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アメリカ人の恋人

 

 こんばんは、シンヤです。

 深夜のシンヤ。

 これから1時間、皆さんのお耳をお借りして、素敵なひと時を共有できればと思います。


 ところで、調子はどうですか?

 猛暑が続いていますが、熱中症にはなっていないですか?

 物価高で大変な状況ですが、上手にやり繰りしていますか?

 彼女とはうまくいっていますか?

 彼氏とはうまくいっていますか?

 学校は楽しいですか?

 仕事は順調ですか?

 夢に向かって突き進んでいますか?

 失敗しても、その度に立ち上がっていますか?


 1週間のうちには色々なことがあったと思いますが、それは横に置いておいて、これからの1時間はこの番組に集中していただければと思います。


 では、今夜のオープニング・ナンバーをご紹介します。

 と言いながら、いきなりクイズです。

 今流れているこの曲の題名はわかりますか?


 えっ、ノルウェーの森?


 おっと、いきなり当てられてしまいました。

 さすがですね。

 リスナーのレベルが高いので当然ですが、今夜も脱帽です。


 この曲がビートルズの曲だということはご存じだと思いますが、では、次の質問です。同名の小説を書いた有名な作家は誰でしょうか?


 村上春樹?


 おっと、またしても正解です。

 全世界で1,300万部も売れたという大ベストセラー小説です。

 10万部売れれば大ヒットと言われる中で、群を抜いた売上です。

 といっても、それがどれほど凄いことかというのはなかなか理解できないと思いますので、ここで、ちょっと計算をしてみたいと思います。


 単価が1,500円とします。

 そして、印税率が10%とします。

 それで計算すると……、


 ワォ!


 物凄い数字が出てきました。

 なんと、19億5,000万円‼

 儲かってますね。

 羨ましいですね。

 もちろん、税金を引かれると半分ほどになると思いますが、それでも、億ションが10軒買える金額です。たまらないですね。

 でも、羨ましいだけで終わらせるのはもったいないと思います。

 リスナーの中には作家志望の方もいらっしゃると思いますので、この数字は励みになるのではないでしょうか。

 第二の村上春樹を目指して頑張っていただければと思います。


 さて、話がそれてしまいましたので、音楽に戻します。

 演奏しているのは、オランダ出身のピアノトリオ『ヨーロピアン・ジャズ・トリオ』です。1988年に発売したデビューアルバムの1曲目で、リリカル(抒情的)なピアノの演奏が素晴らしく、オリジナル曲とは違う新たな魅力を引き出していると思います。


 彼らは25年以上続いている長命のバンドですが、その人気の秘密は選曲の素晴らしさと演奏力にあります。ジャズはもとより、ロック、ポップス、ボサノヴァ、クラシックの名曲を取り上げ、それを洗練されたテクニックで聴きやすく演奏するのです。

 技術力を見せつけるような野暮なことはしません。

 あくまでもリスナー耳線で心地よく演奏してくれるのです。

 ですので、こんなにも長い間、人気が続いているのです。

 バックグラウンド・ミュージックとして最高ですし、それだけでなく、しっかり聴き込めば、その演奏力の高さに唸らされてしまいます。〈能ある鷹は爪を隠す〉と言っても過言ではないと思います。

 ということで、今月は彼らの曲を集中的にご紹介していきますので、どんな曲がかかるのか、楽しみにお待ちいただければと思います。


 さて、この番組の目玉が音楽だけではないのはご承知の通りです。

 今夜もリスナーから手紙が届いておりますので、早速、ご紹介させていただきます。


        *


『シンヤ様、こんばんは。僕はアメリカ人の恋人を持つ大学4年生です。付き合って2年になりますが、精神的にも肉体的にも相性がばっちりで、最高のカップルと自惚(うぬぼ)れていました。

 ところが、トランプが大統領になってから風向きが変わり始めました。特に、関税政策が始まってから意見の対立が激しくなり、ハーバード大学への締め付けが始まると、彼女との間に亀裂が生じるようになりました。

 実は、彼女は共和党員で、トランプの熱烈な支持者だったのです。

 だから、トランプについて批判的なことを口にすると、とても嫌な顔をされます。それだけでなく、トランプのすることをすべて擁護(ようご)して、僕の口を封じ込めようとします。例えそれが理不尽と思えることでも、一切認めようとしないのです。 

 例えば、「彼は世界の秩序を乱している」と言うと、「いいえ、アメリカをもう一度偉大にするために必要なことなの」と反論されます。

「教育の自由を奪うのはおかしい」と言うと、「過激な言論や行動を放置する方がおかしい」と言い返されます。

「君みたいな留学生を追放しようとすることに対してなんにも思わないのか」と言うと、「かわいそうだとは思うけど仕方がない」と突き放されます。

 万事がこうなのです。

 平行線のままで交わることがありません。

 でも、彼女と別れるつもりはないので、喧嘩になる前にいつも僕の方が引いています。

 可愛くて、スタイルが良くて、セクシーで、性的な相性もいいので、彼女を手放したくはないのです。僕にとっては最高の女性なのです。だから、トランプの話はできるだけしないようにしています。

 それでも、時として抑えることができなくなります。

 それは、僕の専攻が日米文化比較論だからかもしれません。日本とアメリカ、日本人とアメリカ人、その違いを深く探る研究をしているので、トランプのことが頭を離れないのです。


 日本とアメリカは太平洋戦争というおぞましい歴史を乗り超えて、同盟国という強い絆を結びました。

 更に、自由主義を標榜する近代的な国家として独裁政治や専制政治が広がらないように協力してきました。

 それなのに、多くの先人たちが血のにじむような努力を続けてより良い関係を築き上げてきたのに、勝手に世界を作り替えようとして、良識ある秩序をぶち壊そうとする暴挙を許すことができないのです。


 実は、来年、卒業する時にプロポーズをしようと思っていました。

 でも、その気持ちが揺らいでいます。

 根本的な価値観が違う女性と結婚していいのだろうかと思い始めたのです。

 もちろん、多様性を否定するつもりはありません。

 人はそれぞれ違っていて当たり前だからです。

 違っているからこそ気づきがあり、相乗効果が生まれるのです。

 だから、生まれも育ちも違う異国の女性を愛することができました。

 すべてを受け入れることができたのです。

 トランプが大統領になるまでは。


 共和党について調べました。

 すると、【市場を重視し、政府の介入を最小にする=小さな政府】と書かれてありました。

 でも、トランプのやっていることはまったく逆です。

 市場を無視し、政府の介入を最大限にしているのです。

 自らの考えに固執して大統領令を頻発しているのです。

 だから、共和党ではなくトランプ党と言われるのかもしれませんが、どう考えても無茶苦茶としか思えません。


 でも、彼女はそんなトランプを支持しています。

 ということは、真の彼女も無茶苦茶なのでしょうか?

 それとも、未だに42%の人がトランプを支持しているということは、彼女だけでなく、アメリカ人の価値観が大きく変わってしまったということなのでしょうか?


 わかりません。

 いくら考えてもわかりません。

 ただ、わかることは、絶対的な価値観が僕とは違うということです。

 相容(あいい)れないということです。


 別れるべきでしょうか?

 それとも、なんとか妥協して続けていくべきでしょうか?

 それとも、他に選択肢があるのでしょうか?


 シンヤ様のご意見をお聞かせください。

 よろしくお願いいたします。


 悩める大学4年生より』


        *


 う~ん、難しい質問ですね。

 困りましたね。

 そんな簡単には答えは出ませんね。 

 でも、そんな時には急がないことが肝要です。〈下手の考え休むに似たり〉という(ことわざ)もあるくらいです。ここは、音楽を聴いて、一度、心をまっさらにして、それから皆さんと一緒に考えてみたいと思います。


 では、2曲続けてお聴きください。

『THE SHADOW OF YOUR SMILE』(映画「いそしぎ」のテーマ曲)

 そして、

『ONCE UPON A SUMMERTIME』


        *


 いかがでしたか?

 素晴らしい演奏でしたね。

 さすが、ヨーロピアン・ジャズ・トリオという感じですね。


 ところで、心はまっさら(・・・・)になりましたか?

 良いアイディアは浮かびましたか?


 なになに?

 結論は急がない方がいいって?


 なるほど。

 そうですね、拙速(せっそく)は戒めないといけないですからね。

 といっても、放送時間には限りがありますから、悠長(ゆうちょう)なことも言ってられません。

 それでは早速、彼の手紙を検証したいと思います。


 ポイントは三つでしたね。

 別れるべきか?

 それとも、なんとか妥協して続けていくべきか?

 それとも、他に選択肢があるのか?


 さて、どうでしょう。

 あなたならどれを選びますか?


 えっ、今すぐ別れるべきだ?


 おっと、いきなり直球が来ましたね。

 そうですか、別れるべきですか。

 でも、トランプに関すること以外は相性ばっちりなのに、それでいいんですかね?

 最高のパートナーなんですよ。

 もう二度と会えない女性(ひと)かもしれないんですよ。

 簡単に別れていいんですかね?

 ちょっと考えどころですね。


 えっ、なんです? 

 最高のパートナーなんだから、トランプのことは目をつぶったらいいんじゃないかって?


 そうですね。それができれば簡単なんですけどね。

 でも、できないから彼は悩んでいるんですよね。

 根本的な価値観の違いは妥協できないですからね。


 となると、ここは、他の選択肢を考えてみるしかないですね。

 どうでしょう?

 何か浮かびますか?


 浮かばない?


 ん~、それは困りましたね。

 といって、わたしにも良い考えがあるわけではないので、ここでもう1曲聞いて、心の内から何か浮かんでくるのを待ちたいと思います。


 では、今夜の4曲目、『MY FUNNY VALENTINE』をどうぞ。


        *


 いかがでしたか?

 物悲しい旋律ではありますが、ゆったりとした演奏を聴いて、静かに考えられたのではないでしょうか。


 さて、どなたか良いアイディアが浮かんだ人はいませんか?


 えっ、なんです?

 時が解決する?


 なるほど、そういう言葉がありましたね。確か、「時間が薬」という言葉もあったと思います。時間の経過とともに困難や苦痛が薄れていく、という意味でしたよね。時間が経てばなんとかなる、ということなんでしょうね。

 一般的には、死別や失恋などの悲しいことが起こった時に使われる言葉だと思いますが、それだけでなく、困難な選択に直面した時にも当てはまるかもしれません。〈急いで結論を出すな〉ということかもしれません。言い換えれば、〈今は選択をしない〉ということでしょうか。


 えっ、それって結論を先延ばしにしているだけではないのかって?


 う~ん、確かにそういう面もあるかもしれませんね。

 でも、この場合は優柔不断とは違うような気がするんですよね。

 もっと積極的というか、能動的な感じがします。


 なぜなら、時代は変わります。

 環境も変わります。

 人の気持ちも変わります。


 もしかしたら、彼女が心変わりすることもあるかもしれません。()き物が落ちたように考えを変えることだってあり得るのではないでしょうか。

 トランプが永遠に大統領だったら無理かもしれませんが、4年後には彼は大統領ではなくなるわけですから、その時に彼女がどうなっているかですね。

 今のままなのか、

 それとも、考えを変えるのか、


 もちろん、それは誰にも分りません。

 彼女にも分らないでしょう。

 ただ、言えることは、小学生の時と中学生の時では考えが変わるし、高校生と大学生でも、大学生と社会人でも変わります。それが成長するということではないでしょうか。


 焦りは禁物です。

 焦って結論を出すと、ろくなことになりません。

 特に、人生における大事なことほど、しっかり時間をかけて考える必要があります。


 ということで、

 ・別れる

 ・なんとか妥協して続けていく

 ・早急に結論を出さず、今しばらく見守っていく

 の三択で考えてみてはいかがでしょうか?


 えっ、シンヤならどれを選ぶか?


 う~ん、その答えは控えさせていただきます。

 理由は、わたしが何かを選択すると、『悩める大学4年生さん』に影響を及ぼしてしまうからです。

 そんなことはしたくありません。

 何故なら、誰かに「こうした方がいい」と言われてその通りやったのでは自分の選択にはならないからです。

 大事なことは、自分で決めることです。

 自分の人生なのですから、他人(ひと)に頼るのではなく、自らの責任で選択することです。決断から逃げないことです。

 将来、後悔しないためにも、深く、より深く考えることです。

 そして、自らの意思と責任で結論を導き出してください。


 それでは、『悩める大学4年生さん』の決断が光り輝く未来に繋がることを願って、お別れの曲をお届けします。


『MY ROMANCE』 


 では、また来週お会いしましょう。

 素敵な週末を。



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