第95話・神の子
――素戔嗚尊との激戦から10年後……。
やわらかい。
深夜に目覚めた布団の中で、僕以外の誰かが寝ている。なぜか腕枕をしていて、なぜか反対の手で相手の胸を揉んでいる気がする。僕は無意識になんて事をしているのだ。
「んん……はぁ……」
吐息が聞こえる。胸の大きさからして、アリスではない。エルでもない、エリサとも違う。この感触は記憶の中にあまりない誰かだ。はじめまして?に近い感じがする。
「ん……」
向こうを向いている彼女が寝返りを打つ。布団を被っていて顔がよく見えない。と、ふいに唇が合わさる。
「ん……はぁ……」
彼女の腕が僕にしがみつき離れない。……ふと、記憶の中にある甘いスイーツの香りがする。
その時、パチンッ!と急に部屋が明るくなった。明かりが点いたのだ。
「ん……トイレ……」
カチャ……キィィィィィィ……。
「ん?」
布団から顔を出す僕。どうやらアリスがトイレに行った様だ。いい加減、自分の部屋で寝て欲しい。
そして布団の中の彼女が目をこすりながら顔を出す。
「んんん……朝?」
裸のまま、僕にしがみついていたのは……プリンだった。どうりで甘いプリンの香りが……。
「……あっ」
「へ……?」
「プリン、おはよう……」
「……ハ、ハ、ハルトっ!!ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
城内に響き渡る悲鳴の後、間もなくして僕は廊下で正座をさせられていた。
―――コリータ王国食堂―――
チュンチュンチュンチュン……。
「おはようございます。国王様」
食堂に入るとメイド達が朝食の準備をしていた。
「おはよう、マリン。今日は腰の具合はどうだい?」
「おはようございます、国王様。おかげ様で腰の具合もだいぶ良いですわ」
「ご主人様、おはようにゃぁ」
シッポをパタパタするクルミ。
「おはよう、クルミ。今日は白兎は一緒じゃないのかい?」
「白兎は昨夜、他の兎と遊びに出て帰って来てないにゃ。ふしだらな男は駄目なのにゃ!」
「あ、そ、そうなんだ……」
耳が痛い。
「まったくぅ、誰に似たのかしら。ふぁ、おはようございます。ハルト様」
耳がさらに痛い。
「アクアおはよう。今日はギルと子供達を頼むよ」
「ははは!おはようございます、国王様。朝からやられてますなぁ」
僕のほっぺには赤い手型が付いている。
「ギル、おはよう。勘弁してくれよ。昨夜は一晩中、廊下だったんだから……」
「フンッ!」
「こら!エルッ!ご主人様、おはようございます。エルったら朝からずっとこんな感じで……ホホホッ。あっ!こら!ノエル!挨拶なさいっ!」
「エリサ、エル、ノエル、おはよう。いや、いいんだ。ははは……」
「おはようございます、ハルトさん」
「ハルト殿、おはようございます」
「ミレーさん、ベリアルさん、おはよう。わざわざ来てくれてありがとう」
カツン……カツン……カツン……。
「アナタ……オハヨウゴザイマス……」
「あ、あぁ……メリダ、オハヨウ……」
メリダの目が怖すぎる……。
すると、待ってました!かのようにひょこっとアリスがテーブルの下から顔を出す。
「スケべ」
「ちょ、だからアレは不可抗力で!」
「10年経ってもスケベ」
言い返す言葉もない。
「あのぉ……ハルト……」
「あ、あぁ、プリン。おはよう。そのぉ……昨夜はすまなかった」
「いや!そうじゃなくて。あれから色々思い出したら、私の方も悪かったな……て。あとたぶん。わ、わ、わたしの初めての人がハルトで……」
真っ赤になるプリン。
「ちょっと待てっ!その言い方は誤解を生むっ!今すぐ!あっ!」
ポキポキ……指を鳴らすアリスとメリダ。
『ほほう。いい度胸だな……』
「ちょっ、ちょっ!!」
「わしの妹に手を出しおってからにっ!」
「あなたっ!今日と言う今日は許しませんっ!」
「ちょ、ちょっと!たんまっ!」
ガッシャーン!!椅子から倒れる僕。近くにあったコップを一緒に落として割ってしまう。
「こらっ!!そこの3人!!朝食抜きですよ!」
『すびません……』
「はははっ!朝から賑やかだのぉ!旦那様!」
「レディ。来るの遅い」
レディがよしよしと、頭をなでてくれる。カエデがどこからともなく現れ、床を掃除し始めた。
「ママ!パパが怒られてる!」
「はははっ!ステラは女の子を泣かせたら駄目だぞ!」
「わかった!」
カチャ……。
「ウェスタン国王様と王妃様がご到着です!!」
「おはようございます。とうさん、またやらかしたのですか?」
「兄様。ほどほどになさいませ」
はぁ、とため息をつく2人……。
「あぁ、サルト、チグサ。おはよう。これには深い事情があって……」
プリンがしがみついてくる。
「ねぇ……わたしのこと、す、す、す、すす……すき?」
上目遣いで見てくるプリン。
「……え。いや、そんなつも――」
「おい。ハルト。わしの妹がこんなにも頑張ってるのに『いや』とはなんだっ!もう許さんっ!!」
ゴゴゴゴゴ……!!
『出でよ!地獄――』
ペシッ!
「もう2人共やめなさいっ!!」
びくっ!
「ご、ごめんなさい……」
マリンに怒られ、打たれ弱いアリスが大人しくなる。そして行き場を失った地獄門が申し訳なさそうに静かに消えていく。
おい、何て危ないものを召喚してるんだ。
「はいっ!皆、黙って席に付きなさい!」
ガタ、ガタ、ガタ。
マリンの一言でようやく静かになり、皆席に着いた。
「こほん。それでは頂きますっ!」
『頂きますっ!』
カチャカチャ……。
子供はお菓子を渡すと静かになると言う。大人も同じなのだ。皆黙々とご飯を食べる。
ミレーの曲が食堂に流れ始め、朝のせわしなさを穏やかにしてくれる……。
――10年前のあの日から、僕の隣の2席は空席のままだ。
ゼシカとリンが者食いを受け、床に伏せしばらくしてから、リンが帰らぬ人となった。ゼシカは意識を取り戻し体調も回復の兆しを見せていたのだが……。子供を産んでから床に伏せることが多くなり、日に日に弱っていき最後には目を覚まさなかった。
……あれから10年が経つ。
この大陸はほとんど魔物もいなくなり、平和な時代を迎えている。ゼシカとリンが生きていたら――と思うといつも涙が出た。
エリサが教えてくれた……昔、チハヤとリンとメリーの産まれたその日から、この世界は変わったのだと。そしてその歴史は繰り返されるのだと……。
◆◇◆◇◆
現在、僕には6人の子供が出来た。
亡くなったゼシカが産んでくれた子は『千春』と名付けた。僕の隣で美味しそうにパンをミルクに浸けて食べている。
レディとの間に産まれた子は『ステラ』と名付けた。ネプちんじいさんが命名した。
エルとの間に産まれた子は『千夏』と名付けた。ナツトの夏の字を一文字もらった形だ。
エリサとの間に産まれた子は『ノエル』と名付けた。エリサが娘のエルに兄弟が出来たら付ける予定だったそうだ。
メリダとの間に産まれた子は『愛花』と名付けた。愛花には戦いの無い平和な時代を生きて欲しいと願い名付けた。
――そしてもう1人。いや、6人目の最後の子供は……。
「皆、食べながら聞いてくれ。1ヶ月後の8月に行うお盆祭りには、大陸中からたくさんの人が来ると思う。そこで神の子として6人を大陸中に紹介しようと思う」
6人目。それは……。
「国王様、お着きになられました」
「入れ」
カチャ……!食堂の扉が開き、見慣れない親子が入ってくる。
「皆様、初めまして。これからよろしくお願い致します」
皆が食事の手を止めて2人を見る。大勢の人に見られ、母の後ろに隠れる子供。
「ここに座りなさい」
「はい、ご主人様」
僕の隣の席へと案内する。
「彼女の名前は秋子。そしてその子供の千秋だ」
彼女は席に着く前に皆に会釈をした。
「秋子の祖母の名は……秋音。秋音は皆の知っての通り、僕の複製体だ」
ガタッ!!食堂の空気が変わった。口を開けたままびっくりする者、席からズリ落ちそうになる者、そして駆け寄る者……。
「あなた様が……まさかアキネ様にお孫さんがおられたとは……うぅぅ……」
「はじめまして。ミレーと言います。お会い出来て光栄です。うぅ……」
普段、気丈なベリアルが泣いている。ミレーも涙が溢れていた。
「あ、はい!初めまして!祖母の事は覚えておりませんが!よろしくお願いします!」
「アリス、これで6人だ」
「うむ。秋音の孫であればスサオ……いや、神族の血が流れているのであろう。長かったがこれでようやく6人揃ったのじゃな……」
「あぁ。これで僕の使命は完結した」
「ご苦労じゃったの、ハルト」
少し寂しそうな、それでいて何か吹っ切れた様な……そんな顔をアリスはしていた。




