真実
突然後ろから声が聞こえてきた。
おばあちゃんの声だった。
「赤鬼に食べられてしまうよ!」
「おばあちゃん?」
「自分の闇なんて聞いて何になるんだい!?不幸になるだけだろ!? その先には死ぬ事しか待ってないんだよ!!!」
「私をすんなり渡らせたくせに、自分の孫は可愛いみたいね」
友人が言った。
「私は、あんたを渡らせた事をずっとずっと後悔していた。
この帰り橋の向こうは、江戸時代から代々続く死刑場で、渡った者を必ず死に追いやると言われてるんだよ。
私達の先祖は代々この橋の番人をやってきた。 でも私の祖父や父が、この橋をもう誰にも渡らせない事を誓ったんだ。この橋を渡ったら二度と人生をやり直す事は出来ない。
幸せにはなれないからさ」
「じゃあ、なんで私を渡らせたのよ」
「あんたは自分の母親を殺したからだよ」
「え?あの話…ほんとに?」
私は驚いた。
「祖父や父の誓いの日から、もう何年もこの橋を渡った者はいなかった。 父が死ぬ前に私に『お前の代でこの橋を燃やしてくれ』と頼まれた。この村は人も少ないし、 特にこの場所はもう寂れてほとんど誰も来ない。 だから、私の息子や孫のあんたが夏休みに遊びに来るたびにずっとヒヤヒヤしていた。
間違って渡ってしまうんじゃないかと。
息子には小さい頃から、ずっと言い聞かせてた。
あの橋を渡ると赤鬼に食べられるんだと。
幸い息子は小さい頃、病気がちでよく入院してたから、この家にはほとんどいなかった。
中学は、県外の寮のある学校へ行ったしね。
私の代でこの橋の番人を終えられるなら、息子にこの橋の事を話す必要は無いと思った。
でも孫のあんたが産まれて小学生になった時、夏休みになると必ず私の家に泊まりにきた。私は、あんたなんかいなければとずっと思っていた。
そんな時、あんたが友人を連れて遊びに来た。なんでこんなに長い間家に帰らずうちに泊まって行くのかと不思議に思って話を聞いたら、自分を捨てた母親を殺したと言っ たんだ。私は半信半疑でその子の家に電話してみたら、その子の父親から別れた嫁が刺されて死んだと言っていた。
その子は、震えながら 『もう逃げ場がないんだ』と言った。 私はとっさに『ならあの帰り橋を渡りなさい』 と言った。 あそこを渡れば逃げ切れると 。でも今思うと、それは孫に帰り橋を渡らせたくない為の戒めだった。 さすがに友人が帰ってこなければ、孫も怖くなって絶対に渡らないだろうと思ったからだ。案の定、孫のあんたは帰り橋には全く近づかなくなった。 それでホッとした。 そして、帰り橋を焼く日がきた時、私は雷に打たれて死んだ。私はそれ以来ずっとこの 橋の袂に立って見守っていたんだ」
「おばあちゃん」
「私は、孫のあんたを生かしたい。 生きて、あんたの手でこの橋を焼いて欲しいんだ」
「私を身代わりに差し出したくせに、今更どの口が言ってるんだ。 私がこの橋を渡った瞬間、耳鳴りの様に響いた言葉が『実の母親殺し』だった。毎日毎日ずっとどこかから、この言葉が延々聞こえてきて、目の前が真っ暗になって、あげく頭がおかしくなって、最後に首を吊ったんだ!!!」
「ごめんよ。本当ならあんたを自首させて、人生をやり直させるべきだった。
どんなに苦しかったとしても、生きていればこそなんだよ。
人の命はそんなに簡単に捨てちゃいけなかった。
死んであの世に行ったら、自分が見た人間、 話した人間とも、もう二度と思いを伝え合う事も出来ない。 ぬくもりも感じられない。好きだった景色も一 緒に見られない。一緒に御飯も食べられない。
もう二度とそんな幸せを感じる事が出来 ないんだよ」
と、おばあちゃんが言った。