ハリネズミのワルツ
2024/02/08 【結末2】を追加。
ハリネズミの体は針だらけだ。しかしハリネズミもまた、体温を一定に維持する恒常性を持った恒温動物である。故に寒くなれば、近くにある温かい何かのそばに居なくては凍えてしまう。愛情というのは、寒い日に感じる他者の体温の別名である。と単純化して考える事も出来る。
一匹のハリネズミは切実に愛情を欲していた。手近なのは仲間だが、同族もまた針が生えている。酷く寒い風がハリネズミの集落を襲った日、無理に身を寄せ合ってお互いに傷つけ合った記憶がある。傷の痛みは、得られる熱を帳消しにして負債に感じさせてしまう事を、寒い夜のハリネズミは知った。
それで次の寒波の日には、針のないネズミと寄り添おうとした。そのネズミには針の代わりに柔らかくて曲がる、毛が生えていた。寒い日の毛というものの有用性は堪えられないものがある。反面、自分を覆う針の無能さも身に染みた。
日が暮れていよいよ寒さが窮まって来て体を寄せ合わずには居られなくなってきた時、相手のネズミは、自分がハリネズミと寄り添っても何も良い事がないばかりか、かえって痛みに喘ぐ事になるのだという事実に気付いた。そしてネズミはハリネズミから離れて行く。追おうとしたけれど、ハリネズミはネズミ程足が早くはないのだった。そして、寒さの中で独り丸まりながら、相手にも良い事が無ければ、誰も自分と一緒に居てはくれないのだ、という世の冷酷な習いを知った。しかしそれを知らない為には、自分が他者に冷酷なままでいるしかない、という事も悟った。
幸せという言葉は、たぶん永続きする愛情を得る、という事とそう遠くない所にある。そしてハリネズミは、自分がどうして幸せになれないのだろうかと、長らく考えた。
そして、その問題に彼なりに答えを見出した。自分には要りもしない針が生えている。もしかすると、この世界の何処かには僕と逆で、体が穴だらけのネズミというのも居るんじゃないだろうか?その穴には僕の針一本一本が綺麗に収まる事が出来て、僕はその子と身を寄せ合う時、初めて誰かの温かみを知る事が出来るんだ。この世界の何処かに、そんな誰かが…。
【結末1】
そしてハリネズミは探した。自分の連れ合いになってくれる誰かを一生懸命探した。けれどその途中で、一際酷い寒波が襲って、哀れ一匹のハリネズミは凍え死んでしまった。
その頃の動物はみんな、死ぬと神様に謁見する事が許されていたのだった。そして神様と自由に議論する事が出来た。死んだ一匹のハリネズミは、神様に自分の生前の疑問をぶつけた。
「どこかに僕の針とぴったり合う穴を持った生き物は居なかったんですか?」
「そんなやつはいないよ」と神様。
「じゃあどうして僕にこんなに針をつけたの?お蔭で誰とも一緒にいる事も出来ず、寒くて死んでしまうだけの一生だった。何の為に僕を作ったの?」とハリネズミ。
「ああ、今思い付いた事なんだけどさ、穴だらけな生き物はいなかったけど、私の設計した世界自体は穴だらけだったのかもなぁ。その点に気付いてれば、針だらけの君は世界と温まり合えたかもなあ…なんつって」
「ふざけんな!」とハリネズミは神様の胸に飛び込み、したたか針を突き刺した。おかげで、神様の胸の内は穴だらけになって血が流れた。
その後しばらくしてから、神様は人間という生き物を作った。自分に似せて作ったものだから、初めから胸の内側に沢山の穴を開けて生まれてくる様になった。愛情や幸せは、勿論分からないままだ。
【結末2】
そしてハリネズミは見付けた。彼は世界中探し回って穴だらけの生き物を見付けたのだった。
そいつはコモリガエルという蛙で、背中に無数の穴が空いている。何だかひどく気持ちが悪い穴だった。しかし、コモリガエルの話を聞いてみるとその穴は、子供が出来た時には揺り籠の役目を果たした名残なのだという。
なんていい話なのだろうとハリネズミは思った。気持ちが悪いと思って普通なら避けてしまう所に、深い情の余地がある。こいつとなら、うまくやっていけるのではないか。温め合って暮らせるのではないか。
しかし冬が来るまで彼女はその姿のままではいなかった。脱皮して滑らかな皮膚に戻ってしまったのだ。「また誰かと子供を作ればいずれ穴だらけになりますよ」と彼女は言って去って行った。後には針のあるネズミが一匹。彼の皮膚はいつまでも滑らかにはならず、誰かが来るのをずっと待ってるだけ。
それに、もう脱皮前から薄々感づいてはいたのだが、彼女は冷血動物だった。体温を維持する必要を感じない生き物であり、寒くなるなら寒くなるで外気と共に体温があり、さっさと冬眠してしまう。自分の様に、いつまでも体の熱を維持したいなどという欲求すら持っていないのだった。
ハリネズミは一つ学び、また独りに戻った。




