第三十七.五話 定まらない気持ち
どこまでも広がる暗闇、静まり返った部屋の中。
それなのに心臓はどくりどくりとうるさいぐらいに跳ねていた。
ガブリエルの甘い声が、ヘンリーのあの表情が、ノア様の温かさが。脳裏に次々と浮かんでは、ぐちゃぐちゃになった頭の中を一層激しくかき乱す。
あたしはノア様のことが好きなんだ。なのに他のやつに迫られて、振り払えなくて。
その時はっきりと浮かんだ顔は、ノア様のものじゃなくて。
一途でいられない自己嫌悪と、誰へのものかもわからない恋慕の気持ち。どこまでも強い二つの気持ちに、体がついていかない。
鳩尾から喉へと這い上がる異物感に、あたしはびくりと体を震わせた。
「ぅ……」
ガブリエルはジュリアンナとあたしを重ねているだけだと、そう思っていたのに。
奥から込み上げてきた酸っぱさをごくりと飲み込んで、細く、細く息を吐く。
いや、そんなの言い訳だ。あいつの態度はどう考えても"姉弟"を超えたものだった。ちょっと考えりゃわかる事だ。
それから目を背けて、知らねえふりをしたのは……他でもない、あたしじゃねぇか。
シーツの中で、小さく体を縮こませる。体を包む布がわずかに音を立てて乱れ、手首についたブレスレッドがそれに引っかかり音を立てる。
あたしの強さを認めて受け入れてくれるのは、ノア様だけじゃないのかもしれない。
今までの人生の根っこを揺らすような可能性に、一際大きく鼓動が跳ねる。
『ジュリちゃん難しく考えすぎじゃない? 運命の人って、意外なところにいるんだよ?』
頭をよぎる、あいつの言葉。こういう時に思い出すのは、何故かいつもあいつのことで。
『強いジュリちゃんが好きって言ってくれる人、絶対いるよ!』
ただの戯言だと思ってたそれが、こんなにも核心をついたものだったなんて。
……あたし、バカだな。
人にはちゃんと見ろって言ってたのに、結局自分もなんも見えてねぇじゃねぇか。
自嘲気味に唇を歪めてから、あたしは灰色がかった天井をぼんやりと眺める。
あたしはノア様が好きだ。それは変わらねぇ。
だが……それは、あいつの気持ちを、行動を、否定する理由にはなりやしない。
「逃げるなんて、あたしらしくない……はずなのにな……」
わかっている。前に進むしかねぇんだってことぐらい。わかっている、はずなのに。
「なんで……こんなに苦しいんだ……」
ぼそりとつぶやいた声は、生ぬるい夏の空気に溶けて消えていった。




