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scene19 お化けで一勝一敗

 ちゃぶ台には僕の以外の食器も並んだ。


 おかずは、さっと焼いたベーコンに半熟の目玉焼き。

 出汁が香る作りたての豆腐とねぎの味噌汁に、炊き立てのご飯。

 全てのお皿からはきちんと湯気が上がっていて、更にはとどめの納豆。


 もう、朝からお代わりをしてしました、はい。

 普段は、菓子パンを口に放り込む作業のような朝ごはんなんだけど。


 山本さんの作ってくれた朝食は美味しくて。


 誰かと食べる食事がやっぱり美味しくて。


 とはいえ、とはいえ、です。

 そういった気持ちに浸っていたかったけれど、やらなきゃいけないことがあるのだ。

 だから、朝食を食べ終えて、淹れたてのお茶を息で冷ましている山本さんに話しかけた。


「ちょっといいですか?」

 山本さんは無防備に顔を上げた。


「実はですね…。昨晩のあの異質な音は、たぶん……、僕の部屋の扇風機の音ではないかと思うのですが」


「は、はい?」

 山本さんの動きがちょっとぎくしゃくとなる。


「あのですね、昨日の夜、怖がっていた音の事なんですけど」


「は、はい」


「あれは,、僕がスイッチを入れた時から鳴り出した扇風機の音だと思うんです」


 山本さんは、細かく何度かうなずいて

「な、なるほど。そ、そうですよねっ」

 と、少し強がった声色で応えた。


 続けて硬い表情のまま、

「お化けなんて、いるはずないですしっ」

 と、断言する。


 けど、その後すぐ、

「…………いないですよね?」

 なんて付け足して、上目づかいになった。


 その一連の動きや声が微笑ましく可愛いものだから、僕は少しだけ悪戯したい気持ちになる。


 だから、

「さあ、どうでしょう?」

 と、つい、意地悪な言葉を返してしまった。


「ゆーとさん?!」

 山本さんの表情がまた変わった。


 僕はそのまま続ける。

「ここは日本ですし?」


「ゆーとさん?!」 

 山本さんの声が少し大きくなる。


 僕のトーンは変わらない。

「出やすいと言われている夏ですからねぇ」


「ゆーとさん?!?!」

 山本さんの両手が握りしめられる。


 この辺が潮時かな。


「ふむ。嘘ですよ、山本さん」


 ちょっと涙ぐんだようにも見える山本さんが、期待した目で待っている。


 今度は少しトーンを抑えて話す。

「…………日本のお化けはいつでも出るんです」


「ふぇぇーーーっ?」


 大きな声に素早い動作。

 山本さんは両手で耳を塞いで下を向いてしまった……。


 ……ちょっと効果がありすぎた。


「ごめんなさい!すみません!」

 失敗した僕はあわてて言葉をかける。

「嘘です!嘘ですよ、山本さん。出ませんから!」


「うぅっ?」

 山本さんは頭を抱えるようにしたまま僕を見る。


「ごめんなさい。嘘です。大丈夫です」

 やりすぎてしまった僕は、言葉をつなげる。

「すみません。ちょっと怖がらせすぎました。この家は大丈夫です」


「そう言って……、また、ゆーとさんは……」

 山本さんは少しだけ顔をあげて覗くように僕を見る。


 この家で暮らしてもらうのだし、何より安心してほしい。

 そう思った僕は、信じてきたことを伝えようと決心した。


「本当にこの家は大丈夫ですよ。むしろこの家だから大丈夫なんです」

 子供っぽいと思われるかもしれないけれど、怖がってほしくないし。


「守ってくれているんです」

 僕は照れ臭さを抑え、熱に帯びた言葉を真っ直ぐに話す。

「僕は、信じています」


「ゆーとさん……?」

 山本さんは不思議そうに僕を見る。


「だから、出たとしても」

 僕はずっと思ってきたことを口にしようとする。


「ゆーとさんっ?!」

 山本さんを、また狼狽えさせてしまう。


 だけど、僕は気にせず、そして祈るように続けた。

「だから……、出たとしても、それは……、それは、僕の祖母です」

 

 山本さんは、頭から手を下して、ゆっくりと僕を見る。

 そして、大きく息を吸い込んで呼吸を整えると、小さくうなずいた。


「そうですよね。すずさんが守ってくれていますよね」

 はっきりした口調で微笑んで、今度は深くうなずく。


 その微笑みに少しだけ我に返った僕は、

「そうだと……思います。思っています。……恥ずかしいけれど」

 と、声が小さく応えてしまう。


「この家は安心ですよねっ、ゆーとさん」

 山本さんは、僕の反応を気にしてか明るい声を出して、にこやかに笑って続けた。

「でも、この家がこわくなっちゃうところでしたよー?」


 その口調は怒っているようで。

 でも、表情は楽し気で。


 ……反省します。いくらふざけるといっても限度がありました。


「はい。ごめんなさい、山本さん」

 僕は素直に頭を下げた。


 それを見た山本さんが、

「もー、もっと反省してください。ゆーとさんには、いろいろ気をつけないといけないですねっ」

 なんて、言葉とうらはらに、ヒマワリのような笑顔になった。


 僕は安心して思わず笑ってしまう。


「本当ですよ?」

 山本さんは少し上目づかいになって、

「いじわる禁止ですからねっ」

 と、右手と左手の人差し指を立ててバツ印を作って、その頬を膨らませた。


 ……ごめんなさい。

 僕が悪かったです。


 けど、僕だって山本さんには、いろいろ気をつけているのです。

 そういう仕草のたびに、いろいろと、そしてぎりぎりで耐えているのです。







 ある意味、お互いさまということで、いかがでしょうか?

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