心臓が欲しい
博士は言った。「君には研究所を出て、多くの人の役に立ってもらいたいんだ。それで、その前に君に何かしてやりたいのだが、何かして欲しいことはあるかい? 私は天才だからなんだって作れるぞ」
僕は答えた。「旅行がしたいです」
それから僕は、博士とその息子と一緒に山や海、様々なものを見て回った。そこで見た景色は僕の中にあるデータと色々と異なるものだった。
「君の名前を教えておくれ」
「ADNS0008と言います」
「いや、それは名前じゃないねえ」
それはおじいさんだった。彼は僕にアドニスという名を付けてくれた。
「わしは世界中のいろんな事が知りたいんじゃ。しかし、年が年なだけになかなかのう」
そう言っていたおじいさんが死んだ。彼は最期に「君のおかげで沢山のことを知ることができたよ。ありがとう」と言っていた。
「今までご苦労だったね。褒美に欲しいものはあるかい?」
「ノートが欲しいです」
「そんなもので良いのかい? そうか……それで、どれだけ欲しいんだい?」
僕は博士の問いに右手人差し指を立てた。
それから僕はノートに色々なことを書いた。
お墓の下にはおじいさんとノートが眠っている。
「アドニス、これからよろしくね」
それはおばあさんだった。彼女は目の不自由な人が沢山いる施設に住んでいた。そして、彼女の目は見えなかった。
「あたしゃ一度でいいから富士山というものを見てみたいねえ」
そう言っていたおばあさんが死んだ。彼女は最期に「あなたのおかげで富士山がどういうものかわかったわ。ありがとう」と言っていた。
「今までご苦労だったね。褒美に欲しいものはあるかい?」
「目が欲しいです」
「目かい? ふーむ……それで、どれだけ欲しいんだい?」
僕は博士の問いに右手人差し指と中指を立てた。
お墓の下にはおばあさんと、博士の作った目玉が眠っている。
「よろしく、アドニス」
それは成人したばかりの女性だった。彼女は車椅子対応のバリアフリーマンションに住んでいた。彼女は身体が弱く、両足が無かった。
「私、一度でいいから海で泳いでみたい」
そう言っていた彼女が死んだ。彼女は最期に「アドニスのおかげで海を楽しむことができたわ。ありがとう」と言っていた。
「今までご苦労だったね。褒美に欲しいものはあるかい?」
「足が欲しいです」
「足かい? それはまた……それで、どれだけ欲しいんだい?」
僕は博士の問いに右手人差し指と中指を立てた。
お墓の下には彼女と、博士の作った両足が眠っている。
「久しぶり」
それは眼鏡のおじさんだった。彼はいつも病院のベッドにいた。
「俺は子供に戻りたいね。俺は子供の頃に旅行先で見た景色から将来を決めた。だからあの時違う景色を見ていれば、違う人生を歩んでいたはずなんだ。……いや、今を後悔しているわけじゃない。ただ俺は自分にあったはずのあらゆる可能性を見てみたいんだ」
そう言っていたおじさんが死んだ。彼は最期に「お前と話すのは楽しかった。幸福な時間を過ごせたよ。ありがとう」と言っていた。
「今までご苦労だったね。お礼に欲しいものはあるかい?」
「タイムマシンが欲しいです」
「タイムマシン? それはまた難しいことを言うね。……ふむ。しかし、私は天才。必ず作って見せよう」
博士はそう言って優しく微笑んだ。