第94話・終幕
―――エルフの里世界樹―――
僕達は月子を連れて世界樹に来ていた。
「アリス様、ハルト様。おかえりなさいませ」
「ジュリ、元気そうで何よりじゃ」
「……チラッ」
「そちらのお方は?」
「あぁ、ジュリ。アリスの妹で月子って言うんだ。よろしくな」
「月……月子です……よ、よろし……く、なので……チラッ」
月子は僕の後ろに隠れている。なんでアリスと言い、月子と言い、神様が人見知りなんだよ。
「は、はい。よろしくお願いします。アリス様、世界樹様の件、誠にありがとうございました。妖精の蜜のおかげで元気を取り戻しご覧の通り――」
ジュリが指差す方向は、世界樹の苗木が植わっていた場所だ。しかしあの時の苗木が見当たらない。代わりに大木が1本生えている。
「……えっ?まさか、この前の苗木が……この大木?」
「そうで御座います。この大木こそが世界樹様です」
あっと言う間に見事な大木になっていた。
「見事……」
僕がそう言おうとすると、ふいに声が聞こえた。
「――ハルト様、アリス様、プリン様。きりんもおるようですね。本当に今までありがとう。あなた方の活躍は全て見ておりました」
「いえいえ。とんでもございません。お礼なんてそんな……え?」
今、誰にお礼を言われたんだ?キョロキョロしてみるが誰もいない。念話か?
「私は世界樹。この世界を見渡す者。あなた方の功績に対し、お礼を申しあげます」
「木がしゃべった……」
その大木には命が宿り、美しい女性の精霊に見えた。
「うむ。堅苦しい挨拶は抜きじゃ。今日は……」
「はい。アリス様、承知しております。月子様の固有能力のことでしたら、もうすでに儀式は終わっております」
「なんじゃ!!体がっ!?」
月子の体が光り、その光は月子の中に閉じていく。
「……月子?治ったの?」
「う……む、どうじゃろう?」
「フフフ。さて、本題ですが……」
「……」
「モノグイは私では治せません」
「やはり世界樹でも無理か。月子の力は元に戻しただけ。モノグイはスサオの力が必要か」
「はい。ただし月子様の力で病を遅らせることは可能かと存じます」
「それでもいい!ゼシカとリンは僕の……!」
胸が苦しい!苦しんでる仲間に何もしてやれないなんて!
「……ハルト様。あなたは良く頑張っています。ですが、すでに魂を削り過ぎています。次はもう持たないかもしれません。無理をされませぬよう――」
そう言うと世界樹の精霊はすぅと消えていった。
「ハルトよ。帰ろう。ゼシカ達が待っている」
「あ……あぁ……」
何も出来ない僕は無力で、握るこぶしが痛かった……。
―――ウェスタン王国―――
僕達はウェスタン王国に戻り、月子の力でモノグイに侵された者達の痛みを和らげていった。
「わしは一度天界に帰り、冥府からあやつらの魂を引き上げてくる」
「うむ。月子よ、面倒なことばかりですまぬの」
「ふ。ねぇさん、今さら何を……さらばじゃ」
空に舞うとあっという間に姿が見えなくなる月子。そして連絡役にと、また置き去りにされる白兎。
「くぅ~!かわぁいい!いただきまぁすにゃぁ!」
クルミが白兎にかぶりつく。……今、かわいいって言ったやろがいっ!
「痛いっち!やめてくれっち!!」
「次『っち』て言うたら皮を剥ぐ……」
「ヒッ……や、やめてくれっ……ぴ?……ぺ?」
上目遣いでアリスの様子を伺う白兎。
「ぺ、か……うむ。それなら良かろう」
『ち』は駄目で『ペ』ならいいのか。アリスの基準がわからない。
「ありがとうございますっぺ!感謝だっぺ!」
何だか白兎が急に田舎者になったじゃないか。
「食べないにゃ?」
クルミはよだれが出ちゃってる。しかしクルミのおかげで部屋の重い空気が和んでいくのがわかった。
……ゼシカとリンは未だに眠ったままだった。
―――南東の町―――
翌日、僕は南東の街の進捗状況を確認しに行った。亜人族とエルフ族を中心にドワーフ族、妖精族も集まっていた。
「ハルト様、ご苦労様です。今のところ予定通り進めております」
「アカシア、その様だな。後は転移魔陣をウィンダ町と繋いで念話器の拡張か。この町は畜産と鉄工を主に行いたい」
「かしこまりました。あと町の名前ですがいかがしましょうか」
「……名前か。そうだな……希望……エスポワール!そうだ。アカシア、ここは任せた。僕は一旦、コリータに戻る」
「わかりました。町名はエスポワールで進めて行きます」
「頼んだ」
―――コリータ城東町―――
コンコンッ!
「ベリアルさん!ミレーさん!」
「あら!ハルトさん!先日はお世話になりました。ベリアルッ!ハルトさんよっ!」
「ハルト殿、顔を出さずすいません。なかなか出しにくく……」
「いや、そんな事はいいんだけど、2人共ちょっと時間はいいかい?」
「はい。今日はお休みですので時間は大丈夫ですよ」
僕はミレー達のいる音楽堂を訪ねていた。ゼシカとリンの事で後回しになっていたが、聞きたい事があったのだ。ミレーがお茶を煎れてくれると、話を切り出す。
「ベリアルさん、単刀直入に聞く。希望の歌詞は、アキネの作ったもので間違いないか?」
「……えぇ。間違いないです」
「わかった。そこまでは良いんだが、アキネとどんな関係だったんだ?」
「はい、アキネ様の元で私は働いておりました。そしてアキネ様がアンデッドに堕ちていく姿を見てきました」
「アキネは……素戔嗚尊を愛していた?そしてベリアルさんは、アキネを……」
「……そうですね。愛していたのかもしれません。素戔嗚尊様がアキネ様から離れて行かれ、数十年一人で暮らしていたそうです。トウヤ殿がアキネ様を訪ねて来られた時もしばらくお会いになりませんでした」
「ごめんなさい。ちょっと席を外しますね」
ガタッ、と席を立つミレー。ベリアルの過去の話は知りたくないのだろう。
「……アキネ様は悪行を行う素戔嗚命様にただ従っていたそうです。しかしそこには愛がありました。そしてトウヤ殿はそれを食い止める為に動かれていました。しかしトウヤ殿の力も神がかっていましたが、素戔嗚尊様には遠く及ばず……」
「そうか、それでわかったよ。なぜベリアルさんがアキネの歌詞を持っていたのか。それをミレーさんに歌わせる事で、アキネの気持ちをスサノオに伝えようとした……と言う事か」
「……はい」
深く考えすぎていた。アキネとベリアルの恋の果てにこの歌が出来たのか。
「西の森でトウヤに天之叢雲を渡したのも、トウヤがスサノオを討とうとしていたのか?」
「そうです。しかしうまくいかなかったそうですね。トウヤ殿が居なくなった後、西の森の魔物は去っていきました」
「そうか。あの時、王広間には僕達がいた。うかつにスサノオに手を出せば僕達も巻き込む可能性があった……」
「おそらくは……」
「トウヤは天之叢雲を手に入れ、その力でスサノオに立ち向かうつもりだったのか……」
色々な人達の思いが複雑に交差した終幕だった。最後には素戔嗚命は倒せたが、その代償も大きくたくさんの人が亡くなり、たくさんの想いも消えていった。
「希望……か」
「……」
僕はミレーとベリアルにお礼を言い、音楽堂を後にした。
―――コリータ城自室―――
「ハルト。一人で抱え込むなよ?ゼシカ達の件はお主のせいではないのじゃぞ」
「アリス……わかってる。わかってるけど……!」
涙が自然と出てきた。
「僕はこんな想いをもうしないと決めたのに……それなのに……!!」
「わしはお主の傍におる、無理はするな」
アリスがそっと抱きしめてくれる。
「くっ……!!」
涙が止まらなかった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アリスの胸に顔をうずめ、押し殺してきた感情が爆発した……この世界で生きていくと決めた日。地に足が着かず、ゲーム感覚で生きてきた日々。どこか他人事と傍観していた。
だけどもうそうじゃないんだ。いつの間にか僕はこの世界で生きている。異世界でもなんでもない。ここが僕の居場所……。
それは生まれて初めて、声が枯れるまで泣き尽くした日の事だった。
―第7章完―




