第三十八話 変わりゆく関係
翌朝――会議室の椅子に腰掛けあたしは軽くため息をつく。
どこか冷たさを感じるシンプルな空間。なのに、部屋の湿度が妙に高い。
正面に座るヘンリーの顔は強張っているし、その隣にいるルーバンの表情も心なしか硬い気がする。
絶対原因こいつだよな……。
あたしは隣にいるガブリエルを視線だけでチラリと見た。
「特A級は無事撃破、兵士の被害はほぼない。……ヘンリーがいなくても、俺と"ジュリ"だけでよかっただろ?」
ガブリエルは『ジュリ』という一言を強調しながら、そっとあたしの方へ体を寄せる。その感触が昨日の出来事と重なった。
「……やめろ、バカ」
変なこと考えんなあたし。いつも通り降る舞うって昨日決めただろうが。平常心だ、平常心……!
揺れた体を誤魔化すように左腕で押し返す。それでもガブリエルは一歩も引かない。むしろどんどん近づいてきて。
拒否してもやめねぇなんて何考えてんだこいつ……!
そんなこと、今まで一度もなかっただろうが!
「……そこまでにしろ、ガブリエル」
苛立たしげな低い声がガブリエルを嗜める。ヘンリーの眉間には普段より深いしわが刻まれていた。
「お前には関係ないだろ。ジュリは昨日"お前がしたいように振る舞え"って言ってくれたんだ」
どこまでも熱のこもったその視線に、どきりと心臓が跳ねた。
「……やりたいようにって言ったって限度があんだろ。時と場合と限度を考えろ」
何となく顔が見辛くてふっと顔を逸らす。その先でが合ったヘンリーは、先ほどより一層顔を強張らせていた。
「……わかった。じゃあ、後で二人きりで、な」
ガブリエルは不満げにそういうと、渋々元の位置に戻る。
何だよ二人きりでって……! んな予定ねぇだろ!
心の中で毒付いているのに、何故かほんのり顔が熱い。それが余計に苛立たしかった。
あたしは大きく息をはいて、テーブルの上にある地図へ目を落とす。
「とりあえず、これでリヴィエールは制圧した。あとはこまごまとした街の攻略だが、どこも規模は小せぇ。分隊ごとに分かれて行動すんのが一番だろうな」
周辺の街を指でなぞり、頭の中で簡易的に計画を練る。
「拠点にできる街の位置と戦闘箇所を考えて……分けるとしたら3グループだな」
顔を上げると、頷くヘンリーの姿が見えた。
隣のルーバンはいつも通りの掴みどころがない笑みを浮かべながら、口元に手を当てている。
「問題はどのようにグループをわけるか、ですね」
「俺はジュリと同じグループだな」
「却下だ。完全に私情だろそれ。」
ガブリエルの言葉を即座に切り捨てる。
「そもそもそれじゃ戦力分散できてねぇだろ。んなもん認められねぇよ」
「では、ヘンリー様とジュリアンナ様が同じグループ、というのはいかがですか?」
「はぁ? それも戦力の分散的にアウトだろ。ルーバン、お前急にどうしたんだ?」
ルーバンは冗談がきつすぎる時があるが、こんなところでふざけるやつじゃねぇ。一体どうしたんだ?
「いえ……今後フロンティエールのS級を共に討伐するならば、実力は正確に把握しておいた方が良いと思いまして」
ルーバンは笑みを浮かべたまま、冷静な声でそう答える。
なるほど……あたしとヘンリーの間では、この前のケンカはただの芝居に過ぎねぇ。だが周りから見れば、ヘンリーがあたしの実力を低く見積り過ぎてるように映るってわけか。
「つまり同じ班に入れて今後の共闘に備えるのが目的だ、と」
「ええ。ノア殿下や他の方々が合流するまでに認識の差を埋めた方がよろしいかと」
「だが、結局戦力差があんのは事実だろ。どうするつもりだ?」
肩をひそめるルーバン。その口元には相変わらず余裕の笑みがたたえられている。
「私がジュリアンナ様の隊を率いましょう」
「確かにそれならバランスは取れるだろうが……」
ちらりと横を見る。ガブリエルは予想通り、目線だけで射殺さんばかりにルーバンを睨んでいた。
「ダメに決まってる。ジュリとヘンリーが同じ班? そんなの絶対許さない」
やっぱりそうなるよな……。
「作戦のためなんだから仕方ねぇだろ。S級の討伐失敗する方が問題だろうが」
「S級だろうが何だろうが関係ない。そんなことになるぐらいなら俺が一人で仕留めてやる……!」
「いや流石にきついだろ。落ち着けバカ」
なんでこいつあたしの事になるとこんなに知能さがんだよ。いや理由はわかってるけどさ。
「はぁ……そんなに言うならお前の持ち場さっさと片付けてこっちに合流すりゃいいだろ。やることやってりゃ文句ねぇよ」
ガブリエルはその言葉に目を光らせ、がしりとあたしの手を取る。
「3日で片付ける。待っててくれ」
「お前ならマジでやりそうで怖えな……部下に無茶させんなよ。あとちゃんと寝ろ」
ここにきたばかりの時はだいぶ無茶をしたのかクマが酷かった。こいつなら同じことをやりかねねぇ。
ガブリエルはあたしの言葉に頬をそめ、ふわりと優しく微笑む。
「優しいな……3日も離れたくない。2日で何とかする」
「いや悪化してんじゃねえか」
人の話聞かな過ぎだろこいつ……!
「2日、か。ではこの地域をガブリエルに任せよう」
そんな馬鹿馬鹿しいやり取りを遮るヘンリー。その声は心なしか普段より冷たい気がした。
その指先が指し示すのは最も範囲が広い地域。どう考えても3日どころか10日はかかる。
「いや、戦力考えたらそこはあたしと先生のグループで受け持った方がいいだろ」
ヘンリーらしくない采配だ。普段なら考えられないその行動にあたしは眉をひそめる。
しかしヘンリーは引くことなく、腕を組んでまっすぐにこちらに視線をよこした。
「自分たちの担当地域を早急に撃破し、その後他の地域の援助に回る。そちらの方が効率がいい」
「そりゃ、そういう考え方もできなくはねぇけど……」
一見筋は通っている。だがヘンリーの冷たい目の奥には、何か別の意図があるような気がしてならない。
「ならば問題ないだろう」
有無を言わせぬ強い圧がかかったその声に、あたしは自然と口をつぐむ。
結局その後もヘンリーの意見は覆らなかった。
あの冷たい瞳の奥に見えた、燃えるようなあの気配。それはガブリエルへの牽制か、それとも……別の、何かだったのか。
考えても答えは出ねぇ。だがあたしはその眼差しを……何故か、嫌じゃねぇと思っちまったんだ。




