では、なぜ貴方も生きているのですか?
※ダークです。
父から呼び出された。
ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。
そんな風に憎まれ、疎まれてはいるものの、わたしへ最低限の衣食住を用意してくれ、学校へも通わせてくれた相手でもある。
侯爵様の部屋のドアをノックして入ると、
「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」
単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。
「以上だ。貴様と同じ空間にいるだけで不快だ。とっとと下がれ」
至極不快そうに顔を歪める侯爵様。
「そうですか。しかし、婚約はお断り致します」
「っ!? 貴様、なにを言ってるっ!?」
「ですから、婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」
「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」
「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」
「……っ!! そ、それ、は……」
「ええ。本当に有難いと思っております。ご自分の子供ではない上、母の命を奪って生まれて来たわたしを、ここまで衣食住に不足することなく育てて頂いたこと。感謝致します」
「っ!? な、なにを言ってるんだお前はっ!? お前が、俺の子じゃないと言うのかっ!?」
と、なぜかショックを受けたような顔でわたしを見詰める侯爵様。
「ええ。常々仰っていたではありませんか。『貴様など、わたしの子ではない』と。それなのに、母から生まれたというだけで、ここまで養育して頂いたこと、感謝しております。つきましては、これから先。一切侯爵家にご迷惑をお掛けせず、教会で倹しく暮らして行く所存です。今までお世話になりました」
「そ、それは……」
「病弱だったのに、どこの誰とも判らぬ子を身籠った母と結婚してくださり、わたしまで育てて頂いた侯爵様には感謝しております。では、お元気で」
「ち、違うっ!? 待てっ!? お、お前は俺の子だろっ!? そうな筈だっ!? 彼女が、俺以外と関係を持っていたと言うのかっ!?」
なぜか酷く狼狽え、縋るような視線が向けられた。
「? わたしは確かに、母から生まれた母の子ですが。わたしに父はおりません。戸籍上の父は侯爵様となっていますが、それは母と婚姻しているときに、わたしが生まれたからです。わたしが生まれる前の、母の交友関係などは知りませんので。わたしの生物学上の父が知りたいのであれば、当時の母の交友関係、行動をご自分でお調べになっては如何でしょうか?」
「お前はっ、俺に彼女のことを疑えと言うのかっ!? 彼女を侮辱するなっ!!」
なにを言っているのか、わからないですね。
「常々、『お前は自分の子じゃない』と仰っていたのは侯爵様ですよね? 母が……『彼女が生んだ子だから仕方なく面倒を見てやっている』、と。なので、わたしはその言葉通り、侯爵様のことを実の父親だと思ったことはありません」
「っ!? な、なに、を……」
さっきまで激昂して赤くなっていた侯爵様の顔面が、蒼白へと変わりました。
「? 母を貶めるつもりはありませんが。どこの誰の子を孕んだか判らない母を娶り、母が死んだ後は血の繋がりの無いわたしをここまで育てて頂いたことに感謝しております。ですが、このまま貴方と血の繋がらないわたしがこの家を継いでは、家の乗っ取りになってしまいます。故に、わたしはこの家を出ようと思います」
「ほ、本気で言ってるのか?」
「はい。今まで、長いことお世話になりました。これまでの養育費は、働いてお返ししたいと思っています」
「っ!? そんなことを言ってるんじゃないっ!? ち、違うん、だ……お、お前は、俺の子だ。彼女が生んだ、俺、の……」
「? 今更、わたしへ気を遣ってくださらなくて結構ですよ。わたしとしても、この家にいるのは心苦しいので。つきましては、遠縁だとしても、ちゃんとこの家の血を引く方を正式な跡取りとして養子にしてください。もしくは……母のことをそれだけ慈しんでくださっている侯爵様には酷かもしれませんが。後妻を娶り、新しく後継者を設けた方が……貴族として家を繋ぐのであれば、その方が宜しいかと思われます」
「なにを言ってるんだっ!? お前は、俺の……子だと、言って」
「いえ、幼い頃より侯爵様の子ではない、母の命を奪った憎い奴だと散々言い聞かされて育ちましたので。そのような勘違いは一切しておりません」
幼い頃には温かい家庭というものに憧れたこともあるが……わたしは、侯爵様に疎まれている同居人でしかない。そんなことは、物心付く頃から理解っている。
「ち、違うんだっ!?」
「大丈夫ですよ。わたしは母のおまけだと、ちゃんと理解しています。これ以上、侯爵様の慈悲に縋るワケにはいきません。既に、侯爵家から籍を抜く手続きを貴族院に申請して受理して頂きました」
「なにを言ってるっ!? そんな手続きが簡単にできる筈ないだろっ!?」
「いえ、わたしは先日成人しましたし。我が家の事情……わたしが母の命を奪って誕生し、侯爵様に疎まれている故、神門に入りたいのですとお話ししたら、直ぐに手続きを済ませてくださいました。なので、わたしの籍は既に無く、婚約はできません」
「なぜそんな勝手をしたっ!!」
「申し訳ございません。侯爵家の醜聞を広めるつもりはなく、事情をお話した方にも確りと口止めをしていますし。わたし自身が、強硬に神門へ入りたいと家を飛び出した、と。周囲にはそう話しております」
「ち、違うんだっ!! 違う、違う……お前は、正真正銘俺の子なんだ! 彼女が、死んでしまったことが認められなくて、お前につらく当たってしまっただけなんだっ!! 頼む、俺を捨てないでくれっ!?」
取り乱した侯爵様が、思い詰めたように、縋るように言いました。
「彼女が死んでしまったというのに、お前までわたしを見捨てるというのかっ!?」
「? ……ああ、わたしの顔が母と似ているからですか? 母と似た顔を見るのはつらい、けれど母と似た顔が見られなくなるのは、もっとつらいと言ったところでしょうか?」
「違う! そうじゃない、そうじゃないんだっ!?」
「わたしの顔などより、母の肖像画を見ている方がいいですよ」
「そうじゃないっ!! お前は、本当に俺の子なんだっ!! 頼む、俺を捨てないでくれっ!!」
なんだか、よくわからないことを言っていますねぇ……?
「病弱だった彼女に子供ができて、喜ぶ彼女を尻目に、俺は怖かったんだ」
なぜか侯爵様が自分語りを始めてしまいました。
「彼女は、俺以外の男とは接触していない。だから、お前は本当に俺の子なんだ!」
まあ、だから? という感じです。なんなんですかね?
「お前が腹の中で育つにつれ、彼女は窶れて行って……だから、俺はそのときからお前のことが憎くて……更には、お前が生まれて、彼女は産褥から回復することなく亡くなってしまったから……だから、俺は、お前に、全ての憎しみをぶつけてしまったんだ。悪かった、だから、頼むから俺を見捨てないでくれっ!!」
「・・・『彼女の命を奪ったお前が、なぜ生きているんだ』と、侯爵様は事ある毎にわたしに言いましたよね?」
「そ、それはっ・・・」
「知ってます? 病弱だったり、身体が弱い方は、閨事でも寿命が削られて行くということを」
「っ!!」
「妊娠出産が女性の身体に負担を掛けることはよく知られています。健康な女性でもそうなのですから、身体が弱い女性なら殊更でしょう。それを踏まえた上で、侯爵様とわたし、どちらがどれ程に母の寿命を奪ったのでしょうね?」
「そ、それ、は……っ!?」
「母のことがそれ程大事だったのなら、なぜ母の寿命より、ご自分の性欲発散を優先させたのですか? わたしを生まなければ母はもっと長く生きられたかもしれません。母の命を、寿命を奪ったわたしには、『なぜ生きているんだ?』とよく言っていましたが・・・では、なぜ貴方も生きているのですか? わたしと同じように。いえ、母を妊娠させ、更に母の寿命を削った貴方が」
わたしのことが赦せないのであれば、同じように。その原因を作った自分が赦せない筈では?
そう思いながら見詰めていると、
「・・・すまな、かった」
侯爵様が涙を流しながら静かにそう言いました。母への謝罪でしょうか?
「では、失礼します」
そう言って、わたしは家を出た。
神学校へ入って暫くして、侯爵様が自殺したという話を聞いた。
侯爵家は親類の誰かが継ぐか、王家が管理することになるだろう。
もう、わたしには関係無い話だ。
さて、母は侯爵様と会ったらなにを言うのでしょうか?
少々、そんな意地の悪い思考をしてしまいましたが・・・
わたしは、静かに祈りを捧げることにします。
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
産褥で母親が亡くなり、生まれた子供を憎む父親という設定は、物語的にはよくあると思うのですが……悪いのって、子供じゃないよね? と思ったので、こんな話になりました。
子供的には、父親を追い詰めるつもりはなく、自分が言われ続けた言葉を返しただけ。『なんでそんな自分が生きているのか?』という、答えの出なかった自問を、父親にも聞いてみた感じ。
この話は読む人によっては、ブラックでシュールなコメディにも読めるようです。
これ、メリバじゃなくてバッドエンドじゃね? という意見については、書いてる奴的なバッドエンドだと……
「では、一緒に地獄で母に詫びましょう」とか言って父親惨殺して後、主人公も自殺しての無理心中。
そうじゃなかったら、
「わかりました。では、母に詫びて来ますね?」とか笑顔で言って父親の前で首掻っ切って自殺。そして父親も後追い自殺……という感じでしょうか。
救いが無いですね。
なので、主人公が出家して満足してるので、書いてる奴的にはメリバかなぁ……と。
ちなみに、作品内では明記していませんが、この主人公は母親似の男の子です。
そして、主人公の親友が怒ってる話。
【『母の命を奪った罪人である自分は、誰にも愛されない』だと? そんなワケあるかボケっ!!】投稿しました。上の、シリアスっぽい短編のリンクから飛べると思います。
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