三十九話
ランタンを揺らしながら、屋敷の長い廊下を歩く。
あの会議から2日。何となく気まずくてヘンリーとほとんど話をしていない。
まともに顔も見れないなんて……どうかしてんな。
自分の弱さに嫌気がさしてくる。だが今はそんなことを気にしてる場合じゃねぇ。
ガシガシと頭を掻きながら、あたしは図書室の前でパタリと足を止めた。
何となく、前に見つけたあの本のことが気になる。ここにいるのも明日までだ。調べるなら今日しかねぇ。
あたしはそっと両開きの扉を押す。きぃ、と言う音が静かな空間を揺らした。中から漏れ出る光があたしの姿をぼんやりと照らす。
灯り、ついたままなのか……?
静かな室内からは、特に人の気配はしない。あたしは一歩、また一歩部屋の中へと歩みを進める。
図書館の奥にある棚、角の手前を曲がったそこに目当ての本があるはずだ。
何となく胸がざわつくのを抑えながら角を曲がろうとして――紫の瞳と、目があった。
「ジュリ……?」
呆然とつぶやかれるその声にあたしはびくりと体を体を震わす。
「悪い、邪魔したな」
あたしはそれだけ言い残し、くるりと背を向けて逃げるように歩き出す。……だがそれを阻むように、左手をガシリと掴まれた。
「なっ……」
腕の違和感にあたしは思わず後ろを振り向く。そこにいたのは自分でも何をしているのかわかってない様子で目を丸くするヘンリーの姿。
その表情に、どきりと心臓が大きく跳ねる。
ヘンリーはすっと目を細め、逃げ道を塞ぐようにあたしの腕を強く引いた。
「いっ……!」
痛みはない。だが予想外の反応に自然とそんな声が出た。
「悪い、傷つけるつもりはなかったんだが」
短い呼吸に合わせて上下する肩が、ぐっと本棚に押し付けられる。
「……何のつもりだ、先生。離せよ」
鼓動に合わせて震える声を必死に抑えながら、あたしは顔を上げヘンリーを鋭く睨みつけた。
「……悪いが、それは聞けない。離したらお前は逃げるだろう」
「それは……」
「あの討伐の後から、ガブリエルはお前を名前で呼ぶようになった。討伐中のお前の様子もおかしい。……俺のことも、避けているだろう」
「……」
その言葉に、あたしは何も言えなくなった。心当たりはある。ヘンリーの瞳があたしを見るたびに、何故か鼓動が跳ねて。あの夜によぎったヘンリーの表情が、何度もフラッシュバックする。
それが……苦しくて、たまらなかったから。
あたしはふっと視線を逸らす。自分でもよくわからない感情に、突き動かされることしかできなかった。
「お前が……ジュリが俺に、生き方を教えてくれるんじゃなかったのか……?」
熱っぽい癖に不安そうなその声が、あたしの鼓膜を、心臓を震わせる。
顔が、熱くて仕方なかった。
「それなのに……何故、逃げるんだ?」
逃げてなんかねぇ。そう言いたかったのに。あたしは……ヘンリーの顔を、見ることすらできなくて。
「何があったのか、言いたくないなら構わない。だが……お前に避けられるのは、辛い」
揺れる声があたしの心にグサリと突き刺さる。
顔を見ろ、ちゃんと逃げずに。
そう思っても、体が、喉が、動かない。
心臓だけが、痛いぐらいに跳ねていて。
「ジュリ……」
声が、あたしの耳元まで近づいてくる。
「……お前が答えてくれないなら、俺なりに答えを探す。お前が……いつか、俺に向き合いたいと思ってくれる日まで」
ヘンリーの手が、そっと肩から離れた。足音が、遠ざかっていく。
あたしはずるずるとその場にへたり込み、短く、何度も何度も息を吸う。
そうしないと、倒れてしまいそうだった。
心臓が弾けそうなほどうるさくて、顔が焼けそうなぐらいあつくて。頭が、かき混ぜられたみたいにぐちゃぐちゃで。
「どうしろって……いうんだよ……」
そのつぶやきだけが、静かな空間へ吸い込まれていった。




