの鈍感さが羨ましかった。
「んなことしたらそれこそ大問題だよ。いや、エイダがいてもダメかもしれねぇ……」
グループ分けの段階で難航するってどういうことだ。あたしはズキズキと痛むこめかみを抑え、心を落ち着かせるように深呼吸する。
「……それならば、俺が間に入ろう。その間にエイダとジュリで組めばいい。もう一つのグループはルーバンに任せて比較的難易度の低い地域をあてがう。それでどうだ?」
「先生……」
やっと出てきたまともな発言に、あたしは心底ほっとする。よかった、ヘンリーはただの狂犬じゃないみてぇだ。
「ガブリエルもそれでいいだろう」
「それなら出し抜かれることもないしな。……わかった、俺もそれでいい」
ヘンリーはあたしの方を見てわずかに目元を緩ませる。その姿は、妙に頼もしい。
こいつ、こんなに気が使えるやつだったか……?
ほんのり違和感を感じつつ、あたしは再び全員を見る。
「よし、じゃあまずはその組み合わせで行く。2週間後にまたグループ再編、それまでは適宜報告。異論はねぇな?」
全員が頷くのを確認し、あたしはパンと手のひらで地図を叩く。
まだ、自分の気持ちはわからねぇ。
それでもあたしは……この最後の二ヶ月で、自分の気持ちに蹴りをつける。
例えそれが、最初に望んだ形ではなくても。




