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【03】愛の重さ



 会計は、本当に周藤が出してくれた。


 食後俺達は、タクシーに乗り込んだ。周藤が住所を告げている。俺は既に緊張していたため、さらに口数が減っていた。視線だけは、チラチラと周藤に向けてしまう。そしてその度に、俺の頬は熱くなる。


 走り出した車の中で、周藤がそんな俺の視線に気づいた。


「砂沼さんは、本当にお可愛らしい方ですね」

「は? 俺みたいに、お前と体格もそんなに違わない男相手に、お前は何を言っているんだ?」

「私の方が筋肉があるように思いますが? 案外砂沼さんは、腰なんかが細いではございませんか。お尻も薄いですし」

「……」


 もっと筋トレをしようかと、俺は無言で考えた。なんだか男として負けた気がする。


 しかし――周藤は、俺を『抱きたい』と言っていたのだから、おそらくは挿入する側なのだろう。ならば俺は受け入れる側となる。果たして、本当に挿いるのだろうか……? 考えるだけで、不安になってくる。


「私のこと、あるいは、今夜のこれからのことを想像しておられる? 意識しておられるのでしょう? 見て取るように理解できます」

「……そりゃあ、意識もするだろ……」


 俺の声は、思いのほか小さくなってしまった。消え入りそうな俺の声を聞いた周藤は、クスクスと笑った。


「大切に味あわせていただきます。ご安心下さいませね?」

「そ、そうか」


 そのようなやりとりをしている内に、周藤の家へと到着した。


 駅に近いタワーマンションで、1フロアに、一つ家があるようだった。周藤の部屋は、その八階にあった。促されて家の中に入ると、奥と右手が吹き抜けの窓になっていて、綺麗な夜景が一望できた。広いリビングで、俺はソファに促されたので、ぎこちない動作で座る。そこに周藤が、珈琲のカップを二つ持ってきて、俺の隣に座った。横長のソファの端と端に座っているが、そう大きいソファではないから、距離がとても近く感じる。


「砂沼さん、こちらを向いて下さいませんか?」

「あ、ああ……」


 素直に同意し、俺は体を少し傾けてから、周藤を見た。すると食事中にも見た、獰猛な目をしている周藤の顔が、視界に入る。周藤は手を伸ばすと、俺の左頬に触れてから、その指先で、俺の顎を持ち上げた。


「キスをしても宜しいでございますか?」

「い……いつもは、聞かないだろ……」

「そうでございますね」

「ン」


 そのまま口を塞がれた。自然と唇を開くことを覚えた俺の口腔に、周藤の舌が入ってくる。歯列をなぞられ、舌を絡め取られ、ねっとりと濃厚な口づけをされる。いつもより激しい。キスをするだけで、俺の体は、いつしかゾクゾクするように変わっていたのだが、あんまりにも甘く激しくキスをされた結果、すぐに体の芯が熱を孕んだ。俺の中に灯った快楽を感じさせる熱が、次第に全身へと広がっていく。


 漸く唇が離れた頃には、俺の息は完全に上がっていて、体からは力が抜けていた。

 そんな俺を、そのまま周藤が押し倒した。


「こ、ここでするのか?」

「もう我慢ができません」


 乱暴にシャツのボタンを外されて、鎖骨の少し上に口づけられる。強く吸われて、痕をつけられたのだと分かる。俺のジャケットを脱がせ、シャツを引き裂くかのように乱暴に脱がせた周藤は、完全に捕食者の目をしていた。俺はベルトを引き抜かれ、下衣も乱される。


 周藤が俺の首の筋を舐める。


「美味しい」


 恍惚とした表情で、周藤がそう呟いた。


「〝フォーク〟の私にとって、〝ケーキ〟の――貴方の肌は、甘い甘いご馳走です。私は過去、こんなにも美味しいものを食べたことは、一度もございません。ああ、もっと、もっともっと、砂沼さんを食べたい」


 それを聞きながら、俺は瞬きをした。


 俺の食事がビーフストロガノフだったとするならば、周藤の食べ物は、やはり俺だということだ。はっきりとその事実を、俺は認識した。周藤の食べるものは、俺だ。


「性急で申し訳ございませんが、貴方が欲しくて余裕が消えてしまいました。ご容赦下さいませね?」


 この日俺は、激しく周藤に体を貪られ、気づくと意識を手放していた。

 これが、俺と周藤の、初めての交わりとなった。




 ――事後の翌朝。


 空が白んだ頃がだいぶ過ぎ、日が高くなってから、俺は目を覚ました。いつの間にか寝室に周藤が運んでくれたらしく、俺は大きなダブルベッドの上で寝ていた。


 裸のままだったが、体が清められている。周藤が処理をしてくれたらしい。その場には、周藤の姿がない。俺は上半身を起こして、近くの椅子の上に新しいシャツと下着が袋に入ったままで置かれているのを見つけた。そのそばには、周藤のものらしきボトムスとベルトがあって、横のテーブルには紙のメモとペットボトルの水があった。


 ベッドから降りてそちらへ向かい、紙を手に取ると、着替えだと書いてあった。


 俺は水を頂くことに決め、キャップを捻ってから、喉を潤す。気怠い体で飲んだ水は、いやに美味しく感じられた。全身が水分を欲していた感覚がする。


 衣類を身につけてから、俺は寝室から出た。

 すると正面のリビングのソファに座っていた周藤が、俺へと振り返り微笑した。


「おはようございます、砂沼さん」

「お、おはよう」


 どんな顔をしていればいいのか、俺は分からない。妙に周藤の顔が、格好良く見えて、惹きつけられるように見てしまった。だから顔を背けることはできないでいた。


「朝食の用意はしてございますよ」

「そ、そうか……悪いな」

「いいえ。私は存分に味合わせていただいたのですから、この程度は全然でございます」

「……その……俺は、美味しかったか?」

「ええ。絶品でございました。ただ――」

「ただ?」

「足りない。もっと貴方を食べたくてたまらない」

「っ」


 昨日あれほど体を重ねたというのに、周藤は満足していない様子である。俺は冷や汗をかいた。だが、と、思い直す。俺は先に、聞きたいことがある。俺の中でSEXをするというのは、キス以上に、恋人同士でなければ、相思相愛でなければ、してはならないことだ。


「なぁ……周藤」

「なんでございますか?」

「お前は、俺の事を一体どう思っているんだ?」


 ただの〝食事〟……そう返答される可能性が、頭にちらつく。なにせ俺は、〝ケーキ〟らしいのだから。


「愛しておりますよ」

「!」

「ご理解頂けてなかった? 毎日私としては、喫煙ルームでアプローチをしていたつもりでございますし、とっくに私の好意はご存じだとばかり……えっ、お分かり頂けてなかったのですか?」


 周藤が驚愕したように目を丸くしている。俺は、『愛』という言葉が嬉しくて、思わず両頬を持ち上げる。


「昨日、知った」

「な、なるほど。それはよかった。ほっと致しました。逆に、砂沼さんこそ、私のことをどう思っておられるので? 私が〝フォーク〟であるから、善意で『食事』を提供して下さったとは、私は思っておりませんが? 見ていれば分かります。砂沼さんは、私のことがお好きですよね?」

「……ああ。好きだよ」


 俺が頷くと、周藤が満面の笑みを浮かべた。俺達はお互い笑顔で視線を合わせる。

 すると周藤が立ち上がり、立っていた俺を正面から抱きしめた。

 強い腕の力と体温にドキドキしながら、俺もおずおずと、周藤の背に腕を回し返してみる。


「私の恋人になって下さいますよね?」


 耳元で囁かれ、俺は頷く。


「ああ」

「嬉しくてたまりません。愛しておりますよ」

「俺も……お前を愛してる」


 それから俺達は、唇を重ねた。触れるだけのキスだった。


「朝食にしましょうか?」

「その前に煙草が吸いたい。でも灰皿が……」

「ああ、いつか貴方をここに招いた時に使って頂こうと思いまして、この家にもございますよ。私は吸いませんが、砂沼さんはご自由に」

「! あ、ありがとう」

「では、私は朝食の準備をしてまいりますね」


 そう述べると、周藤はチェストの上の灰皿を指で示してから、アイランドキッチンへと向かっていった。俺は灰皿を持ち、それをリビングのテーブルの上に置く。そしてソファに座り、自分の鞄から取り出したボックスから、一本抜き取り口に銜えた。


 煙草を吸い込む内に、だんだん冷静になってきて、俺は嬉しさがこみ上げてくるのを自覚した。灰皿を用意してくれていた気遣いも嬉しい。俺の事を、本当に想ってくれていたように感じる。


 俺が煙草を二本吸い終わった時、周藤が皿を二つ持って戻ってきた。

 美味しそうなクロックムッシュとレタスのサラダが、それぞれの皿の上に載っている。


「お前、料理ができるんだな」

「味は分かりませんので保証はできかねますが、レシピ通りに作っておりますよ」

「そうか。いただきます」


 こうして俺達は朝食とした。食べながら、俺は問いかける。


「味がしないのに食事を摂るのは、やっぱりカロリー補給のためか?」

「ええ、そうです。〝フォーク〟は味覚障害のせいで痩せてしまいがちなので、私はきちんと食べるようにしているのですよ。きちんと体を維持するためにでございます」

「なるほどなぁ。俺は知らないことだらけだ」

「それは、私のことをもっと知りたいと思って下さっているという理解で宜しいでしょうか?」

「ま、まぁな」

「嬉しいです。いくらでも、教えて差し上げますよ」


 そう言って微笑んだ周藤の顔が、あんまりにも綺麗に見えたから、俺の胸がトクンと疼いた。口にしているクロックムッシュは本当に美味で、カフェで出てきてもおかしくない代物である。凄いなと純粋に俺は感心した。


 食後は再び寝室へと移動した。

 恋人同士になったこの日、俺達は朝から交わっていたのだが、俺は夜まで抱き潰されていた。


 解放されたのは、一番星が輝く頃で、俺はもうぐったりとシーツに沈むことしかできず、水の入ったペットボトルすら重く感じて、一人では飲めなかった。


 そんな俺に優しい笑顔で水を飲ませてくれた周藤を、俺は見た。


「……激しすぎる」

「愛の重さでございますよ」


 そう言われてしまうと、やっぱり嬉しいから、俺は返す言葉が見つからない。


 こうして俺の、大切に大切に味わい尽くされる日々が幕を開けた。


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