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神は去り、機構は残る。僕とわたしたちは旅に出る。

作者: 舘向井雛壇

 序文(はじまりとして)、世界から神が去った。

 神は世界を創りたもうた存在。大いなる造物主である。鋳造された物/者/モノに意義はあったりなかったり。気まぐれで作られたゆえに秩序と混沌が混在する無限の可能性を秘めてしまった世界。そんな中で被造物たちは己の生の感謝を神に捧げ、大いなる世界の一員として世界の運営に精を出していた。


 被造物たちにとって、神とは絶対的存在だった。被造物(道具)(使い手)が居るからこそその存在価値を実感するのだ。

 だから、それが消えればどうなるか。明白、自己規定(アイデンティティ)の喪失だ。使われることのない道具は物言わず朽ちていくしかない。だがそれを良しとせず、変異するものが現れた。異品と呼ばれることとなる彼/彼女らは、神の世界を蹂躙/開拓していった。

 正品と呼ばれる者たちはそれに抗い、神が帰還するまで世界を維持しようと考え、異品を排除するために団結し、立ち上がった。異品たちもまた自分たちに向けられる害意に気付き、対抗するために団結していった。

 これらの対立は長年続いた。そうして続いていく戦乱、幾度かの休止を挟んで繰り返される闘争に被造物たちは疲れ果てていった。

 ある時、誰かが言った。


「これもまた神の啓示であり、この闘争もその一環ではないか?」


 それを否定出来る者は誰も居なかった。神は居ない。だが超越者であるかの存在ならば自分たちの目の届かない場所に居ながら、こちらを覗き見ることなど容易いと誰の目にも明らかなことだったからだ。


「では我らがこの世界を巡らせるのが務めなのか?」

「だがそれは神の御業によるもの。我らの手に余るのではないか」

「神ならずの身であれ、力を合わせればほんの半歩程度でもかの御業に近づけるのでは?」

「不敬な! ……しかし、今はそれをおいて手はなし」


 かくして、正品と異品の闘争は終わりを迎えた。神の意志と言う確証はない。だが疲れはあった。先を見通せぬ不安があった。……見通せる、破滅があった。

 その時に闘争をやめる理由など、それだけでよかった。/地に落とした武器の傍らに晒される骸から目を背けた。

 世界を巡らせるという行為はひどく困難だった。世界を見通せぬ身にて、遠い場所の情勢を知ろうにも時間がかかる。ならば人の手で神の啓示に近い機構は作れぬかと模索した。

 結果、目に見えぬ波を見つけ出し遠くのモノに意思を伝えることが出来た。/悪辣なるモノの意思も伝わった。

 遠くに意思が伝わることで、世界は近く、狭い物へと変わる。世界中の意思統一が迅速になり、世界中の知恵が集まり世界は発展していく。/そこから取りこぼされ、堕ちていくモノもある。

 神ならずとも、世界はよい方向に向けて着実に歩を進めていた。/取りこぼしたものから、目を背けながら。


 それが起きたのは突然だった。

 世界の最北、そこに突然邪悪なる気配が出現した。前兆なく脈絡なく、気が付けば最初からそこにあったとでも言うように。/ただ目を背けていただけだというのに。

 かの邪悪な気配を調べた者は口をそろえて言った。あれは城だと。魔なる者が作り上げた城塞であると。なればそこに座するは魔なる者たちの王、魔王であると。おとぎ話の中から出てきたようなその単語はすぐに世界に広まった。

 最初は馬鹿馬鹿しいと一笑に付した者たちも、這い出てきた悪性の魔物たちにその笑みを消す。怒り、憎しみ、怨み。あらゆる負の感情が血肉を得て襲い掛かってくるかのような情景が世界各地で見られるようになったからだ。城の近くにある生存圏はすぐに姿を消した。


「これも神の啓示か? いや、試練と呼ぶべきものか?」


 そんな疑問が世界中で口を突いて出ていた。だがそんな問答をしている余裕はない。世界は、それにたいする抵抗をしなくてはならなかった。/もう、目を背けることはできなかった。

 それが神が去った世界で積み重ねられた怨讐の結晶体であることはすぐに知れ渡った。自己規定を失って狂った世界への怨みと、狂ったことへの情けからくる介錯。それが魔王の目的だった。世界はとうに秩序を取り戻してはいるけれど、二度同じことが繰り返される可能性は否定しきれない。ゆえに二度は無いと、魔王は世界へ断罪と介錯の鎌を振り下ろすと断じたのだ。


「けれど、かの王は今の世界を見たことがあるのだろうか」


 そう呟いた少年が居た。

 少年は狂った時代の後に生まれた子供だった。秩序と安寧を持って、隣人を慈しむことが出来るやさしい少年だった。同時に、自分にも帰ってくる言葉だということも察せられる聡い子でもあった。

 少年は書物を手に取り学んだ。かつての歴史、積み重なった骸の行方を。

 少年は剣を手に取り、武技を修めた。魔王に問いに行くために。過ちからであってもなお培えるものを。

 周囲は少年の疑問に丁寧に答えた。かつての闘争を知る者は、散っていった戦友の記憶を。歴史を編纂したものは取りこぼして記述されていなかった歴史を。武具を創る者はそこに込めた意思を。神の従僕はかつての神が下した啓示によって構築されていた世界を。

 あらゆる技と知識を教え込まれた少年は、供を伴わず北上し魔城を目指した。道すがら困っている人を助けながら。報われぬ意思に鎮魂を願いながら。人一人分なれど確かに救いを積み重ねながら世界の極北を目指し続けていた。

 魔王はそれを阻む軍勢を差し向けながらも、同時にその少年の旅路から目を離せないでいた。少年は着実に極北への道を踏み越えていく。戦う相手を思い、過去に触れ、清算と赦しと贖罪と。若い少年が背負うにはあまりにも大きすぎる重荷に、少年は疲弊していく。だが少年は折れない。ただただ極北を目指し続ける。

 なぜ。魔王の口から零れ落ちる。都合のいい面ばかりを見てきた人類に、代償を見過ごしてきた人類に、まだ希望を持つというのか。この少年は、そんな希望をどこから見つけてきたのだろうか。


「何故」


 ふと零れ落ちた言の葉があった。本来なら零れ落ちないような些細な感情に起因する言葉。

 何故、何故、何故。幾多の疑問が脳裏を駆け巡る。魔王として立った以上、対抗して立ち上がってくる勇者の存在は必然と考えていた。だがそれは世界の真実を知って、どこかに引け目を感じている"大人"の勇者と思っていた。だが来たのは子供。しかも世界の真実を知ってなお、折れない子供だった。

 大人は何をやっているのか。負債を知らぬ子供に背負わせたか。そう憤慨したのは最初だけ。

 少年は全ては知らずとも、知って、知った上でなお自らに向けて歩き続けている。勇者にふさわしい、聡く強い子供であることは遠めに見ても知っていた。だが彼にあるのはそれだけではないと自然と思うようになった。


「――――――」


 知らねばならぬか、新しい世代を。

 世界の陰惨さを焼き付けたまま閉じてしまった眼を開くべきか。怨嗟の声を聞いて塞いでしまった耳を開くべきか。


「――――――否」


 すべては始まった。始めてしまった。すでに世界には新しい犠牲者が出ている。怨讐は積み重なり、世界を飲み込むために走り始めた。

 火ぶたを切ったのは自分だ。走り出したのは自分だ。ならば、最後の最後まで責務を果たさなければ嘘であろう。この責務を誰にも渡さず、自分の代で終わらせねばならぬ。


「全軍に通達。勇者を全霊をもって打倒せよ」


 興味は尽きずとも、己の果てを、本懐を遂げるまでは立ち止まるわけにはいかぬと危険因子の排除を命じる。

 多勢に無勢。その命令はたやすく遂行されるだろうと踏んで魔王は玉座に座りなおし、目を閉じる。いずれ果たされるであろう人の滅亡をこそ次に目に焼き付けようと考えて。


 だがその目論見は果たされない。

 目を離している間に、勇者の旅路には同行者が増えていた。救世の使命を受けた当代の聖女、神の遺構を研究する才人、当代最強を謡われる騎士、裏社会最大勢力の次期頭目と目される暗殺者。清濁併せる一団は魔王の配下を取りこぼすことなく、報いて終わらせた。


「見事」


 目を開き、称賛の言葉を贈る。気が付けば、魔王の喉元にまで勇者たちは到達していた。

 玉座から立ち上がり、歓待の言葉を述べる。配下たちはよく足止めをしてくれた。傍付きに下がるように指示を出しながら立ち上がる。


「ここまで来た其方を、もはやただの路傍の小石とは申すまい。よくぞ参った、勇者よ。――――――我こそ、邪悪なりし魔王なり」

「いいえ。悪なるは我ら、いや、これまでの歴史(・・)です。ここまでの旅で、それを思い知りました」


 少年の口ぶりは重い。

 世界の知恵を、武技を学び、その歴史をその身に注ぎ込んできた勇者。であればこそ、その路傍にある打ち捨てられた犠牲こそが目の前の魔王の源流であるということは否応なく理解できてしまっていた。人類が強いた負債の清算、それを行うために少年はここに来たのだ。


「けれど、その歴史(・・)を忌まわしいと切り捨てるのも、また違うと思うのです」

「自らの悪性を知りながら、それを捨てぬと?」

「悪を抱き罪を犯したのなら、善性を持って罰を享受しなければつり合いは取れません。ではどこまでを、いつまでを罰とするのか。僕にはそれを決定する権利はありません。だから、罪の応報たるあなたと向き合う事こそが僕の務めと思っています」

「……理屈は理解しよう。しかし、罪を犯したのは貴様らの先人。なれば清算を行うべきは貴様らの先人が積み上げた遺産であり、貴様ではない。ゆえに私は世界を滅する」


 魔王が伸ばした手の上に炎が灯る。積み上げられた怒りと憎悪の放つ、怨嗟の炎。対象たる人類がその炎に一撫でされればたちまち朽ちるという理外の炎。

 それを一挙に巨大な火球へと転じさせながら魔王は言葉を紡ぐ。


「ゆえに世界の辿ってきた道を知り、裁きを望むものよ。贖罪も悲嘆もいらぬ、ただ滅びるがいいッ!!」

「いえ、いいえ、それではならぬのです。魔なる者たちの王よ」


 凛とした声が響く。振り下ろした手から放たれた火球は、勇者たちの一党の前に築かれた法術の陣とぶつかり合いせめぎあう。

 その法術の前に立ち、勇者に代わる回答を示す聖女が声を上げる。


「ただ滅びる、それでは世界が滅されてもなおあなた達の慚愧は世界に揺蕩うことになるでしょう。それは赦しの機会を逸した永遠の責め苦となりあなた達を蝕んでしまう。ゆえに我らはあなた達の前に立つのです」

「貴様らを滅ぼせるのなら、その後のことなどどうだってよい! その程度の責め苦、平らげてくれるわ!!」

「……それは強者の理屈であり、敗北者の結実たる貴女には耐えれるとも、貴女の同胞はそうではないでしょう」

「そして、それは歴史の正道に居た俺らの先人と何ら変わらねえんじゃねえかねぇ」


 腕に鋼糸が巻き付き、バチンと音を立てて雷光が肉を焼く。才人と暗殺者は戦闘が始まってすぐにこちらの攻撃が即死級であることに気付き、技を防ぎきるのではなく、中断させる動きを始めていたのだ。

 王権の象徴であり自らの愛剣でもある大振りの宝剣を振るい鋼糸を切り裂きながら踏み込む。聖女の法術はまだ解けていない。聖女は動くことが出来ず、法術を打ち砕き斬ることが出来る。


「守りし者であれば、王であれば、自らの後進を行く者たちを見捨ててはなりません。王であれば、たとえ建前であっても自らの臣民全てを守ることこそが理想ですから」

「それをしなかった貴様らが言うかッ!!」

「そのとおりだ、だから今度は取りこぼしたものから目を背けずに向かい合うために、貴女に合いに来たんだ」


 騎士が防ぎ、はじき返した自らの隙に、勇者は迷いなく打ち込んできた。

 2度、3度、4度、5度、交じり合う剣戟と、差し込まれる暗器と魔術、傷つけば法術が癒し、反撃は騎士が守る。彼我の力の差は大きい。しかし勇者は自らに無い物を仲間に頼り、しかし一番危険な先陣を自らが走る。


「救われる必要などないと言った! この慚愧はこの世の全てを平らげねば納まらぬと! 人が見た夢が、業を生み、やがて(わたし)となった! 私は貴様らの結果だ!」

「いいえ。僕たちはまだ、道半ばです。だから貴女は結果ではない。この世に神は居ない、世界の主権を我らに託し、退去された。僕はそれを、きっと人に託された課題だと思っている」


 魔王側の攻撃は全て即死級。一撃でもまともに受ければそこから瓦解する。それを悟っているのか勇者たちの攻勢は止まらない。剣と魔術で攻勢を防ぎながら、魔王は勇者の言葉に耳を傾ける。


「神が不在となり、世界の秩序は不完全な僕たちの手にあった。だが不完全ゆえに完全無欠の公平と秩序など達することは出来ず、罪と罰が生まれた」

「そうだ、そして(わたし)は貴様らを滅すると決めた! それが結果だ!」

「いいえ、罪と罰は言い換えれば法と秩序。そして法と秩序は人が生み出したもの。ゆえに不完全なもの。完全な物こそが結末であり、ゆえに貴女は結果ではないのです」


 聖女がそう言うと、その手の中に納まる錫杖で床を突く。何か来る、そう判断して聖女を警戒するが、すぐに彼女が何もしていないことに気が付く。そして視界の端で、才人が魔術を発動しようとしていることに気が付く。だが聖女に気を取られたことでその妨害を行う時間は失われた。

 才人が秘かに組み立てていた魔術が起動する。地面におおきな罅が入り、床が抜ける。体に襲い掛かる浮遊感。咄嗟に浮遊魔術を使い、落下から免れようとする。


「ほいっと」


 落ちていく瓦礫の向こう側から声がする。何かを投げつけられたことは分かったが、すぐに視界は閃光で埋め尽くされた。咄嗟に目を閉じたが、瞼を貫通して光が目に突き刺さる。


「だから、貴女もここで終わらせません」


 莫大な魔力の迸りを肌で感じ取る。落下していく自らの体を奮い立たせ、慚愧の炎を燃え上がらせる。宝剣に体内の魔力をつぎ込んで振りかぶる。


「っだああああああああああ!」

「っやああああああああああ!」


 目の見えぬまま振るった刃。だがそれは間違いなく勇者の剣と衝突して強烈な衝撃を体に流し込まれる。

 負けられない。正道の連中になど負けてたまるものか。打ち捨てられた、置いて行かれた者たちの妄執がこの程度で終わることなど出来るはずが――――――。


『きっと正も負も無いんです』

『間が悪かった、運が悪かった、運が良かった、間が良かった。何かいいことか悪いことが起きる理由なんてきっとそんなもんなんだと思います。そこに人の想いが絡んでいろんな方向に持っていく』

『だけど、しょうがなかったなんて理由で置いて行かれた人を放っておきたくないなって。転んで泣いている人が居たら、立つ手伝いをしたいなって』

『だから……僕は旅に出たんです。きっと最果てのあのお城で泣いている子が居るんだなって思ったから』


 体が地面に叩きつけられる。

 ぶつかりあった衝撃で意識が飛んでいたらしい。全身の魔力を使い切ったせいか、倦怠感に襲われている。


「君は、わたしに会いに来たのか?」

「……うん。宣戦布告のあの日、君の言葉は正しい側面はあったけど、今の世界を全部表してるわけじゃなかった。だからきっと辛い気持ちを抱え込んだまま座り込んで、今の世界を見ていないんだろうなあって。じゃあ、知ってもらうために引っ張り出そうって思って」

「ハ、慚愧の魔王を引きこもり扱いか。図々しい勇者だ」

「じゃないと教えてもらえないことが多々ありましたから」


 旅するのって結構大変だったんですよと勇者は笑う。焼かれていた目に視力が戻ってくる。

 夜闇に降り注ぐ月光、肩口に切りそろえられた薄墨の髪、澄んだ夏の湖を思わせる青い瞳。ここまでの長い戦いを思わせる疲労をにじませながらこちらを覗き込む彼に。ひどく、安心してしまった。生まれてからずっと背負ってきた荷物を支えてもらったような気分だった。

 自分が体験したわけではない悲劇を、自分の事の余蘊感じて、実感のない悪感情に苛まれて、自分と言うものが分からなかった。それは大荷物を抱えたままふらふら歩いているようなもので、いつ倒れてしまうのか自分でも不安だった。それを吐き出しきった今、自分は。


「……うん。疲れた。疲れたから、好きにしろ。世界を見せたいのなら連れていけ」

「わがままな王様だなぁ」

「魔王だからな。あと、お前が言い出したことだろう」


 笑う。ああ、生まれて初めてした表情で頬が痛い。

 きっと色々なことを目にするだろう、その中で自分の罪と向き合うこともあるかもしれない。だけれども、それすらも楽しみにしている自分が居る。旅の終わりは今は分からないけれど。


「初めての経験というのはこんなにも、楽しみな物なんだな」


 こうして(勇者)わたし(魔王)と仲間たちは、旅に出る。いい方にも悪い方にもぐらぐら揺れる未知だらけの世界へ。

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