冒険者ギルドのお役所仕事 〜冒険者試験〜
お久しぶりです。
もうお待ちいただいている方もいないかもしれませんが、第十二話です。
十一話の投稿が、2021年11月5日。
……半年、だと……。
でもT樫先生よりは早いから……(震え声)。
どうぞお楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
特に今日は活気があった。
「それでは冒険者資格受験生の皆さーん! 受験票を持ってこちらについてきてくださーい!」
ギルド職員コリグの声に、年齢、性別、様々な人達が移動を始める。
「こちらで受験票をご提示くださーい! 確認がありますのでゆっくりとお進みくださーい!」
もう一人のギルド職員ノビスが受験票を確認しながら、受験生を馬車へと案内していく。
全員が乗り込み、馬車が駆け出したのを見送って、コリグは大きく息を吐いた。
「ふぅ、今回は十人か。今年は結構多いな」
「は? 何言ってるんですかコリグさん。ウエストーンでは毎年百人とかざらですよ?」
「ひゃっ……!? そ、そんなに来るのか……!」
「冒険者は一攫千金が狙える仕事ですからね。まぁ危険もありますけど」
冒険者資格。
密猟や乱獲を防ぐために、冒険者は資格制になっている。
資格がなければ依頼が受けられず、依頼なき獲得物は没収。
ギルドの規約に反すれば内容に応じて資格停止または剥奪。
また実績に応じた階位が達しないと高難度の依頼は不可。
冒険者の安全を守りつつ秩序も守る仕組みである。
「それで今年の試験ですけど、『夢見草を十本採集』って簡単すぎませんか?」
ノビスの言葉は、ギルド職員職員としてはもっともなものだった。
夢見草は麻酔薬の材料となる植物で、高山ならほぼどこでも自生しているため、それほど珍しいものでもない。
野に潜む怪物の危険さえなければ、一般人でも達成は困難ではない。
しかしコリグはにやりと笑う。
「あのプリム先輩が試験内容を作っているんだぜ? 一筋縄でいく内容じゃないだろう」
「確かに……。では何か作戦があるんですか?」
「あ、そうか。ノビスは打ち合わせの間、窓口に出てくれてたから、細かい話してなかったな。悪い悪い」
謝罪のために真顔になったコリグだったが、すぐに先程の悪戯を楽しむ笑みに戻る。
「聞いて驚け。今回の試験官は……」
コリグの告げた名前は、
「……えぇー!?」
ちょっとやそっとでは驚かない覚悟をしていたノビスを叫ばせるのに十分だった。
受験生マスル・ヒアードは、不満を露わにして足元の石を蹴り飛ばした。
(ちくしょう、冒険者ってのは命懸けの仕事じゃなかったのかよ! 俺はこんなピクニックみたいな事をするために、冒険者を目指してる訳じゃねぇってのに……!)
マスルの不満は二つあった。
一つは試験が女子供にもできそうな『夢見草十本採集』である事。
怪物退治を主とする冒険者を目指すマスルには、屈辱とさえ感じられていた。
そしてもう一つが、
「はっはっは! マスル・ヒアード! 周りをよく観察しないと、夢見草を見落とすぞ! もっとも夢見草が生えているのはもう少し標高の高い所だがな! はっはっは!」
試験官としてついてきている第八階位冒険者ヘフティの存在だ。
第八階位と言えば、世界に百人といない高位冒険者。
憧れ、目標とし、いずれ肩を並べようと思っていた相手が、受験生の引率などというぬるい依頼をへらへらと受けているのが信じられなかった。
(あんたはもっとひりつく世界で、想像もできないような強力な怪物と戦い続けていると思ったのに……! 所詮はギルドの犬か! 幻滅したぜ!)
マスルがヘフティを無視して進もうとした時、
「止まれ!」
「!?」
凄まじい声に、マスルを始めとする受験生はびたりと動きを止めた。
「……まさかこんな所でお目にかかるとはな……」
「な、何ですか!?」
驚きと混乱で思わず敬語になるマスルに、ヘフティは余裕のない笑みを浮かべる。
「……雷角馬だ……」
「!? そ、そんなの、ど、どこに!?」
「肌に感じないか? あいつの身体がまとう雷を」
「!」
言われて自分の肌にピリピリした刺激を感じるマスル。
(ま、マジかよ……!)
雷角馬と言えば、雷をその身に受けて力に変える上位の怪物。
雷を自在に操る圧倒的な力と、その神々しいとさえ言える美しさに、『幻獣』の名を冠する存在。
怪物狩りを生業とする冒険者なら、一度は対峙したいと思う怪物、それが雷角馬だった。
(ふ、震えが止まらねぇ……! び、ビビってんのか!? それとも武者震いってやつか!?)
雷角馬の討伐には、第七階位の冒険者が複数必要となると言われる。
第八階位のヘフティとどちらが強いのか、上位の怪物も冒険者も知らないマスルには判断がつかない。
そのため自分の震えの理由さえわからないのであった。
「マスル・ヒアード」
「は、はい!」
「お前はどうする?」
「……!? ど、どうするって、何がですか!?」
「戦うか? 逃げるか?」
「……!」
マスルは確信した。
ヘフティは戦うつもりだと。
そして自分をその相棒に選んでくれたのだと。
「た、戦います!」
「そうか! では行け!」
「はい!」
高揚する気持ちそのままに、マスルは自身の武器である槌矛を構えて走り出した。
(俺の横には第八階位がいる! 怖いものなんて何も……、何も……? !?)
自分のものしか聞こえない足音で異変を察したマスルが振り返ると、そこには先程の位置に立ったままのヘフティの姿があった。
「おーい、よそ見をするなー。相手は雷を操るんだぞー? 予備動作を確認できなければかわせないだろう」
「な、何を言っぺぐ!?」
そこでマスルの視界は真っ白に染まった。
ギルドに戻った受験生達は、皆半死人のような顔をしていた。
無理もない。
まだ冒険者の資格もない一般人が、災害級の怪物と出会ったのだ。
生きて帰れただけでも幸運と言うべきだろう。
そんな受験生を前にして、
「では今回の試験の講評をさせていただきます」
ギルド職員プリムは、眼鏡を押し上げて一見場違いな話を始めた。
「今回皆さんは『夢見草を十本採集』という目標を達成する事ができませんでした」
「……!」
冷たい言葉に、死にかけていた受験生の目に炎がともる。
「何を言っているんだ! 雷角馬が出たんだぞ!」
「試験なんて言ってる場合か! こっちは生命からがら逃げてきたんだ!」
「あの状況で雷角馬を何とかして夢見草を取ってこいって言うの!? あんた鬼!?」
「こんな試験は無効だ! 再試験を要請する!」
受験生達は口々に不満を並べるが、プリムの表情には毛筋ほどの変化もない。
「では伺います。あなた方は冒険者となった後、そのような理屈が通じるとお思いですか?」
「……!」
穏やかな一言で、受験生達は水を打ったように静まり返った。
その静寂にプリムの落ち着いた声が響く。
「安全だと思っていた依頼で想定外の怪物が現れる事は珍しくありません。その際に適切な対応ができなければ、あなた方の命の保証は無いのです」
プリムの声の穏やかさとは裏腹の凄まじい重みに、誰もが目を伏せた。
「お、俺は勇敢に戦ったぞ! こいつらみたいな臆病者とは違う! 俺は冒険者の資格があるだろう!?」
ごくごく弱い雷で気絶させられたマスルが、唯一武器を持って戦いを挑んだという事実だけを頼りに、空元気を振りかざす。
「今回に関してはあなたの行動が一番不適切でした」
「なっ……!」
「十分な装備もなく、有効な武器も持たず、仲間との連携もない中で雷角馬に立ち向かうのは、積極的な自殺としか見られません」
「うぐ……」
「ヘフティさんが側にいる事で気が大きくなっていたのでしょうが、その力はヘフティさんのものであり、あなたが自由に振るえるものではありません」
「……」
自分の愚かしさを詳らかにされ、声も出せなくなるマスル。
全員がお通夜のような空気になったところで、プリムは封筒から小さな紙を取り出した。
「なっ……!」
「冒険者資格……!?」
「俺の分がある……!」
「わ、私のも……!?」
「どういう事だ!? 合格なのか!?」
「採集は失敗したのに……?」
どよめく受験生達。
しかしプリムが眼鏡を押し上げると、ぴたりとざわめきは収まった。
「今回の試験の目標として『夢見草十本の採集』をお伝えしていましたが、合格要件とは申し上げておりません。今回の試験の要点は別にあります」
「……」
「あなた方は今回の試験で冒険者という職業の恐ろしさを知りました」
「……」
「今から死に物狂いで身体を鍛えても、知識や経験を懸命に高めても、それが完成するまで理不尽な現実が待ってくれる保証はありません」
「……」
「この世の仕事は何も冒険者だけではありません。一生に関わる傷を負う前に、道を変えるというのもまた一つの選択肢です」
「……」
「それでもなおこの仕事を目指すのであれば、我々冒険者ギルドは歓迎いたします」
「!?」
「今回の経験を通して、自分が冒険者として生きていけるかどうか、合否を決めるのはあなた方一人一人です」
「……」
放心する受験生達の前で、プリムは全員分の冒険者資格を封筒に入れると、
「冒険者資格を希望される方は、三日以内にギルドの窓口までお越しください。なお業務内容や依頼の概要、ギルドからの補助や保険についてのご相談も承っております」
「……」
「それではこれで試験は終了です。お疲れ様でした」
一礼して部屋を去った。
「いやー! ライカさん! 今回はありがとう!」
『人間の営みに興味があったからな。礼には及ばない』
ヘフティが投げた、果実の中に静電気を溜め込む『蒼光の実』を口に入れると、雷角馬のライカは角を通じて返答する。
「これできっとまた良い後輩が育つ! プリムさんの試験は大したものだ!」
『ふむ、そうなのか。幾人かは心底怯えきった様子だったが、それでも冒険者になるのか?』
ライカの問いに、ヘフティは一点の曇りもなく笑った。
「はっはっは! 大丈夫だ! 辞める奴はきちんと気持ちを切り替えて辞められるし、冒険者の恐ろしさを知っても自分の意志を貫こうとする奴なら、大抵の事は乗り越えられる」
『それは何故だ?』
「自分で決めるからだ! 他人の基準で決められるのではなく、自分で続けるか辞めるかを真剣に考えて決める、そうすると人は選んだ道に誇りを持てるようになる!」
ヘフティの力強い言葉に、ライカは目を細める。
『ふむ、興味深い。機会があれば、その誇りを得た者達とも話をしてみたいものだ』
「そうだな! 今度連れて来る!」
『楽しみにしている』
ライカは上機嫌を表すように身体の周りに紫電を跳ねさせると、再び放られた『蒼光の実』を口の中で転がし、さも美味しそうに飲み込むのであった。
読了ありがとうございます。
久々すぎて、ノビスの口調がよくわからなくなりました。
ヘフティとライカはすぐ思い出せたのになぁ……。
人は悲しいくらい忘れていく生き物……。
ちなみにライカを住民に迎える前も、プリムはこういった形式の試験を行っていました。
希望する仕事の現実を体験させ、それでもなおその道を選ぶかを本人に決めさせる。
本来の試験ってこうあってほしいなという願望が溢れました。
また忘れないうちに投稿できたらと思いますので、よろしくお願いいたします。