第四話 積み上がった執着
咲き誇る白いチューリップに囲まれて、あたしはゆっくりと陶器のカップに口をつける。
その仕草だけは完璧な淑女のそれだ。
正面に腰掛けるノア様は、それを見てふっと目を伏せる。
「やはり私は、貴女に無理をさせているのではないですか? 元はと言えば、私が婚約破棄を言い出したことが原因です。しかし……」
ノア様は喉を詰まらせ言い淀んだ。その声だけで渋いはずのストレートティーが酷く甘く感じられる。
「無理なんかしてねぇよ。あたしはお前の隣にいたいだけだ。そのためなら、淑女にも修羅にもなるさ」
ノア様に相応しい女になるために、マナーを覚えて苦手な勉強にも打ち込んだ。
あたしの人生は転生前も転生後も、8割方ノア様で出来ている。
「このような事を言うのは失礼かもしれませんが……貴女がそこまで私の事を思っているとは思ってもみませんでした」
「伝えてなかったからな」
ジュリアンナは引っ込み思案な女だった。少なくともゲーム中にノアへ直接愛を伝えてる姿は見たことがないし、性格的にそう言うタイプでもねぇだろう。
だが、あたしはあいつとは違う。思ってる事は言葉にしないと伝わらねぇ。
「あたしはノア様を愛してる。誰かに取られるなんざまっぴらごめんだ」
じっとノア様の青い瞳を見つめた。瞳が揺れ、頰が僅かに赤く染まる。
その姿が愛しくて、欲しくて、たまらなかった。
「一体いつから……いえ、そんな事を聞くのは無粋ですね。忘れてください」
いつから、か。
カップをそっと置いて、目を伏せる。
ガキの頃に幼馴染に押し付けられて初めてやった恋愛ゲーム。そこで出会ったノア様は、エイダの弱さも強さも全て受け入れる器のでかい男だった。それなのに誰よりも繊細で、儚くて。
そんな姿を守りたいと思った。ノア様ならそんな私の気持ちを受け入れてくれると、そう感じたんだ。
「……ずっとだ。お前以外の男なんて眼中にねぇよ」
「っ……! そう、ですか……」
ノア様は顔を伏せると、それだけ言って黙りこくる。
その赤く染まった耳を撫でたら、一体どんな反応をするんだろうか。
そんなことばかりが頭の中でぐるぐると回る。この姿を誰にも見せたくない。そんなほの暗い欲望が腹の底からふつふつと湧き出して止まらなかった。
「だから覚悟しておけ。あたしは誰よりも強くなる。そして、ノア様に最も相応しい女になる。エイダのことなんて、あたしが忘れさせてやるよ」
ノア様はその言葉にぴくりと体を震わせて、ゆっくりと顔をあげる。眉をひそめ怯えた様子のその顔に、心臓がどきりと跳ねた。
ゆっくりと、その顔に手を伸ばす。
ーーーコンコンコン
しかしそれは、扉を叩く音で阻まれた。
「ノア様、エイダ様がいらっしゃいました。国境付近の防衛の件で話がしたいとのことです」
その名前にぴくりと眉が動く。
「わ、わかりました。すぐに準備します」
どこか安堵した様子のノア様は、震えた声でそう言った。
「仕方ねぇ、今日はここまでだな」
音を立てないように椅子から立ち上がり、扉へ向かって歩き出す。
「またな、ノア様。……次はより深く、お互いを知っていこうぜ」
まだ約束の半年までは時間がある。少しずつ距離を詰め、気持ちを重ねていけばいい。いつかその瞳が、私だけを映すその日まで。




