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第一九.五話 思惑と胸のもや ヘンリー視点

久々に歩く自分の屋敷。最近はほとんど王都の宿舎にいるからか、見慣れているはずの光景にどこか心がざわつく。


父上から領地に戻るように言われたが、魔物の事だろうか。


最近の戦況は芳しくない。このままでは領都に魔物が来るのも時間の問題だ。


目の前に迫った執務室の扉を見据え、息を吐く。


木を叩く無機質な音が廊下に響いた。


「父上、お呼びでしょうか」


「おかえり、ヘンリー。入ってくれて構わないよ」


その声に促され俺はゆっくりと中に入る。久々に見た父上の顔は、心なしかやつれているような気がした。


「お久しぶりです、父上」


「うん、久しぶりだね。……今日は少し大切な話があって呼んだんだ」


父上は執務机に肘を置いて、座ったまま俺のことを見上げる。


「戦況が芳しくなくてね。これから1ヶ月、領地に戻ってもらうことになった」


予想通りの話に俺は静かに頷く。

元々防衛魔法を設置する話は出ていた。必要な魔石が集まったから、そろそろ実行予定だという話も聞いている。当然の流れだろう。


父上は俺の方を見て――にっと、不敵に口角をあげた。


「それに伴って、ジュリアンナ嬢がうちに下宿することになった。だから、仲良くしてね」


ジュリが、うちに下宿?

予想もしていないその言葉。俺の思考を停止させるには十分な威力を持ったそれに、喉が引きつる。


「……本気ですか?」


婚約破棄の話が出たとはいえジュリは殿下の婚約者だ。そんなことが許されるはずがない。


それにもかかわらず、父上はいつも通りの微笑みを浮かべている。


「ちゃんとノア様の許可も取ってる。国のためならってね」


なるほど、そう言いくるめてきたのか。相変わらず俺とは違って口が上手い人だ。


「ヘンリーもあの子のこと嫌いじゃないでしょ?」


探るようなその言葉に、俺は目を伏せる。

悪い人間ではないと思う。努力家で、一途で。少し自己犠牲的で危なっかしいが、嫌いではない。


……たまに、俺以外の人間を揶揄いすぎるところはあるが。それでもやめろといえば素直に従う。部下として好感が持てる。


父上は俺の無言を肯定だと受け取ったのか、一層笑みを深めた。


「あの年齢で私にあそこまで言える子は中々いない。根性もあって、頭の回転も速くて、戦闘能力も素晴らしい。しかもカーター公爵家のご令嬢だ。最高の相手だろう」


最高の、相手?


「何を、仰っているんですか?」


言いたいことは、恐らくわかる。

わかるはずなのに、何故か思考がまとまらない。


「珍しく察しが悪いね。わざとかい?」


そんなつもりはない。ないが……まさか……。


父上は肩をひそめて、静かに告げる。


「私はあの子をヘンリーの妻にしたくてね」


戦闘中に剣が折れた時のような衝撃が、俺を襲った。


ジュリを、俺の妻に?


固まったままの俺の思考を置き去りにして、父上は話し続ける。


「君にしては珍しく入れ込んでるじゃないか。実力も家柄も十分、君自身も嫌じゃない。君ももう20だ。そろそろ身を固めても良いと思わないかい?」


「そうかも、しませんが」


確かにいつかは結婚するものだとは思っていた。家のために、国のために。しかし、相手が……。


「ヘンリーは口数が少ないからね。今まで婚約の話もあまり進まなかったし、丁度いいじゃない。ノア様は聖騎士殿に熱を上げているようだから、恩を売る事もできるしね」


「……殿下に恩を売るために、ジュリを利用すると?」


もしそうだと言うのならば了承する訳にはいかない。あいつを道具のように扱いたくなかった。


父上は眉根を寄せ、わざとらしく肩を寄せた。


「嫌だなぁ、そんなつもりはないよ。それはあくまで副産物の一つに過ぎない。それに……ノア様も案外、揺れやすいお人のようだから」


父上は何かに思いを馳せるようにどこか遠い場所を眺める。


今のジュリは婚約破棄された時とはまるで別人だ。殿下に息をするように愛を囁き、殿下のためにひたすらに強さに磨きをかける。


あんな姿を見せられれば、心が揺らいでもおかしくないだろう。


「それならば、俺が彼女と結ばれる事はあり得ません。何よりも優先すべきは殿下とジュリの意思です」


ジュリが好きな相手は、殿下だ。殿下自身もジュリを憎からず思っていると言うなら、俺の出る幕はない。


父上は息を吐いて頬杖をつく。


「……君は鋭いのか鈍いのか、時々俺にもわからなくなるよ」


どう言う意味だろうか。相手の気持ちがわからないほど、鈍感では無いつもりだが。


「本当に、殿下とジュアンナ嬢が結婚してもいいと思ってる?」


本当に、2人が結婚して……?

微笑むジュリと、隣に寄り添う殿下。


穏やかな光景のはずなのに、何故かもやもやとしたものが胸に渦巻く。


「……そうなると、エイダは悲しむでしょうね」


そういう意味では、確かに手放しでは喜べないかもしれない。


「そう言う意味じゃ無いんだけどなぁ」


天を仰ぐ父上は、何処か諦めたような顔をしていた。


意味がわからない。それ以外にこの胸のモヤに、何か理由があるのだろうか?


しばらく考えてみても、ついぞ答えは出なかった。

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