第十一話 初めての戦場
鼓膜が消え失せたのかと錯覚するぐらい、静まり返った不気味な村。頭上には暗雲が立ち込めており、昼間のはずなのに妙に暗い。
これが、戦場か。
緊張で思わず腕に力が入る。ナックルダスターがカチャリと擦れる音だけが冷たい空気を震わせた。
「では、ここからは俺が指揮を取る。無理をせず、数人で固まって行動すること。いいな?」
強く低いガブリエルの声が戦場に響き渡る。いつもの甘さや焦りなど微塵も感じさせない頼もしい声。
こいつ、こんな顔もするんだな。普段からこうなら『俺が守る』ってセリフも様になんのに。
「報告は適宜伝達用魔道具で行うように。村内北東にはボスのねぐらがある。近づくことは禁止だ。……では、戦闘を開始する! ヘンリーに続け!」
ガブリエルの号令に合わせ、あたしは地を蹴った。
先を行くヘンリーの姿はもう見えない。周囲に広がる魔物の残骸だけがその軌跡を示している。
……負けてらんねぇな。
拳にグッと力を入れた――瞬間、バッと飛び出してくる影。黒い犬みてぇな姿をしたその魔物は、唸り声をあげこちらに襲いかかってくる。
「かかってこい!」
声をあげて気合を入れ、一気に拳を突き出した。
ーーーバシュッ
しかしあたしの拳は当たらず空を切る。倒れていく魔物の頭部には、一本の矢が突き刺さっていた。
「は?」
矢の放たれた方向に体を向ける。そこには屋根の上で既に次の矢を番えているガブリエルの姿があった。
風を切る鋭い音が、連続して空気を揺らし続けた。
目にも見えない速さで放たれた矢。それに貫かれ五秒も経たずに周囲の魔物が倒れ伏す。
「姉さんは、俺が守る」
風に乗って聞こえてきたその呟き。圧倒的な強者の力に、あたしはぐっと奥歯を噛み締めた。
屋外じゃダメだ、ガブリエルが強すぎる。
『村内西側、攻めすぎだ。体制が崩れてるから一度退け。中央部に中級モンスターが一体。今から撃破する』
淡々と聞こえてくる力強いガブリエルの声。
「流石近衛兵トップの実力者だ」
「ガブリエル様の矢がなかったらお前死んでたぞ」
そんな兵士達の言葉が移動するたび耳に届く。
あたしだけじゃなく他の兵士へのサポートも完璧なのが腹立つ……!
ぜってぇここであたしの実力を認めさせてやる。
あたしは一際大きな家に目をつけると一目散にそちらへと駆け込んだ。屋内なら、あいつの弓も届かない。
『姉さん! 危険だから屋内には行くな!』
焦った様子のガブリエルの声が魔道具から伝わる。
「やばかったらすぐ出る! テメェは自分の仕事しろ!」
目の前に現れた数体のハウンドに、順番に拳を叩き込んでいく。その度に伝わってくる、骨の砕ける感触と、肉を抉る感覚。
……気持ち悪りぃ。
何度やってもこの感覚には慣れない。それは魔物相手でも人間相手でも変わらなかった。
目の前を通る鋭い爪を背中を反らせて回避し、バク転しながら爪先を叩き込む。ゴキリと鈍い音がして、魔物はその場に倒れ伏した。
ーーーこれで、5体目。
どさりと魔物が崩れる音を聞いてから、ふぅ、と軽く息を吐く。
ぐるりとあたりを見渡す。魔物の姿はもうどこにもない。
『報告、村内南東部にて低級モンスター5体撃破』
短くそう告げて、あたしは次の建物へ向かった。
雑魚相手なら強化魔法も必要ねぇな。魔力は温存して良さそうだ。
目の前に現れた無駄にでかい屋敷。その扉を蹴破る様にして開け放つ。
その瞬間、ふわりと鼻腔に広がる血の匂い。生々しい温度を感じさせるそれに、きゅっと胃が締め付けられた。
中からは絶え間なく金属がなる音が聞こえる。酷く耳障りなそれに、鼓動が一段早くなった。
先客がいんのか。……まあいい、やる事は変わらねぇ。
頭を振って足を踏み出したその瞬間ーーーぞくりと、背筋が凍る。
本能が告げていた。この先にいるのはさっきまでとの雑魚とは違うと。その異様な雰囲気に、思わず足が止まる。
なんだ、この雰囲気……?
「うわぁぁぁあ!!」
あたしの思考を遮る、室内に響き渡る男の悲鳴。あたしは軽く舌を打ち、急いで声の方へと走り出す。
『報告、村内東の屋内にてモンスター発見。おそらく中級だ』
全速力で廊下を駆け抜けそう叫ぶ。あちこちにばら撒かれた血飛沫が、あたしの不安を増幅させた。
屋敷の中にこだます一際大きな悲鳴。
それに誘われるように階段を駆け上がり部屋の中へと飛び込む。
だだっ広い部屋、光の差し込む大きな窓、あちこちに倒れた兵士たち、後方にまばらにたった怯えた人間。
部屋の真ん中にいる、二本足で立ったバカでかい熊。
熊の右手から聞こえるか細い悲鳴。それをかき消すゴキゴキという鈍い音。
「身体強化!」
気がつくとあたしは、魔力を巡らせその場から跳んでいた。組んだ両手を頭上に大きく振り上げ、着地の勢いをのせて叩き込む。
「ゴァアア!」
ゴキリという重い音共に熊の腕が跳ねる。
「っ……!」
まるで岩でも殴ったかのようなその感触に、叩きつけた腕がジンと痛んだ。
なんだコイツ、かてぇ……!
反射的に開かれたクマの手からポンと飛び出してくる男。着地した先で右足で床を蹴って跳躍し、天井に叩きつけられる直前にそいつをがしりと抱え込んだ。
あぶねぇ、ギリセーフ!
そのまま着地し、一度他の兵が待機している後方へと下がる。
「こいつのこと、頼むぞ」
「わ、わかりました……」
床に座り込んだ別の兵士が、床に寝かせた男を庇うように前へ出た。
とりあえずこいつらを巻き込まない場所にいかねぇと。
部屋をぐるりと回るように左側へ走り、他の人間から距離をとる。
誰もいない大きな窓の右側で、あたしは熊に向き直った。
ゆらりとこちらをむく、3メートルはゆうに超える巨躯。さっきまでの犬なんて目じゃねぇ、鋭い爪と牙。
カタカタと震える拳をグッと握りしめ、笑う膝に力を込める。
ここで勝てなきゃ、エイダに勝つなんて夢のまた夢だ。
「かかってこいよ、デカブツ」
不敵に唇をつりあげ、あたしはひたと前を見据えた。
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