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【04】デート



 ――俺達が恋人同士になって、早一ヶ月。


 週末になる度に、俺は周藤と共にオフィスビルを出るようになった。ただ昨夜は俺の仕事が遅かったため、別々に帰路についた。代わりに、土曜日の本日、待ち合わせをしている。周藤と出かけるのは、実を言えばこれが初めてだ。


 ……デート。


 そんな言葉が、ぐるぐると俺の頭の中を廻っている。そう考えてしまう一番の理由は、昨日喫煙ルームにて、一緒に話した際に、『では待ち合わせをしてデートに行きましょう』と、それこそ周藤が言ったからである。


 何処へ行くのかと問いかけた俺に、周藤はこの駅の名前を告げた。

 近くにある目的地、そこは美術館だという。


 普段、俺は人生で、高校時代までの授業を除いたら、美術館になど足を運んだ経験は無い。だが、そういえば周藤は絵が趣味だったなと思い出し、俺は美術館に行くことに同意した。


「わっ!」


 その時後ろから急に抱きしめられて、うなじをペロリとなめられたものだから、思わず俺は間抜けな声を上げてしまった。


「おはようございます、砂沼さん」

「な、なっ、なにをするんだ!」

「真っ赤になっておられますね、本当にいつまで経っても初々しくていらっしゃる」

「人前だぞ!」

「人前でなければ宜しいので?」

「そ、それは……恋人だしな……」


 怒っていたはずなのに気恥ずかしくなってしまい、俺は小声で呟くように述べた。すると目を丸くしてから、より強くギューギューと周藤が俺を抱きしめた。


「愛しておりますよ。さて、参りましょうか」

「ああ」


 その後周藤は、俺を腕から解放した。だが、状況が良くなったわけではない。周藤は堂々と俺の手を恋人繋ぎして歩き始めた。男同士への偏見が少ない世の中だとはいえ、みんなの前で手を繋ぐというのは、羞恥を覚える。しかし振りほどく気にもなれず、そのまま俺は、連行されるように美術館へと向かった。


 パンフレットを先に買うそうで、周藤が二人分買ってくれた。

 一つ受け取ってみれば、『ケーキとフォークの絵画展』と書かれていた。

 それを確認してから、俺は周藤に促されて、美術館へと足を踏み入れる。


 会場には、様々な油絵が掛けられていた。


「幻想的でしょう?」


 周藤はうっとりするように、ある油絵の前で立ち止まった。巨大なその絵画を見上げた俺は、複雑な心境になった。ウェディングケーキのような巨大なケーキの上に、小さな男の子が描かれていて、その右手に描かれている巨大な男が大きな手で小さな男の子をひょいとつまみ上げて、大きく口を開けている絵だった。


「これ、食べるのか? この後」

「さぁ? それは作者にしか分からないことだと存じますよ」

「これは、小さい男の子のサイズが異様に小さいのか? それともケーキと右の男のサイズ異様に大きい、巨人か何かなのか?」

「さぁ? それもまた、作者にしか分からないことだと考えられますが」

「周藤はどう思うんだ?」

「私ですか? 私は、私の愛する砂沼さんが、私と同じサイズの人間で良かったと思うばかりですよ」

「幻想的というのは、どの部分が?」

「関係性でしょうか」

「関係性?」

「男の子の方は笑顔を浮かべていて、食べられるのを心待ちにしているようですよ。一方の男の方――フォークの方の顔の、なんと悲壮感が漂うことか。愛でたいというのに、食欲に抗えない様は、実に幻想的です」

「不憫の間違いなんじゃないのか?」

「私は日本語が不自由なものでございますので」


 濁された気もしたが、俺はそれ以上追求しなかった。美術館デートだからと、気を遣って話題を出したつもりだったが、どうやら周藤は本当に見ているだけで満足そうだったから、途中からは俺も鑑賞に専念した。だんだん、付き合う内に俺は、たいていの場合笑っている周藤の顔の中にも、様々な感情の色を見いだせるようになってきた。それが少しだけ嬉しい。


 一時間ほどかけて、ゆったりと俺達は、絵画を鑑賞した。


 そして外に出ると、昼食に丁度良い頃合いになっていた。


「楽しかったな」

「ええ。この後は、近くのホテルに予約を入れておりますので、お食事でも」

「悪いな、いつも」


 俺は段々、周藤の富豪っぷりにも慣れてきた。周藤は俺には支払いを一切させない。俺も出せと言われても、周藤のチョイスする行き先の場合、半額出すだけでその月の生活が苦しくなるので、出せない。気にするなと周藤は言うが、正直気になってはいる。


 その後タクシーで向かった先も、高級なことで名前が知れ渡っているホテルだった。


 三階にあるレストランに入ると、すぐに予約席の個室へと案内される。


 そして、注文するでもなく、料理が運ばれてきた。コースも周藤が予約済みだった様子だ。まだ昼だが、俺は注がれた赤ワインに口をつける。フレンチのようだ。


 蕩けるような仔羊の肉を切り分けながら、俺は周藤と共に、ワインを楽しみつつ雑談に興じる。周藤は俺に絵画の感想を聞いてきたが、自分の感想は言わないのだから、卑怯だと思う。俺の感想なんて、絵のキャンバスのサイズが巨大だったことや、額縁が高級そうだったことを抜くならば――やはりフォークはケーキを物理で食べる印象が、世間では持たれているのだろうと、絵画の数々を見て感じたこと、くらいだろうか。それらを伝えると、周藤が小首を傾げた。


「楽しくはありませんでございましたか?」

「え? いや、楽しかったぞ? ああいう場所には全然行かないからな。見ているだけで、その場の雰囲気も含めて新鮮だった」

「それはよかったでございます。退屈させてしまったのかと心配しておりましたので」

「それはない。俺としては楽しかった」


 気遣ってくれた周藤が嬉しくなり、俺は両頬を持ち上げ、口元を綻ばせた。


 そのようにして歓談しながら、俺達は食事をしていく。最後に運ばれてきたぶどうのケーキを俺が食べ終えた時、周藤が咳払いをした。


「上に部屋を取ってあるので、休んでいきませんか?」

「ん? ああ。いいけど」


 俺としては帰宅して――なんというか、毎週のいつものように体を重ねるつもりだったから、ちょっと予定が狂った気もしていた。だが、周藤はにこやかに笑うと、天井を見上げる。


「たまには別の場所も新鮮でございますからね。これでも私は、砂沼さんに飽きられてしまわないように、必死なのでございますよ」


 さらりとそう告げられて、俺は意味を理解した瞬間、完全に赤面した。


 結局体は重ねるようだが、その部分と言うより、愛情を感じてしまって、それが嬉しすぎて、顔を上げられなくなる。


「あ、飽きたりしない」

「どうして言い切れるのでございますか?」

「お前みたいに変わった奴、飽きるところがない!」

「私はごく普通だと思うのでございますが……ほう。それが嬉しいでございますね。言質を取った気分でございますよ。飽きたら許しません。尤も、飽きられても私は貴方を手放しては差し上げませんが」

「しっかりと俺を捕まえておいてくれ。俺は飽きないが……俺の方こそお前に飽きられたと思ったら、いなくなる自信はある」

「ご安心下さい。私は砂沼さんをずっと愛し続けますので」


 そんなやりとりをしてから、俺達はレストランを出て、エレベーターで上階へと向かった。高級な一室には、巨大なダブルベッドが一つある。他にはテーブル席が窓際にあって、そこからは街並みが一望できた。きっと夜には、夜景が綺麗なのだろう。


 その夜も、俺達は交わった。


 ――目が覚めると、この日も俺の体は清められていた。


 窓の外には朝焼けが広がっていて、既に日曜日になっているのだと分かった。


「おはようございます」

「ああ……」

「さて、珈琲でも飲むと致しましょうか」

「珈琲? 俺はとりあえず水が飲みたい」

「では先に水を。なんでも言うそうではありませんか? 夜明けの珈琲と」

「? どういう意味なんだ?」

「今の私達のような状態のことですよ、男同士でも使って構わないでしょう」

「?」


 よく分からなかったが、その後俺達はソファに移動し、俺は水を飲んだ。

 その間に珈琲を用意した周藤が、俺の前にカップを置いた。


 二人で珈琲を飲みつつ、俺達は朝焼けを見る。夜景が次第に、街の色と共に消えていく。訪れた朝の気

配を感じつつ、俺は周藤をじっと見た。すると目が合う。


「また、行こうな。美術館」

「ええ」

「でも、行かなくても、そ、その、いつも通りお前の家でも、俺は飽きたりしないからな?」

「嬉しいなぁ。覚えておきますよ」


 にこりと笑った周藤の顔が、あんまりにも嬉しそうで綺麗だったものだから、見慣れてきたとは思うが、俺は惹きつけられてしまい、目が離せなくなる。


 その後キスをし、俺達はチェックアウトした。


 このようにして、ある日のデートは幕を下ろしたが、俺達の関係は、その後も続いていく。俺達は、相思相愛であるからだ。こんな、フォークとケーキの愛の形も、この街には、確かにあった。俺は周藤と出会えて、とても幸せだ。





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