掌編 マクナガン印の車椅子開発秘話
語り手はエリザベスです。
一度も名乗ってなかったので、念の為。
エミリアさんとリナリア様という、我が国が誇る二大女傑のおかげで、医療・福祉分野の発展が目覚ましい。素晴らしい。
ほんの十年ほど前までは、診療所は大きな町に一つ二つある程度で、大病を患った場合は王都や大きな領の大規模診療所へ行かねばならなかった。
それ以外にも、無医村は珍しくなかったし、病気が『病気として』人々に認知されていない、という問題もあった。
それら現状をエミリアさんが見つけ、リナリア様に報告し、リナリア様が対策を考え実施する。
国の地盤の部分と、それを管理するトップとの、とても調和のとれた両翼だ。発展・躍進も当然だ。
私は特にその発展に寄与はしていないが、ちょっとだけ誇らしい気持ちになってもいいだろう。
ウチの国の才媛たち、すごいだろー! えへん、えへん。
しかも二人とも、賢いだけじゃなくて、美人なんだぞー! えへん、えへん。
……でも二人とも、怒らすとアホ程怖いぞ……。賢い美人が怒ると、バナナで釘打てるくらい空気が凍るぞ。
医療・福祉に関して、私は何の寄与もしていないと言ったが、実は一つだけ、私の功績とされているものがある。
心底納得いかないし、納得いかな過ぎて開発エピソードなんかを九割作り話でやり過ごしてしまったが。
私は今日は、王都の小児病院の視察である。
この『小児科』というものは、自身に子供が出来たエミリアさんの発案で作られた。
子どもの内だけかかる病気や、副作用の抑え目の小児用の薬剤の研究なども、あってもいいのでは?と。
エミリアさんの娘さんが、子供だけがかかる『五歳風邪』という病気にかかった際、服用させる薬の調剤が面倒くさかった事からの発案らしい。
……面倒くさいって、エミリアさん……。気持ちは分かるけども……。確かに、子供なら一回はかかる病気だし、致死率も2%にも満たないけども……。
大人と違い身体が小さく体力もない子供には、そもそも専用の医療があっても良いのでは?という事もあったらしい。
そしてその際ついでに、『婦人科』専門の診療所も設立された。
女性にも女性特有の病気はあるし、そういうのは得てして男性に知られたくなかったりするものだったりもするしね。
あと、触診とか、いくら相手がお医者様でも、異性に触れられるのはちょっと……て人も少なくないし。
婦人科を設立できたのは、エミリアさんの活躍のおかげで、医師を志す女性が増えてくれたからでもある。女医が増えれば、それだけ専門治療院も作れるからね!
エミリアさん、万々歳だ。
エミリアさんは研究の傍ら診察もしているそうだが、エミリア先生の診察は常に予約待ち状態だそうだ。
ヒュー! さすがです、エミリア先生!
王都の外れ付近なのだが、大きな街道の近くで交通の便の良い場所に、小児専門診療院はある。
ここは、入院を必要とする子供たちの為の診療院だ。
重病の子どもも居れば、調子こいて家の屋根から飛び降り両足の骨をバッキバキに折ったガキ大将まで、様々な子らがいる。
リナリア様の発案で、子供の医療費はかなり低く設定されている。
子どもにかかる薬代も、大人に比べたら三割程度の値段しかしない。
これは、貧困を理由に助けられない子供がいてはならない、というリナリア様のお考えの下だ。
けれど医療費を低く抑えてしまうと、医師の収入も低くなってしまう。
志が高くても、収入が低くては生きていけない。
武士は食わねど高楊枝……とはいえ、武士に楊枝だけを与えて三十日放置したら死んでしまうだろう。
生きる為には食わねばならんし、食っていく為には金が要る。それは、日本だろうが異世界だろうが同じ事だ。
そこで、小児医療には『診療報酬』制度が導入された。
これはちょっと、私が口を出した。知識チート、ってヤツかな……。フフ……。私だって、やれば出来るのだよ。こういう知的なチートがね。
まあ、悩んでいるリナリア様に「こういう感じの制度の導入はどうでしょう?」と世間話のついでみたいな感じで助言しただけだが。というか、『助言』というのも烏滸がましいレベルの事しか言っていないが。
それを形にしたのは、リナリア様やその周囲の人々だ。
実はあんまり、私のチート感はない。まあ、そんなもんよねー。
現代知識チートなんて言っても、その知識がこっちの文明レベルだとか産業レベルだとかで、充分に賄えるものなのか……って点があるしねー。
それに別に、私はこの国だとか世界だとかを、『現代日本』にしたい訳でもないし。
郷に入っては郷に従え、だ。
診療所を一通り見て回り、職員たちの取り組みや、困った事がないかなどを聞き、今は中庭に案内されてきたところだ。
中庭は広く取ってあり、ちょっとした運動場を兼ねても居る。
職員と歩く練習をしている男の子も居れば、隅っこの草の上で花冠を編む女の子も居る。
穏やかで、良い光景だ。
眺めてほっこりしていると、職員に付き添われた車椅子の女の子が、一生懸命に自分で車椅子を操作しながらやって来た。
女の子は私の前まで来ると、膝の上に乗せていた小さな花束を私に差し出してくれた。
「エリザベス様、車椅子をありがとうございます」
笑顔で花束を差し出してくる女の子。
めっちゃ可愛いし、にっこにこの笑顔が眩しい。……ちょっと直視するのを躊躇うくらい眩しい。
「どういたしまして。こちらこそ、お花をありがとう」
笑顔で花を受け取るが、笑顔が引き攣っていない事を祈ろう。
視察を終え、城へと戻る馬車の中。
車椅子の少女から貰った花束が、ちょっぴり心に痛い。
そう。
少女が座っていた車椅子だが、あれを『私が』制作した事になっている。
いや、車椅子自体は、そもそもあった。
この世界の文明レベルは、大体地球で言うところの十九世紀程度だ。近代だ。
地球での車椅子の一般的な販売と普及が、たしか十八世紀くらいだったと思う。
この世界でも、車椅子自体は珍しいものでは決してなかった。
ただ、やはり二十一世紀の地球に比べると、色々と不便であった。
まず、車輪が小さい。
車輪が小さいから、乗せられている人間が『自分で動かす』という事が出来ない。椅子に座って、後ろから誰かに押してもらう、所謂『介助型』といわれる形状の物しかなかった。
そして、椅子部分も、ほぼ普通の椅子だった。
フツーのダイニングチェアの足に車輪付けた感じ?
そんなんだから、重量もかなりある。
けれど、先ほどの少女が乗っていたものは、殆ど現代の地球にあるものと相違ない形状だ。
しかも折りたたむ事もでき、馬車などで移動する際には、コンパクトに畳んで収納できる。
いかにも私が知識チートを駆使したかのように見えるだろう。
だが違う。
私がやった事といえば、後輪の外側に、乗っている人が自分の手で押す為のガイドを付けた事くらいだ。
それ以外のほぼ全ての改良は、兄によるものだ。
私はそもそも、この世界の車椅子の『現状』自体を知らなかった。なので、『改良』などという発想も出ようがないのだ。
ホンっっト、無駄に能力高えよ! あの兄!!
いや、車椅子の改良自体は、福祉分野に貢献するものだから無駄ではないんだけども!
兄が車椅子を改良したそもそもの出発点が無駄すぎるんだよ!
何故兄が、車椅子を改良しようとしたのか。
言っておくが、兄は五体満足だ。しかも健康優良だ。なんとかは風邪をひかないというが、ド変態も病気とは無縁のようだ。いや『ド変態』自体が病気なのか……?
兄が車椅子改良に乗り出したのは、『私のエリィ人形と領地をお散歩する為』だ。
……もう、マジでどうしたらいいの……。泣いてもいい? いいよね?
兄は例のあの人形を、車椅子に乗せ、一緒に移動しているらしい。
が、この世界の元々の車椅子だと、やたらとガタガタ揺れたり、人形がずり落ちそうになったりで、兄はそれに憤慨したそうだ。
「私のエリィ人形が可哀想だ! もっと乗り心地を良いものにしなければ!!」と。
……ホント、泣きそう。
兄はそもそもの椅子部分の座り心地、ホールド感などを改良し、木製であったのを合金製に変更し、サスペンションなども搭載し、更に『自分が持ち歩けるようにする為』に折り畳み機能まで付けた!
そう、全ては『兄があのキモ人形と散歩する為』に!!
しかもサス、まさかの油圧だぜ? バネじゃないんだぜ? 何なの、あの異常な能力の高さ。そんでその注文に応えた領地の職人たち、素直にスゲェよ。
因みにサスは、当然馬車にも転用されている。これは我が領の専売のような状態だ。職人たち、ウッハウハだ。
公益性の高い品物なので、お父様の判断で、その製法を売りに出す事にした。
ただ、これまでの車椅子と余りにかけ離れた進化具合だった為、絶対に「何故これ程の物を思いついたのか」的な質問はくる。
そこで、「第一回 いかにも『車椅子改良に相応しい』理由を考えよう! 大プレゼン大会」が、王都マクナガン公爵邸で開催された。
因みに、優勝者には賞金として金一封と、副賞としてレオン様のサイン入り肖像画が用意された。
肖像画の入手ルートは秘密だ。
結果、パン職人の提案した「私が以前に視察へ行った診療所で、車椅子を見かけ、もう少し何とか出来るのでは……と考えた結果」という案が採用されたのだ。
『次期王妃』という立場なら、国民の健康福祉に貢献しても不自然ではない、と。
レオン様の肖像画は、パン職人の命であるパン窯の脇に飾られている。
まあ、レオン様が我が家の厨房に入られる事はないだろうから、問題はなかろう。
料理人たちが毎朝、その肖像画の前で朝礼しているとか、絶対にレオン様には教えられない。
そんな経緯があり、私は車椅子の利用者から感謝される事になってしまった。
……心が痛いよ……。でもホントの理由なんて言えねぇよ……。
女の子に貰った、シロツメクサを数本リボンで束ねただけの素朴な花束が、嬉しいけれどめっちゃ心に痛い。そんな春の日の出来事だった――。




