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死にたがりヒーロー

作者: 清水進ノ介

死にたがりヒーロー


 とある山奥に、さびれた寺があり、そこには坊さんが一人住んでいた。寺はぼろだが、坊さんは徳のある人物で、困りごとのある人が、よく説法を受けに、坊さんの元を訪れていた。坊さんは世俗を離れているが、その際に最近の新聞だの、ラジオを鳴らす為の電池だのをご厚意でいただき、ある程度は俗世のことも見聞きしていた。


 坊さんが新聞に目を通すと、「ヒーロー」なる者が一面を飾っていた。ざっと記事を読んでみると、行く先々で死にかけた人々を助けて回る、正体不明のヒーローが、世を賑わせているらしい。欲と悪意にまみれた人間社会の中に、まだこのような崇高な精神を持つ者があることに、坊さんは感心し、新聞に向かって「うむ、うむ」とうなづいた。

 するとその時、外から「もし」と大きな声が聞こえた。坊さんが外に出てみると、そこには体の大きな、熊のような男がいた。坊さんはその姿を見て驚いた。この男こそ、新聞に掲載されていた「ヒーロー」その人だった。男は深々と頭を下げると「あなたは徳の高いお坊様だそうで。どうか、あっしの願いを聞いてもらえやせんか」と言った。坊さんは男を寺の本堂へと招き入れ、まずは話を聞いてみることにした。


「願いというのは、あっしをあの世に送ってもらえやせんか」

「なに、あの世だと?」

「あっしは、自分のことが嫌いなもんで。自分と言う人間に、愛想が尽きたのでさ。命など惜しくはありません。さっさと死に、別の人間へと生まれ変わりたいもんでして」


 坊さんは少し待っていなさいと、男に言い、さきほど読んでいた新聞を持ってきた。

「おぬしはヒーローと呼ばれておるそうだな。それがなぜ、あの世にいきたいのだ」

「いいえ、あっしはヒーローなどではありゃしません。ただの馬鹿でさ。体ばかり大人になって、頭は子供のまま、いや、子供より下なもんで。いまだに算数も出来やせん。九九を言うことも出来ないもんでさ」

「しかしおぬしは、こうして死にかけた人々を助けたのだろう」


 坊さんは新聞の記事を指差し、男に確認を取った。

「火事が起これば、燃え盛る火の中に飛び込み、逃げ遅れた子供を助けたらしいな」

「いんや、ちがいます。散歩をしとったら、ごうごうと火を噴く屋敷を見かけたもんで、これに飛び込めば、焼け死ねるだろうと思っただけでさ」

「ならなぜ、子供を助けたのだ」

「子供の泣く声が聞こえたもんで。助けて、死にたくないと。それはもう、見殺しになど出来ないもんで、外へ運び出しやした。あっしは火の中に戻ろうとしたのですが、その子がひっついて離れないもんで、死に損なったのでさ」


 坊さんは呆れて、次の記事を指差した。

「海の大渦に飛び込み、溺れかけた老人を助けたとあるぞ」

「火事で死に損なったあっしは、そんだら水で死のうと、鳴門の渦へと飛び込んだのでさ。しっかしどういうわけか、先客がおった。老人が助けてくれと、もがいているもんでさ。後で聞きやしたが、めまいを起こして船から落ちてしまったんだと」

「それも助けたと」

「見殺しになど出来んもんで。あっし、頭は馬鹿だが、体はいやに頑丈なもんで。その後もどういうわけか、助けを求める人が、行く先々に現れるのでさ。その人らも助けたが、あっしはどうにも死にきれないもんで、あの世に送ってもらいたいわけでさ」


 坊さんは男に「ないものねだりを、するものではないぞ」と言い、男は「そりゃ、どういう意味ですかい」と聞いた。

「よいか、世の中にはお前の逆で、頭はよいが、貧弱で寝たきりの者もおるのだ」

「しかしあっしは、頭のよい、立派な人になりたいもんで」

「立派な人とは、頭のよい者のことではないぞ。生まれ持った体を使い、どれだけ人の為に尽くせるかだ。お前は頭は悪くとも、何人もの人の命を救ったのだ。たとえ馬鹿でも、お前は立派な人なのだ」

 男はハッとした顔で固まり、涙を流した。ようやく自分が生まれてきた意味が分かったと、何度も坊さんに頭を下げ、帰る頃には、晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。


 その数日後、坊さんが新聞を広げると、そこにはとんでもない記事があった。ヒーローが死んだというのだ。火事で火の海となった家に飛び込み、そのまま焼け死んだらしいが、家主のインタビューが一緒に掲載されていた。

「私達一家はさっさと逃げていたので、家族の誰も、命の心配などなかったのです。なのにあの男は『これがあっしの、生まれた意味でさ』だとか、よく分からないことを言って、燃える我が家に飛び込もうとするのです。もうその家には誰もいないと言っても、聞こうとせんのです。男は買い物帰りだったようで、袋を提げていたのですがね、その中からビールを取り出しますと、豪快に頭からかぶって、火の中に飛び込んで行ったのです。水をかぶるのではなく、アルコールをかぶって、火の中に入っていったのです。止めようにもあの男、やたらと力が強いもんで、どうにも出来んかったのです」


 坊さんは渋い顔で、新聞に向かって手を合わせた。

「お前は立派な人であったが、次に生まれてくるときは、もう幾分か、頭の出来の良い人間になりたまえよ」


おわり

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