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第十八話 食えない男

コンコンコン


小気味よく響く音と、淡々とした従者の声。


「フォスター辺境伯がいらっしゃいました」


ノア様はそれを聞いてすっと席を立つ。あたしもそれに倣って立ち上がり、まとわりつくスカートを軽く払った。


「わかりました。通してください」


優しいけれど、どこか芯のあるその声。そこに先ほどまで瞳を揺らしていた男の面影はない。


普段はしっかりしてんだよな。なのにあたしの前だとあんな顔するんだから……ほんと、ずりぃよ。


そんな雑念を振り払うように息を吐いてから、目の前の扉に視線を移す。促されるまま部屋に入って来るフォスター卿。そいつはアッシュグレーの髪をふわりとゆらし、優雅に腰を折る。


「ご無沙汰しております、ノア殿下。お待たせして申し訳ございません」


聞こえてきたのは、ヘンリーとは違う低く甘やかな声だった。


親子なのにあんま似てねぇな。背もそこまで高くねぇし。


凝視しないように気をつけつつ視線で相手を探る。フォスター卿はそれに気がついたのか、こちらに向かってふわりと笑った。


「ご機嫌麗しゅう、ジュリアンナ公爵令嬢。先日の遠征での活躍は大変華々しいものであったと伺っております」


「ご機嫌麗しゅう、フォスター辺境伯。お褒めに預かり光栄です」


あくまで礼儀正しい態度を心がけ、貼り付けた笑顔でそう答える。


「貴女の様な才色兼備の方がノア殿下の婚約者であれば、この国の未来も安泰ですね」


その言葉に、ぴくりとこめかみが動く。

あくまで柔らかなその口調。だがそこには確実に何かしらの含みがあった。


はー……苦手なタイプだな


舌打ちしたくなるのをぐっと堪えて愛想笑いを浮かべる。ちらりと隣に視線をやると、ノア様は気まずそうに眉をひそめていた。


「フォスター卿、本日は辺境領の警備体制に関してご相談があると伺いました」


さらりと本題を切り出す。必要なことだけ話してさっさと帰ってもらった方がいい。


「叔父上、よろしければお掛けになってください。公的な場ではありませんし、普段の様に楽にしていただければと」


叔父上……? あー、そういえばヘンリーとノア様は従兄弟同士って設定だったな。全く似てねぇから忘れてた。


「では、お言葉に甘えて」


フォスター卿は促されるまま、目の前のソファーに腰掛けた。それを合図に、後ろに控えた従者が大きな布をテーブルに広げる。


そこに書かれていたのは辺境付近の地図だった。町の名前についた赤い×印と、その下に書かれた日付。それは地図の内側にいくにつれ新しいものになっていく。


ゲームではクリア後の戦況は書かれてなかったが……一筋縄ではいかなかったみてぇだな。こんなにバツまみれなの成績悪かったやつのテストでもみたことねぇ。


「最近の戦況はこんな感じだよ。全てが後手に回ってるし、壊された町の復興もままならない」


フォスター卿は肩をひそめ、苦々しい顔で地図に視線を落とした。


「辺境警備隊の消耗も著しいし、一度体制を立て直したい」


柔らかい物腰とは対照的な硬さを感じさせる指。それがすっと地図をなぞる。


「辺境伯領都付近、北西側に大規模な防衛魔法を敷く。そのために付近の魔物を殲滅し、2ヶ月で集中して魔法を構築する。作戦開始は1週間後の予定、既に根回しは済んでいるよ」


「魔石はたりるのですか? 目下の問題はそこだったはずですが」


 魔石――魔道具を使う時にはそいつがいるんだっけ。確かレアで中々手に入らないって話だった気がするんだが。


「あぁ。少し前に発掘された鉱脈が想像以上でね。そちらの方は問題ないよ」


「……北西部は激戦地です。魔法構築中の防御はどうなさるおつもりですか?」


強張ったノア様の声を受けて、フォスター卿はまっすぐにノア様を見据えた。


「ヘンリーを一度辺境伯領に戻したい。新人の教育のために王都に置いていたがこれ以上は難くてね。今後の教育はエイダ嬢に一任する形はどうかな?」


「ヘンリーを……?」


あまりにも予想外の提案。無意識のうちにあたしはそう呟いていた。フォスター卿はそれを聞いてわずかに頬を緩め、こちらを見る。


「ええ。……また、それに伴ってジュリアンナ嬢にも同行していただきたい。愚息は貴女をかっているようでしてね」


「私は構いませんが……」


実績を上げるにもちょうどいい。悪い話じゃねぇ。

ノア様は眉をひそめ、顎に手を当てる。


「しかし、防衛ライン付近に女性兵用の宿舎は存在しないのでは?」


フォスター卿はそれを聞いてすっと目を細める。

穏やかなはずのその顔に、ざわりと胸が騒いだ。


「辺境伯家で過ごしてもらうのはどうかな? もちろん使用人もいるし、不便な思いはさせないよ」


とんでもないその発言に椅子から立ちそうになる。


何考えんだこのおっさん……! どう考えてもアウトだろ!?


喉まででかかったそのセリフをぐっと堪え言葉を探す。しかしあたしが反論するより前に、フォスター卿はつらつらと言葉を並べていった。


「もちろん女性兵用の宿舎は早急に準備させるから、滞在は一時的なものさ。ただ資材も不足している状況だからね。多少時間はかかるかもしれないけど」


実質やる気ねぇって言ってるようなもんじゃねぇか!


「婚約者がいる私に、未婚の男がいる家で2ヶ月過ごせ、と?」


唸るような低い声。それにも関わらず、フォスター卿は涼しい顔のまま困ったように肩をひそめる。


「もちろん別館ですよ」


「そういう問題ではないでしょう。転移門を使用して通えば良い話では?」


「転移門は使用のたびに魔石を消耗します。その事はジュリアンナ嬢もご存知かと。乱用は避けていただきたい」


あの機械そんなデメリットあんのかよ……! ゲームじゃなかったぞそんな話!


「それならば私ではなく男性の兵を連れて行けば良いのでは?」


「中級モンスターを1人で倒せる程の手練は中々居ませんし、居たとしても既に前線で活躍しています」


表情を一切崩さず言い切るフォスター卿。だが、ここで引き下がるわけにはいかねぇ。


「辺境警備隊以外の人間ならば、私より強いものなど山ほどいるでしょう。例えばうちの愚弟はいかがですか?」


「近衛兵のエースを引き抜いたとなれば大ごとになります。近衛騎士団にも応援は打診しましたが、人員を出せるのは早くて1ヶ半月後とのことです。作戦開始日は間に合いません」


のらりくらりと交わされるあたしの反論。全てを掌の上で転がすようなその態度が、しゃくに触って仕方なかった。

 

「それに、国の安泰と民の命に比べれば体裁など些細な事です。……ノア様の命で出征したとなれば、ある程度の体裁は保てるのではないでしょうか?」


視線をノア様の方へ向けながら飄々と言い放つフォスター卿。急に名前を呼ばれたノア様は、びくりと肩を震わせた。


「それは……その……」


言い淀むノア様を追い詰めるように、フォスター卿は低い声で畳み掛ける。


「今ここで防衛ラインが崩れれば修復は困難になります。これも国と民のためです、殿下。どうか、ご賢察を」


国と民のためーーその言葉にノア様の瞳が揺れる。口元を押さえる手の指先が、忙しなく頬を撫でていた。

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