帰省
晩御飯を食べ終えた後、私は手紙を持って 10年ぶりにおばあちゃんの家に行った。
おばあちゃんは、今年の夏に亡くなったばかりなので、まだ家の中は綺麗だった。
いつもの玄関、いつもの台所、いつもの縁側、いつもの卓袱台、おばあちゃんとの思い出がいくつも蘇ってきた。
私は卓袱台の上に懐中電灯を置き、しばらく一人で座っていた。
「あの子は赤鬼に食べられたんだよ」
おばあちゃんの言葉を思い出した。
おばあちゃんもあの橋を渡ったんだろうか?
開いた縁側から、夏のなまぬるい風が頬をつたってくる。
私は懐中電灯を消し、暗闇の中、取りつかれた様に帰り橋の前まで行った。
帰り橋は10年前のまんま存在し、そこだけ時間が止まってるみたいだった。
恐る恐る橋に足を踏み入れる。
ギシギシと異様な音が立ってくる。
「何でおばあちゃんが、あんたの身代わりに私にこの橋を渡らせたと思う?」
真ん中まで踏み歩いた時、橋の向こうから声が聞こえてきた。
友人の声だった。
「 毎年毎年夏休みに、孫の面倒を見るのがうっとうしくて仕方なかったからよ」
「え?」
「『夏休みが来る度に、息子夫婦が孫の面倒を押しつけてくる』って10年前、この橋の前で愚痴ってた。『本当は孫なんか大嫌いなのに』って」
「な、に言ってるの? おばあちゃんはいつも優しかったし」
「ここで愚痴ってたからよ、あんたなんかいなくなればいいのにって何度も何度も叫んで
た」
私は言葉が出てこなかった。
「この帰り橋はね、 人の闇を映し出すの」
「人の闇?」
「自分が今までしてきた一番暗い闇の部分が、橋を渡り切った瞬間から聞こえてくるの」
私は長い間黙った。
しかし再び歩を前に進めた。
意味が分からないし、
とても怖くて怖くて仕方なくて、
絶望していたけど、
なぜだろう? なぜか闇を見てみたくなり、
引き返すという選択肢が浮かばなかった。
「いかん!!! 渡っちゃいかん!!!!」