第67話・月子登場
―――イスタン帝国西の塔―――
横たわる巨鳥と鎖で巻かれた少女。傍らで泣くエルと背中をさするカエデ……。
「アリス、回復魔法は効かないのか!」
「おそらく。すでにエルもしてみたのじゃろ?」
コクンと、うなずくエル。
「ロック鳥は飼い主の生命を吸って生きる。飼い主の命が尽きかけておるのじゃ。すぐに連れてもど……」
そう言いかけて、振り向いたアリスが僕を指差す。僕の付けているナツトの指輪が光っていたのだ。
「その指輪を貸せっ!」
僕は指輪を外しアリスに渡した。
「月子よ、そなたもこれを待っておったのじゃろ?これを受け取れ」
ナツトの指輪を月子と呼ばれる少女の胸の辺りに置くアリス。すると指輪から緑色の光が溢れ少女を包み込む。
カチャ……カチャ……!シュゥゥゥ……!!
「鎖が消えていく!?」
鎖が溶けるように消滅していく。
「ナツ……ト……お主……の気持ち……しかと受け取った……」
少女は消え入りそうな声でそう言うと、涙がこぼれた。
「アリス、どういう事だ?」
「あの指輪にはの、ナツトの魔力が込められていた。その魔力の中に呪いを解く解錠魔法が込められていた……のかもしれん」
ナツトの指輪がすぅぅと少女の体の中に溶けていく。と同時にロック鳥も役目を終えた様に消滅していく。
「あぁ……そんな……!」
エルの腕の中で消えていくロック鳥。
「間に合わなかったのか?」
「……いや。間に合ったのぉ……」
アリスが空を見る。いつもより月がすごく近くに感じる。
「近くに?いや月が!近づいてくるっ!!」
空を飛べば手が届きそうなくらい近くに月がある。そして月から一筋の光が差し込み少女を包み込んだ。
「そうか帰るのか。月子よ……ゆっくり休むが良い」
そう言うとアリスも一筋の涙を流した。
「……ね……ねぇさん……ナツトの事……ありがとう。これでようやく……休める……」
「うむ……またの……」
こくんとアリスに小さくうなずくと、彼女は笑顔で僕に言った。
「そ、そなたが……そうか。よう似ておる。ふふ……そなたは無茶をするでは……ないぞ……」
そう言うと月子の体は月の光に包まれるように消えていく。
「ちょっと!まだ聞きたいことが――」
アリスが僕を静止し首を横に振る。
「もういいのじゃ。あやつの役目は終わったのじゃ」
月子がいなくなると月がだんだん小さくなっていき、いつもの月の大きさになった。ただいつもと違って見えたのは兎ではなく、月で手を繋ぐ女性と男性の姿に見えた。
「帰ろう。私達はできる限りの事はしたんだ……」
カエデがそう言い、泣いているエルを支えて立ち上がる。
「……そうだな。帰ろう我が家へ」
「うむ」
僕達は月子を見送ると一路、ウェスタンへ王国へ向かった。
―――ウェスタン王国王広間―――
僕達が帰ると鎧を着た国王や兵士が出迎えてくれた。ゼシカもドレスから鎧に着替えている。
「ただいま。ゼシカ、帰った――」
「ハルトッ!!」
ゼシカが飛びついてくる。鎧の重さで僕はそのまま倒れた。
「だらしないのぉ」
「あいたた……返す言葉もない」
「急報!国王様!物見から連絡が入りました!」
「申せっ!」
「はっ!イスタン帝国は王城が壊滅状態。魔王婦人を名乗る一派の襲撃を受けたとの事!そこに勇者ロドリゲス様が現れ魔王婦人は撤退したと!住民はイスタン帝国を離れてウェスタン王国、コリータ王国へ避難を開始したとの事です!」
……魔王婦人?て誰だ?
「そうか。撤退したのなら良い。全軍行軍準備を!イスタン帝国の住民には一切手を出すな!速やかに占拠し、ウェスタン王国の旗を掲げよ!」
『オォォォォォォォォ!!!』
「ハルト殿達はしばらく休まれるが良い。プリン殿とクルミ殿は客間におられる」
「国王。イスタン帝国を占拠されるおつもりなのですね」
「うむ、こんな機会は二度とないじゃろう。今後、無駄な争いを無くす為じゃ。イスタン帝国から城を排除し、軍を構えれぬようにしてくる……それにサルトの初陣にしようと思ってな」
父親らしい顔をするウェスタン国王。
「わかりました。お気をつけて」
「ゼシカ!ウェスタン王国の守備は任せたぞ!」
「はっ!!お任せをっ!」
「では、行ってくる!!」
「ご武運を!!」
―――ウェスタン王国客間―――
客間でプリンとクルミが正座をしている。反省はしているのだろう。でもちょっとモジモジし始めた。もう限界なのか。
「ねぇさまぁぁぁごめんなさぁぁぁぁい」
「もうしませんんんんにゃぁぁぁぁぁぁ」
「はぁ……まさか魔王婦人がプリンだったなんて……はぁ」
「魔王の伝説なんて所詮そんなものだと言うことじゃ。しっしっし!」
魔王を笑い話にしちゃってるよ。
「でもまぁ、全員無事で良かった。とりあえず、コリータに帰ってゆっくり休もう」
僕は引き止めるゼシカに事情を説明をし、一旦帰ることにした。
避難民の中にはプリンとクルミの顔を見た者がいるかもしれない。2人にはコリータでしばらく大人しくしていてもらおう……。
―――コリータ王国―――
「ただいまぁ、マリン。こっちは特に問題なく?」
晩餐会中止の後、マリンは先に帰って来ていた。
「あ!おかえりなさいませ!いえ、それが王座に何か座っていまして……びっくりして今連絡をいれるところでした」
「何かとは?」
王広間の扉の前にはベリアル達が集まっている。
「あぁ、ハルト殿。お待ちしていました。王座にただならぬ魔力を感じ様子を伺っておりました」
「誰がいるんだ?」
「わかりませんが、この気配は神の者かと」
「神!?またやっかい事の香りがするな……全員戦闘準備―――」
ギィィィィィィィ……。
僕は王広間の扉を開ける。王広間には灯りが点いておらず、月の明かりだけが玉座を照らしている。そして玉座には確かに何かがいた。僕はゆっくりと王座に近づく。
「ふぅ。やっち帰ってきたっちね」
「誰だっ!!」
「ボクの名は白兎。月夜見命様の使いっち。お届け物を持って来たっち」
そう言うとしゃべる白い兎は1個の卵と手紙、そして手鏡を取り出した。
「この卵はロック鳥のたまごっち。大事にするっち。お手紙はアリス様宛っち。手鏡は大事にして欲しいっち。以上っち!」
それだけ言い残し、白兎は開いていた窓から月に向かって帰って行った。
「何だったんだ……?」
アリスが受け取った手紙を読む。
「あやつめ。たいそうな事をしたもんじゃ。ししし」
「何が書いてあるんだ?」
「月子からの手紙じゃ。月の力のおかげで意識はしっかりしとるそうじゃ」
「月子っ!?良かったぁ!無事だったんだ!」
「その卵は亡くなったロック鳥が最後に産み落としたそうじゃ」
「で、この手鏡みたいなのは?」
「……それは、いずれわかるじゃろ」
手紙と手鏡を懐にしまうアリス。
「エルよ。この卵を育ててみぬか?」
「え?私?良いんですか?そんな大事な卵を……」
「お主が適任じゃ」
「ありがとうございます。大事に育てます」
「良かったな、エル。ロック鳥もきっと喜ぶよ」
「はい、あなた。……あなたが産んだ卵ですもの。大事に育てますね」
「違うよ。僕は卵を産んでないよ」
エルはすでに聞いていない。
僕は玉座に座り月を見る。この美しい世界がいずれ終わるなんて考えたくはないが、その時までこの仲間達と過ごしたいと願う。
――そんな事を思ってしまう程の美しい月だった。




