表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/68

第四十話

 目がチカチカするほどの晴天、広がる雲ひとつない青空。


 ……全く、寝れなかった。


 迫り来る魔物の体を拳で破壊しながら、ぼーっとする頭で戦い続ける。


 何だったんだ昨日のあれは。考えれば考えるほどわかんねぇ。


 魔物の顔面を膝で破壊しながら、昨日のヘンリーの顔を言葉を反芻する。


『お前に避けられるのは……辛い』

『俺なりに答えを探す』


 あの真剣な声が、肩に置かれたあの熱が、いまだに抜けない。


 ゴキリっ……。


 華麗にムーンサルトをきめながら、あたしはふぅ、と息を吐く。


 あいつ、あんなキャラじゃなかっただろ……。


 裏拳で魔物を地面に叩きつけながら、あたしは目の前の狼男のようなモンスターの足を払い、眉間にこぶしを叩き込む。

 ぐちゃり、と音を立てて、頭蓋骨の中身が弾け飛ぶ。


 魔物に背を向け数歩歩き、肩を揺らして、大きく、息を吐く。


 なんで……あいつの顔が、頭から離れねぇんだよ。


 何もかも振り払うように、あたしはフルフルと頭を振った。


 落ち着け、ここは戦場だ。余計なこと考えてる場合じゃねえ。


「危ない!!!」


 呆けた頭を揺らしたのは、そんな誰かの声だった。


「は……?」


 ゆらりと、目の前の影がゆらめく。ハッとして後ろを見ると――先ほどの狼男が爪を振り上げているのが見えた。

 ゆらゆらとゆらめく頭部だったものが、ひどく不気味で。


 やばい、間に合わないっ……!


 あたしは目をつむり、咄嗟に腕を前に出して防御する。


 ガシャンッッ!!


 しかし衝撃はやってこない。その代わりに聞こえたのは、固いもの同士が弾ける音だった。それに遅れてやってくるドサリという振動。


恐る恐る、あたしは目を開ける。


「先生……?」


 そこにいたのは返り血に顔を濡らし、こちらを振り返るヘンリーだった。


「怪我はないか?」


「あ、あぁ……」


 ヘンリーはあたしの返事を聞くと、ふっと柔らかく微笑んだ。


 その顔に、思わずどきりと心臓がなる。


 いやそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ! しっかりしろあたし……!


 ぐっと唇を噛んでから、あたしは改めてヘンリーの方を向く。


「なら、いい」

 

 ヘンリーは礼も聞かずにそれだけいい残し、くるりと踵を返した。


 一瞬視界にちらつく、ヘンリーの腕。その腕からは、ぽたりと、血が垂れていた。


「っ……! おい待て!」


傷がついていない右腕を、あたしはガッと掴む。


「お前、怪我してんじゃねえか」


 ヘンリーの左手の鎧はひしゃげ、わずかに肌が見えていた。


「これぐらい問題ない」


「んなわけねぇだろ! あたしを庇って、こんな……」


 あたしが、ちゃんととどめをさしていれば。あそこで呆けていなければ。


 そんなことばかりが、頭の中を駆け巡る。


「とりあえず治療だ。こっち来い」


ぐっとヘンリーの腕を引いて歩いていく。幸いここは本陣から近い。医療スペースもそこにある。


 終始無言でついてくるヘンリー。その間あたしの頭の中は、焦りと罪悪感で満ちていて。先ほどまでの恥じらいなどそこには微塵も残っていなかった。


 バサリと出入り口の布を横に寄せる。医療用のテントの中は忙しなく人が行き来しており、誰か捕まえられそうな雰囲気じゃない。


 

 あたしは回らない頭で必死に考えながら、ヘンリーを簡易ベッドに寝かせる。


 鎧の相手治療する場合ってどうすればいいんだ? とりあえず止血しねぇと、だよな。


 救急キットを手に取り、仕切り用のカーテンをバッとしめる。


 あたしは大きく息を吸い、ヘンリーの顔をひたとみつめた。


「脱げ。治療する」


ヘンリーはその言葉にびくりと肩を揺らす。顔を伏せ、僅かに思い巡らせるその姿。


「……わかった」


 妙に色っぽい声にあたしは自然と息を呑む。


 いや変なこと考えんな。これは治療だ、治療。流石に怪我させてんのに放置するわけにはいかねぇだろ。

 

「確か腕の部分だけ脱げるんだった……よな? 外せるか?」


「いや……悪いが、手を貸してくれ」


 ヘンリーは顔をしかめて左肩をあたしの方へと差し出す。あたしは息を吐いて、後ろ側へと回り込む。


「確か肩甲骨んとこに紐があるんだったか?」


「あぁ、そこを外して……次に、上腕のところを」


 指示に従って少しずつ革紐を外していく。時々ぴくりと動く腕と、鎧の内外の温度差が妙にくすぐったくて。


 ガチャリと音を立てて、腕の部分を引き抜く。その中にある白い肌。そこには、くっきりと血が滲んでいた。


「っ……!」


 その生々しい傷跡に、あたしは思わず眉をひそめる。


「悪い……あたしが、もっとちゃんとしてれば……」


 救急箱からガーゼを取り出し、傷を手のひらでぐっと圧迫する。じわりと、生ぬるい液体がガーゼに滲んだ。


 確か、これでいいはず……!


ヘンリーは僅かに顔をしかめるが、特に何も言ってこない。


 しばらく無言の時間が続く。周りの喧騒だけが、妙にざわざわとうるさかった。


「……お前が怪我をするかもしれない。そう思ったら、いつの間にか体が動いていた。お前が気にすることはない」


 沈黙を破ったのは、ヘンリーだった。どこか硬さが残るその声に、あたしはびくりと肩を揺らす。


「でも……」


「悪いと思うならば、今後無理はしないでくれ。あまり体調が良くないのだろう?」


「それは……まあ……」


 お前の顔がよぎって寝れなかった、とは流石に言えなかった。完全に、あたしの問題だし。


 ヘンリーは左腕を圧迫しているあたしの手に、そっと傷のない右腕を置く。


「俺は……お前を失いたくないと思った。お前が傷つくのが、怖くて仕方なかった」


 その腕は、ひどく震えていて。


「俺は……ジュリが、欲しいのかもしれない」


 予想外のその言葉に、あたしはバッと顔をあげる。あたしを見つめるヘンリーの顔は僅かに赤みを帯びていて。


 その表情に、熱に、飲み込まれそうになってしまう。


「でも……あたしは、ノア様が……」


 自分に言い聞かせるよう言ったそのセリフ。そのはずなのに、続きが喉に詰まって出てこない。


 なんで……なんであたしは、はっきり言い切れねぇんだ……? 今まで何度も、言ってきたことじゃねえか。


 そんなあたしの弱さを見透かすように、ヘンリーはすっと目を細めた。


「お前が言ったんだ。諦めるな、と。……今回のことでわかった。俺は……お前を、諦めたくない」


「先生……?」


 手に伝わる熱が、圧が、一層、強くなっていく。


「それが、俺なりの答えだ」


 真っ直ぐにあたしを見つめる紫の瞳。その瞳には、あたしだけが映っていて。


 その美しさに、熱に浮かされて。

 あたしはただ、息を呑むことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ