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第十四話 終わる初陣、変わらぬ考え

「ーーー姉さんっ! 姉さん!!」


街の中央部から聞こえる喉が潰れんばかりの叫び声。それは凄まじい勢いで迷いなくこちらへ近づいてくる。


なんでわかんだよ。やっぱり監視魔法つけてんだろ。


ため息をついて音のする方へ首を動かし――


「姉さん!!!」


それと同時に体がふわりと浮いて、ぐっと硬い腕の中に抱き寄せられた。


「あぁ、ごめん。ごめんよ姉さん。俺がついてたのに……」


泣き出さんばかりに詰まったガブリエルの声。あたしの腰を掴む右腕は、力強いのにふるふると震えている。


「別にお前のせいじゃねぇだろ。あたしが勝手に突っ走ったんだ。」


後頭部に添えられた左手がぐっときつくなる。その必死さが申し訳なくて、胸が締め付けられた。


こいつにとってあたしはか弱い姉のまんまだ。急にこんな姿を見せられたら、そりゃあ泣きたくもなるよな。


……あたし、何やってんだろ。


 軽く息を吐いてから、ガブリエルの頭をそっと撫でる。


「これからは無茶しねぇようにする。……悪かったな」


「姉さん……」


ガブリエルは顔をくしゃりと歪め、私の肩に顔を埋めた。

ふわりと香る柔らかな匂いが、周りのさびた匂いを消していく。

強く押し付けられた体からどくりどくりと伝わる鼓動が、むず痒い。


「ん……おい、苦しい……」


「あっ、わ、悪い……!」


ガブリエルは慌ててあたしの肩から顔を離した。添えられた左手がそっと頭から離れていく。


視界を埋める真っ赤に染まったガブリエルの顔。長いまつげに縁取られた目元にはわずかに涙が浮かんでいる。


ちくりと、胸が痛んだ。


「別に構わねぇよ。嫌じゃ、ねぇし」


「え……?」


「心配してくれたんだろ。……ありがとな」


なんだか気恥ずかしくて、目の前の顔からふっと視線を逸らす。


あたしは弱くない。でもそれとこれとは別問題だ。相手が強くても心配するのは変なことじゃない、はずだ。


「……」


だがいつまで待ってもガブリエルから返事がない。それがなおのことむず痒さを増幅させて。


いやなんか言えや……!


居た堪れなくなったあたしは睨みつけるように目線をガブリエルへと戻す。


その先にあったのは――顔を真っ赤に染め上げ、目を見開いたガブリエルの姿。その唇はわずかに震えていて。


「……ガブリエル?」


あたしが名前を呼ぶとガブリエルの喉がわずかに上下する。噛み締められた唇と、こちらを凝視する熱のこもった瞳。


今までのわかりやすい反応とは違うそれに、あたしの体温がみるみると上がっていく。


「そ、そろそろいいだろ! 敵は倒したんだ、撤退すんぞ!」


未だ力の入らぬ腕でぐいぐいとガブリエルを押す。


びくともしねぇしこいつ動かねぇんだけど……!

ていうかさっきから顔ちけぇんだよ15センチも距離ねぇだろ!


「ガブリエル、離してやれ」


傍観を決め込んでいたヘンリーすら、呆れてそう声をかけてきた。


その声にびくりと体を揺らすガブリエル。


「〜〜〜っ!!」


やつは声にならない悲鳴をあげながら一気に体をあたしから離し、肩を掴んで地面に座らせるように支える。俯いて地面を見るその表情はこちらからはわからない。


……なんかあの程度で恥ずかしがってた自分がバカみたいだな。


「と、とにかく、もう戦うなんて言わないでくれ。戦場は危険だ。よくわかっただろ?」


絞り出すようなガブリエルの声に、あたしははぁと息を吐く。


「お前まだそんなこといってんのかよ」


「当たり前だろ!」


ガブリエルはまだ赤みの残る顔をあげ、あたしの背後にあるクマの亡骸2つをきっと睨みつける。


「こんなこと言いたくはないが……中級に惨敗するようじゃ、半年でエイダに勝つなんて無謀だ」


「惨敗なんかしてねぇよ。一体はあたしが仕留めたやつだ」


ガブリエルは目を見開き急いでこちらに視線を戻す。


「姉さんが?」


驚愕で震える声に、どこか既視感があった。


「まぁ、それでこの様だけどな。だがあたしはちゃんと強い。もう少し、あたしを信じてくれよ」


信じてくれーーーガブリエルはその言葉に瞳を揺らし、ぐっと唇を噛む。


「姉さんは……強い、かもしれない。でも、それでも俺はっ……」


「……そんなに、あたしの事が信じられねぇか?」


あたしの言葉にガブリエルは目を伏せた。


「そういう訳じゃ……」


ガブリエルの声は揺れたまま定まらない。


これぐらいじゃまだ、認められねぇってことか。


「お前が認めなくてもジュリは強い。本人が戦場に立ちたいと言うのならば、それを妨げる権利はお前にはない」


「先生……」


予想外の援護に思わずヘンリーを見上げる。


「初陣で中級を仕留めた兵を俺は見た事がない。ジュリがエイダに勝てないとは、俺は思わない」


低く落ち着いたその声が、あたしの中にじんと滲む。


あたしは無意識のうちに胸の前でぐっと拳を握りしめていた。そのままゆっくりと足に力を入れ、ヘンリーの方へ歩みよる。


「姉さん……?」


呆然とつぶやくガブリエル。そちらを振り向くこともなく足を進め、ヘンリーの隣で立ち止まった。


「信じられねぇなら、それでいい。認められるまでやるまでだ。あたしを信じてくれるやつと一緒に、な」


力の入らない足を必死に奮い立たせそう告げる。


ヘンリーは無理しているのがわかるったのか、何も言わずにの肩をあたしの肩をそっと支えた。


 その静かな優しさが、今は何より心に染みる。


「お守りはもういらねぇよ、ガブリエル。お前はあたしが隣に立つことを拒んだ。なら、結論なんて一つだろ?」


「姉さん……?」


悲痛に震えたガブリエルの声。あたしはそれを背に受けながら、冷たい声でこう返した。


「お前と一緒に戦場には立つことはねぇ。少なくとも、お前があたしを認めるまではな」


ヘンリーの腕に置いた手に、ぐっと力を込める。


「行くぞ、先生」


ヘンリーはガブリエルを一瞥してから、あたしと一緒に歩き出す。


背後から感じる異様な雰囲気。だが、ガブリエルは一言も発さない。ただただ焼けるような視線だけが、あいつの存在を感じさせた。


しかしそれでも、あたしは前をむき続ける。


振り向いたところに、あたしの望む未来などないのだから

お読みいただきありがとうございます!

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ガブリエルくん……(すき)
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