第三話 宣戦布告
王宮のはずれにある訓練所、騎士たちの声がこだまするその空間。あたしは場違いなワンピースをひらひらと揺らしながら、案内役の騎士に従い奥へ奥へと進んでいく。
まさか1着もパンツスタイルの服がないとは。スカートが足にまとわりついて鬱陶しいったらありゃしねぇ。
女らしくと口煩く育てられたことは知ってたが流石に酷すぎんだろ。
大きくため息をついて、騎士がノックした扉を見つめる。
「何用ですか」
部屋の中から聞こえてきたのは凛とした女の声だった。
「はっ。公爵令嬢、ジュリアンナ・カーター様がお越しです」
「……通してください」
騎士はその声に従って扉を開けた。
中に見えたのは二つの影。でかい図体の黒髪の男と、褐色肌が特徴的な銀髪の女。
エイダだけじゃなくヘンリーも居るのか、都合がいいな。
「急に連絡して悪かったな」
あたしの声を聞いて2人は目を見張る。
「ジュリ……なんですか?」
まるで幽霊でも見たかのようにエイダは困惑した様子であたしを見つめ、震える声でそう言った。
珍しいな、あの聖騎士様が動揺するなんて。
「他に誰が居るんだよ。あたしの顔、忘れたとは言わせねぇからな」
にやりと口角をあげ、部屋の中に向かって一歩踏み出す。
あたしは鋭い目つきでエイダの金色の目をじっと見据え、喉に力を入れて話し出した。
「今日は宣戦布告に来た。……あたしは強くなって、ノア様の婚約者として返り咲く。あいつの隣はあたしのもんだ」
ゴキゴキと首を鳴らしてエイダに歩み寄り、彼女が座る椅子に腕をついた。
「首を洗って待ってな、聖騎士エイダ」
長いまつ毛の奥で揺れるエイダの金色の瞳。その瞳に映る私は、今までのジュリアンナには似つかわしくない"悪役令嬢"らしい笑みを浮かべていた。
「……先日ノアから聞いた話は事実だったようですね。いいでしょう。その半年の勝負、受けて立ちます」
しっかりと返されるエイダの視線に、あたしは一層笑みを深める。
無駄な駆け引きがいらないやつは楽でいい。エイダみたいなタイプは好きだ。まあ、ノア様さえ関わらなければの話だが。
「決まりだな」
あたしは上体を起こし固まったままのヘンリーに視線を向ける。感情が感じられないその顔が、わずかに強張った気がした。
「だが……今のあたしじゃ到底エイダには勝てねぇ。ヘンリー、お前に指導を頼みたい」
急に名前を呼ばれたヘンリーはぴくりと肩を揺らしてから、こちらの意図を計るかのようにあたしの目をじっと見つめた。
「……何故だ?」
低く平坦な声でヘンリーは一言そう告げる。
いやその一言じゃ何が聞きたいのか1ミリもわからねぇよ。語彙力何処に置いてきたんだこいつ。
「お前が最強の男だからだよ。それに今は猫の手も借りたいぐらいの戦力不足だろ? お前の実家がある辺境伯領、最近特に魔物が多いって聞いてるぜ?」
「……」
言葉は返ってこない。だが、それが何よりの肯定だった。
「あたしは武家であるカーター家の女だ。ポテンシャルだけなら並の兵士なんて目じゃない。国に忠誠を誓うお前にとっても悪い話じゃねぇだろ? ……違うか?」
これで否定できねぇはずだ。国のために自分を犠牲にする、ゲーム中のこいつはそういう男だった。
ヘンリーは押し黙ったまま、腕を組んで微動だにしない。
質問に答えてやったのに態度悪りぃな。石像じゃねぇんだぞなんか言えよ。
そんな言葉が喉までせりあがったところで、エイダが口を開いた。
「こちらとしては助かります。……しかし、カーター公爵が許さないのでは?」
「そこは問題ねぇよ。親父に話はつけてある」
もちろんそこは対策済みだ。あたしだってバカじゃねぇ。最低限の準備は済ませてある。
「よくあのカーター公が承諾したな」
ほとんど話さなかったヘンリーが口を開く。その声は心なしか少し早口で。
なんだよ、ちゃんと単語以外も喋れんじゃねえか。
「娘の婚約と女らしく過ごせっていう家訓、どっちが大事なんだっていったら、渋々な」
貴族とは体裁が大切な生き物だ。しかもライバルが聖騎士となりゃあ、流石の公爵様もなりふり構ってらんねぇってことだろう。
「カーター公にそこまで言うとは……。貴女は、本当に"あの"ジュリなのですか……?」
いぶかしむような2人の視線があたしに突き刺さる。
その疑念を吹き飛ばすように、あたしはハッと鼻で笑った。
「当然だろ? あたしは"ジュリ"だ。他の何者でもねぇよ」
嘘はついてない。中身は確かに違うかもしれないが、あたしの名前も"ジュリ"なのだから。
椅子から手を離してエイダの隣にぼふりと腰掛ける。
「さて、じゃあまずは稽古の日程を組もうか。服が届くまで2週間かかるから、やるならそれ以降になるな。よろしく頼むぜ、"先生"」
「先生……?」
ヘンリーは眉をひそめ、怪訝そうにそう言った。
「上下関係は大事だろ?」
これはどこの世界でも不変の事実だ。あたしは前世でもそうやって生きてきた。
「お前が呼びたいなら、そう呼べばいい」
ヘンリーはそう告げると、再び岩のように口を閉ざす。
本当にわかりにくい野郎だ。
まあいい、これでお膳立ては十分だ。あとは成り上がって力をつけるだけ。
ーーー全ては、ノア様のために。
心の中でそう呟いて、私はぎゅっと目を瞑った。




