第三十三話 リヴィエールにて
何処までも暗い闇。その中にぼんやりと浮かぶ、建物のシルエット。ここは『中継都市 リヴィエール』。特A級の巣だ。
全体の指揮はルーバンに一任してある。あたしはただ、ボスを倒すことに集中するだけだ。
流行る鼓動を落ち着かせるように深呼吸してから、あたしは隣にいるガブリエルに視線をやった。
「覚悟はいいか?」
「当然だろ。姉さんのためなら、覚悟ぐらいいくらでも決めるさ」
ガブリエルは珍しく真面目な顔でそういうと、弓を握る手にぐっと力を入れる。
「相手は悪魔系モンスターだったよな?」
「あぁ。作戦通り飛行中は俺が対処する。動きが早いから注意してくれ」
あたしはその言葉にこくりと頷いた。
あちこちから聞こえる金属のぶつかる音が、あたしの手のひらをジワリと湿らせる。
ヘンリーがいねぇ討伐、か。普段と違うのはそれだけなのに、なんでこんなに体が重いんだ……?
その重さを振り払うように、あたしはぐっと足に力をいれた。
「いくぞ、ガブリエル」
一言静かにそう告げて、あたしは夜闇を駆け抜ける。軽快な2つの足音が暗がりの中に響き渡った。
目指すは敵の寝ぐらである街の中央に建った巨大なコロッセオ。足を進めるたびに明らかになっていくその全貌。石造りの壁は所々崩れ落ち、壁の向こう側の観客席が見て取れた。
「アリーナに出るなら地下通路を通る必要があるが、どうする?」
ガブリエルは息を弾ませながらそう尋ねてくる。
その答えを探すように、あたしはコロッセオの壁面に視線を滑らせる。
「あの崩れたとこ。あそこから階段上がって、アリーナに飛び降りる。お前は客席から援護しろ」
中がどうなってるかはわからねぇが、階段で戦うよりはアリーナに出た方がマシなはずだ。それに外があんだけ崩れてるのに中が無事な保証はねぇ。
目の前に迫る白い岩壁。所々苔むし緑に変色したその姿は
、何処か哀愁が漂っている。
アーチ状の岩を潜ったとたんに鼻をつく湿った土のような匂い。嗅ぎ慣れないそれに、あたしは思わず顔をしかめた。
その時だった。グオオオオという獣の唸り声が耳をつんざき、ガタガタとコロッセオ全体が大きく揺れる。
「気づいたみてぇだな」
あたしは舌を鳴らしてから急いで階段を駆け上がる。
暗闇の中にさす光は足を進めるたびに大きくなり、そこを抜けた瞬間一気に視界が開けた。
敵は何処だ?
くるりと体をアリーナの方へ回転させーーその奥にいた"何か"とバチリと目が合った。
「なんだ、あれ……」
アリーナの中央に鎮座する、見たことのない異形の生き物。大きなツノの生えた闘牛の頭、筋肉質な人間の上半身、毛に覆われた獣様の下半身。一際目立つ背中に生えた羽根は、まさに美術館で見た悪魔の翼そのものだった。
ギラリと光る黄色の双眸にあたしはごくりと喉を鳴らす。ぞわりと粟立った肌に刺さる針のような威圧感。2mもないはずのその体躯が、酷く大きく感じられて。
あれが、特A級モンスター。
今までの魔物とは明らかに違うその存在感に、あたしは僅かに後ずさる。
「姉さん、大丈夫か……?」
横から聞こえる心配そうなガブリエルの声が、あたしの心を現実に引き戻す。
そのまま一つ息を吐いてから、強張る口の端を無理矢理吊り上げた。
「当たり前だろ。こんな事でビビるかよ」
ぐっと腹にチカラを入れ、目の前の怪物を睨みつける。
……どんな奴だろうがやることは一つ。殴り飛ばして制圧するだけ。単純な話だ。
ヘンリーはあたしを信じて任せてくれた。あいつの信頼に、あたしは結果で応えてみせる。
ぐっと拳を握り、構えをとる。
「支援、頼んだぞ」
あたしは短くそう告げて、ぐっと足に力を込める。
「身体強化」
ぼそりとつぶやき、身体中に魔力を巡らせる。それだけで視界がクリアになり、体がふわりと軽くなる。
これなら、いける!
あたしは肩を動かし大きく息を吸ってからーーー化け物に向かって、鋭く一歩踏み出した。




