第十九話 お前を守る覚悟
痛いほどに伝わってくるノア様の葛藤。今までも全部そうやって、その華奢な両肩に責任を背負い込まされてきたんだろう。
あたしの前で、そんなことさせるかよ……!
婚約者に長期間別の男の家に泊まるよう命じた。それだけ聞いたら大スキャンダルだ。
私はぐっと拳を握り、ノア様を庇うように身を乗り出した。
「1ヶ月です。1ヶ月なら了承しましょう。それ以上だと命じたノア様の立場が危うくなります」
他の女と結婚するために、元婚約者を体良く部下に押し付けた。そんな噂がたってもおかしくねぇ。
ノア様は、そんな不誠実な人間じゃないのに。
「ジュリ……?」
背後から聞こえるわずかに揺れたノア様の声。それが、あたしを奮い立たせる。
「2ヶ月も滞在するのは体裁が悪すぎます。一時的な出張であれば長くて1ヶ月が妥当なところでしょう」
確かこの世界ではそうだったはず。ゲーム中でエイダが討伐のために辺境伯領へいく時も、長くて1ヶ月だった。
フォスター卿は一瞬目を見開いてから、口の端を吊り上げた。
「確かに、2ヶ月の長期出張は稀ですね」
「それに……魔法を設置するだけなら、2ヶ月もかからないはずです。討伐に時間がかかることを想定しての時間設定ではありませんか?」
確信は持てない。だがこの男のことだ。余裕を持って長めに時間を確保していると考えるのが妥当だろう。
「魔法の設置は1週間もあれば終わるでしょう。ただ……ここまで下がった防衛ラインを1ヶ月で元に戻すのは至難の業です」
口元に指を当て微かに顎を引くフォスター卿。まるでこちらを試すようなその言い方。
何から何までムカつく野郎だ。あのヘンリーの親だとはとても思えねぇ。
「……しかし聖騎士エイダならば、それぐらいやってのけるでしょう?」
ぴくりと、フォスター卿はこめかみを動かす。
「可能性は、0ではないかと」
おそらくそう思ってるんだろう。探るようなフォスター卿の視線が、それをありありと語っていた。
あたしはその視線に応えるように、ぐっと口の端をつりあげる。
「ノア様の隣に最も相応しいのは誰か、ここでご覧にいれましょう」
背後から聞こえる、息を呑む音。その小さな音を守るように、あたしはきっとフォスター卿を睨みつけた。
目の前のフォスター卿は一瞬軽く唇を開いてから、ふっと表情を和らげる。
「流石、未来の国母は覚悟が違いますね。……いいでしょう、帰って計画を立て直す事とします」
フォスター卿が視線を後ろに投げると、控えていた従者が地図を素早く回収した。
……なんとかなった、のか?
あたしはほっと胸を撫で下ろしソファに深く腰かける。早くなった鼓動を抑えるように、大きく息を吸い込んだ。
「それにしても……ジュリアンナ嬢が変わったと言う話は聞いていましたが、まさかここまでとは」
何処か愉快そうなフォスター卿。それを受けて、あたしは喉の奥で笑う。
「人間は変わるものですよ。愛するもののためならば、ね?」
隣にそっと視線を移す。ノア様は頬を染め、こちらをじっと見つめていた。
どことなく熱っぽいその視線が心地いい。
「ジュリ……ありがとう、ございます」
「ノア様のためですから。私が貴方を守ってみせます。物理的にも、他の意味でも」
エイダよりあたしの方が、より確実にノア様を守ることができる。あいつじゃ腹の中に何抱えてるのか分からねぇような狸達とはやり合えない。
「それを今から、証明してみせます」
強く言い切るあたしをみて、ノア様は柔らかく微笑んだ。
お前のその笑顔のためならあたしはなんだってする。
そんな粗野な言葉を、知られないよう喉の奥に押し込んだ。




