掌編 殿下とエリィのティータイム。または、殿下による護衛へのざまぁ。
前半部分は、活動報告に乗せているSSをそのまま転載です。
後半部分は新たに追加しました。
異世界転生で一度はやってみたかったざまぁモノです(笑)。多分、『ざまぁ』ってこういうものじゃないとは理解しています(笑)。
エリィとお茶をする際、茶菓子は焼き菓子が多い。それは、私がそう注文を付けているからだ。
ケーキなどでもいいのだろうが、エリィが小さな手で菓子を掴み、それをちょこちょこと口に運んでいる姿が可愛いのだ。それが見たいが為、茶菓はクッキーなどを多く出させている。
今日は上に砕いたナッツが散らされたクッキーだ。エリィは凝った物より、こういった素朴な物の方が好きなようだ。
小さな手でしっかりとクッキーを持ち、ちょこちょこと口に運んでいる。可愛い。
そのエリィの手が、ふと止まった。
そして、自身の食べかけのクッキーをじっと見つめている。
クッキーに何か不備があっただろうか?
「エリィ? どうかした? クッキーに何かおかしなところでも?」
「あ、いいえ。そうではありません。とても美味しいです」
私の言葉を慌てたように否定すると、エリィはまたクッキーに視線を落とした。
「……クッキーというものは、奥深いものだな、と……」
奥深い……?
「この豊かなバターの風味。ナッツの香ばしさ。そして優しい甘み……。……そのどれもが、私の作るクッキーにはないものです」
ゴフッと、背後から咳き込むような音がする。
あちらに居るのは、ディオンか……。気持ちは分かるが、噴き出すのは堪えろ。
「口の中でホロっと解ける柔らかさ。これぞクッキーです」
「そうか……」
というか、普通はクッキーとはそういう食べ物の筈だ。
君が作り上げたアレが、真実『奇跡』なのだと思うよ……。言えないけれど。
「ですが、私のクッキーがこれに勝る点が、一つだけあります」
ある……だろうか……?
申し訳ないが、エリィのアレは『食べ物』に分類して良いのかすら不明だ。何しろ味がない。しかも歯が立たないくらいに硬い。
それがこの、王城の菓子職人の手によるクッキーより勝る点とは?
エリィは私を真っ直ぐに見ると、真剣な顔で言った。
「殺傷力です」
殺傷力!?
何を殺す気なんだ、エリィ!!
あと護衛たち! 一斉に咳をするな! 堪えろ!!
「このクッキーでは、曲者に投げつけたとしても、美味しくいただかれる以外の運命がありません」
それは、そうだろうな……。クッキーとは普通、『美味しい菓子』だからな。
それ以前に、曲者に出会ったら、クッキーを投げつける前に逃げて欲しいが……。
「ですが、私のクッキーは違います! アレらは立派な武器となりえます! 私のクッキーたちは、戦えるのです!」
ナニと!?
君は一体、何と戦う気なんだ!
「ある意味、私のクッキーはこのクッキーに勝った、と言えるのではないでしょうか」
……どうしよう。どうしても頷けない。
君を否定したくはないのだけれど、頷いてしまってはいけない気がする……。
視界の隅に、ディオンが速足で場を去る姿が見えた。
……いいな、お前たちは。交代要員が居て。
私にはそんなものは居ないのだぞ……。
戦うのであれば、せめて味など『食品として』の舞台で戦ってくれないだろうか……。
食品対武器とは、異種格闘にも程がある。
勝ち誇った笑みでクッキーを食べるエリィに、私は声を掛ける事が出来ないまま、とりあえず心を落ち着ける為に紅茶のおかわりを貰う事にするのだった。
* * *
そんな事もあったなぁ……と、お茶の用意がされているテーブルの上を見る。
ティーセット、料理人たちが用意してくれた茶菓子と軽食。
そして何より目を惹くのは、テーブルの真ん中に鎮座している茶色い丸い物体だ。
茶色……というか、焦げ茶だ。
私の手のひらより大きいくらいの、丸く平べったい『何か』。
……あれが何なのか、問わねばならないのかな……。気付かない振りで、やり過ごせないものかな……。
ここ一週間ほど、エリィが厨房に足繁く通っていたからな。私が問わずとも、エリィが語ってくれるのだろうな……。
というか、何故いつも『それなりの量』を作ってしまうのだろう……。まず、一人分くらいを試作するというのは、不可能なのだろうか……。
いや、料理などが小人数分の方が手間だというのは分かっている。
分かっているけれど……。
急な来客で遅れていたエリィが、少し速足でやって来る。
既にテーブルについている私を見て、少し安心したような、ほっとしたような笑みを浮かべる。
その笑顔は相変わらず可愛らしく、見ているだけで心が温まるのだが……。視界に茶色い『何か』が入ってしまい、少し浮き立った心がすっと凪ぐ。
「申し訳ありません、レオン様。お待たせいたしました」
丁寧に頭を下げるエリィに、私は気にする事はないと告げ、席を立ちエリィをエスコートする。
……ああ……。どうしよう……。エリィが何だか、ウキウキしているな……。
席に着き、侍女がお茶の支度を整えてくれると、エリィが私を見てにこっと笑った。
可愛い。
可愛いけれど、エリィの視線が茶色い『何か』を確実に捉えている……。
「先日、スタインフォード学院のマッシュ先生とドーソン先生よりお手紙をいただきまして……」
お茶を一口飲み、エリィが話し始める。
エリィが今出した名前は、確か化学と物理学の講師だったかな……。というか、エリィと共にクッキー製作に携わっていた講師たちだな……。
エリィのクッキーは、化学・物理学的見地からして不可解な『無味・無臭』『理解不能な食感』という特徴を備えている。
それを解明する為、二人の講師がエリィに手を貸していた。……というか、二人とも心底面白がっていた。
因みにこの両名は、それぞれの専門分野で権威ある学者だ。彼らの著作は最先端研究の指針や基盤となっており、世界中から彼らに意見を求める質問状などが届くような人々だ。
そんな両名の力を借り、エリィは自身と二人の講師の手が空いた時間を使い、何度もクッキーを作っていた。
本人曰く『かなり理想に近付いてきている』との事だが、君の『理想』は一体どこにあるのだろうか……。
いや、一番初めに作った『クッキー(仮)』よりは、食べ物に近付いているような気は確かにするけれど……。
「クッキーは大分形になってきましたので、満を持しケーキの製作に着手いたしまして」
形、に……。そうか……。
因みに、未だエリィのクッキーに明確に知覚できる味はない。「なんとなく甘い?」「なんとなくしょっぱい?」くらいのぼんやり感だ。
食感は、その時々でまちまちだ。まあ、初回の『鈍器を持ち出さないと割れない』レベルの硬さはもうないが。
あの頃より大分『食品』になったとはいえ、『形になっているか』と問われると、疑問しかない。
というか、あの茶色い物体は、もしかしなくてもケーキなのか……。
「試しに一回作ってみたのですが、やはり武器となり得る硬度になりまして。そこで、両先生方にお力をお貸し願えないかとレポートに纏めたのです」
そしてまた、レポートを書いたのか……。
余談だが、エリィが学院の入試の際に提出した『奇跡の検証』というタイトルのレポートは、化学科資料室の鍵のかかる棚に収められている。
表紙の目立つ所に『禁持出』と判が押され、保護用のコーティング処理なども施されていた。
マッシュ先生曰く「疲れた時に読むと、漠然と『明日も頑張ろう』と思えてくるのです」だそうだ。研究に行き詰った学生などにも、「妃殿下も諦めずに道を模索しておられると、勇気付けられる」と人気があるらしい。
……その『道』は、諦めても誰も責めないと思うよ、エリィ……。少なくとも、私はその選択を責めはしないよ。むしろ、歓迎す……いや、うん。
それと、迷走するにも程があるから、一度『正道』に立ち返ってみてはどうかな……?
「先生方から、とても丁寧なお返事のレポートをいただきまして、今回はそれを参考としてみました。前回より、ケーキらしい仕上がりになっております。流石は先生方です」
エリィはとても満足げに頷いている。
……前回は一体、何をこしらえたのだろうか……。この大きさであの硬度ならば、それは本当にただの武器か鈍器なのではなかろうか……。
エリィが目配せすると、侍女が布巾に包まれたナイフを持って来た。
エリィは椅子から立ち上がると、慎重な手つきでそれを受け取り、本人曰く『ケーキ』に刃を入れた。
ゴキィッ、と。
間違ってもケーキを切る際に出る筈のない音がした。
……護衛たちよ。だから、一斉に咳をするな。
エリィがケーキを切り分ける度に、ゴキィ、ベキィ、と泣きたくなるような破壊音が響く。
ついでに、護衛の咳も煩い。
ああ……、良い天気だな……。俄雨でも降らないものかな……。そうしたら、テーブルの上の品物を下げてもらえるのだがな……。
バキボキという食品らしからぬ破壊音でもってケーキを切り分けると、エリィは控えていた侍女にナイフを返した。
今気付いたが、あのナイフも何かおかしいな?
えらく刃が厚く、研ぎ澄まされている。もしかしなくても、通常の料理の際に使うものではなく、食肉の処理などに使われるものなのでは……?
エリィはケーキを一切れ皿に取ると、皿の縁にクリームを添えてくれた。
ああ、これで少なくとも、クリームの味だけはする。良かった……。
「どうぞ、レオン様」
にこっと微笑んで、私に皿をサーブしてくれる。
笑顔は非常に愛らしいのだが、だが……。
皿の上に乗せられたケーキは、クッキー一枚よりも分量が多い。……ねえ、エリィ、この半分くらいの量でも良かったかな……。
エリィは席に着くと、にこにこしながら私がこれを食すのを待っている。
ついでに護衛も、何やらわくわくしながら待っている。覚えていろよ、お前たち……。
「……では、いただこうかな」
いかん。溜息をついてしまいそうになった。
「はい。どうぞ、召し上がってください」
ああ……、いい笑顔だね……。
フォークを取ろうとして、ふと考える。
切り分ける際のあの破壊音からして、フォークは突き刺さりもしないのでは?
しかし一応はマナーだ。まずやってみよう。
デザートフォークを持ち、ケーキに突き立ててみる。
ガチッと音がして、フォークは全く歯が立たなかった。
護衛。咳が煩いというのだ。
「あ、手でお持ちになって、そのまま齧ってください。大丈夫です。歯の方が丈夫です」
「……そうか」
『ケーキより、歯の方が丈夫』。それはそうだろうけれど、そんな注釈の付くケーキは初めてだよ……。
指先を軽く洗い、言われた通りに手で持ってみる。意外と軽い。という事は、含有する水分量が少ないという事だ。つまり、硬い。
いつまでも眺めていても仕方がないので、齧ってみる事にした。
……天変地異でも起こって、今すぐ嵐にならないものかな……。
前歯で噛もうとしたが、思った通り歯が立たない。
仕方なく、奥歯で噛み砕く。
やはり「ゴキッ」とおかしな音がする。あと、顎が痛い。
咀嚼する度、ガリッ、ボキッと食品なのかすら怪しい音がする。そしてその度に、護衛の連中の咳が煩い。
エリィは背を向けているから分からないだろうが、こちらからだと正面に居るノーマンが、今にも死にそうなくらい息を止め震えている。
……王太子妃専属の直属の上長はエリィだが、その更に上に私が居る事を忘れていないかな? 後で覚えておけよ?
ガキン、ゴキンと咀嚼するのだが、噛んでも噛んでもほぼ味がない。
相変わらず、砂を食んでいるような菓子だ。
ただ、少々焦げたような味はする。
食品の焦げなど決して美味いものではない筈だが、この菓子に関しては味があるだけ御の字だ。焦げを有難いと感じる日が来るなど、思ってもみなかった。
口の中の物を何とか紅茶で流し込み一息つくと、エリィがにこっと笑って小首を傾げた。
「いかがでしたか? レオン様」
何と答えようか……。
だから護衛たちよ、わくわくするな。
「……香ばしくて、いいね。(味がないよりは)」
「そうなのです! 流石はレオン様です! そこにお気付きになられるとは!」
エリィが嬉しそうに、両手をパンと打ち合わせる。
「大量の砂糖も卵もクリームも、謎の奇跡により味をなくしましたが、焦げは焦げ味がするのです! ですので、これを再度レポートに纏め、学院に送付する予定なのです!」
「……そうか」
「はい! 仮説としては、私の手こそが『奇跡の無味無臭を作り出す手』であり、私の手に因らない外的要因でつく味はそのまま残るのでは……と」
「……そうか」
……その『奇跡』の原因の解明は、諦めたのかな? 私はもしかして、この先一生、焦げ味の菓子を食べさせられるのかな……?
皿の上にはまだ、一口しか齧っていないケーキが残っている。
テーブル中央には、私の分だけ取り分けられたホールのケーキが。
私は控えていた侍女を呼んだ。
「はい。御用でございましょうか」
「アレを、人数分に切り分け、護衛の連中の控室に差し入れてやってくれ」
「畏まりました」
侍女は丁寧に礼をするが、護衛の連中が動揺する気配が酷い。
お前たちも同じ目に遭うがいい。
あれほどわくわくしていたのだ。食ってみたいのだろう?
おい、ノーマン。何だその絶望に塗れた表情は。お前の主が手ずから製作した菓子だぞ。嬉しかろう。
「後日、護衛の連中にも感想を訊ねてみるといいよ」
言うと、エリィは嬉しそうに笑いながら「そうですね。楽しみです」と答えてくれた。
これで連中には、『食わない』という選択肢はなくなった。ざまをみろ。
エリィはテーブルの上のスタンドから小ぶりのケーキを一つサーブしてもらうと、それをしげしげと眺めている。
あちらは城の職人の手によるものだ。問題なく美味い。
だが、私の皿の上には、まだエリィのケーキが残っている。
ああ……。いい天気だな……。
雷雨にでもならんかな……。
635年 8月 22日 記入者:ノエル・グレイ
殿下から全員へ差し入れだ。それと、後日絶対に妃殿下より感想を求められるので、各自考えておくように。
ていうか、お前ら笑うなよ! 耐えろよ! こっちにとばっちり来んじゃん! (ディオン)
そう言うなら、お前、あの場にいてみろよ! 笑わねーとか、ムリムリのムリだから! (ハリスン)
また、妃殿下がめっちゃキラキラしたいい笑顔でなぁ……。(ジェームス)
やべぇ。想像しただけで笑うwww (スタイン)
今頃、妃殿下専属の連中も、同じような会話してんだろーな……(遠い目)。(コックス)