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男装護衛騎士の動揺

「で、んか……?」


 シェリーの口から思わず飛び出た殿下という言葉に反応し、イアンは笑った。


「そんなに驚くか? ……まあ、それが普通か」


 そんな彼の言葉と、仮面を手に濃紺のスーツを身に纏っているイアンを目の前にして、彼女は軽く瞠目する。


(……い、いや、浮かれていては駄目! どうにか、この場から抜け出さないと……!)


 何せ、今は“シルヴェスター”ではなく、“シェリー”。 しかもそれがバレては元も子もない。


「……あ、あの、殿下? 私、普通の休息室で怪我の手当てをしてもらいますから、大丈夫です」


 そう言って少しだけ後ろへ退こうとしたところで、いつかのように腕……、だけではなく、腰まで掴まれる。

 ぐっと近づいた距離に、またもや驚き、目を見開いた彼女のその目を見て、彼は何かを確信したように、そしてしっかりとした口調で言った。



「……隠しても無駄だよ、シェリー。

 君は、“シェリー・ワイアット”として、このパーティーに参加した。 そうだろう?」

「!!!」


(ば、バレてる……!!)


 もう逃げても隠れても無駄だ。 どうにでもなれ。

 そんな投げやりの態度になった彼女は、少し体を離すと、やけくそのように銀色の髪を外し、仮面をとる。

 そして代わりに現れた檸檬色の長い髪を見て、殿下は怒るどころか、何故か嬉しそうに、破顔したのだった。



 ☆



「え、お兄様とゲームを?」

「あぁ、君を探し出せってね」



 結局、殿下の部屋へと招き入れられたシェリーは大人しく、殿下に手当をされていた。

 “今宵は女性として、君をエスコートさせてほしい”なんてあの美貌で言われてしまったら、どんな女性でも断れる者はいない。

 シェリーは自暴自棄になり、恥ずかしいのを淑女の仮面……というよりは騎士の仮面で堪え、耐えているが。


(本当だったら、男に足を見られるだなんてあってはいけないことだとお母様には言われるところ、なんだけどね)


 だがシェリーは、自分は世の御令嬢方とは違うと思った。

 何せ、この目の前にいるイアン殿下の護衛騎士として、男として仕えてきたのだから。


「……おかしいと思った。 どうしてこんなにお兄様が乗り気なのかと思っていたのだけど、裏にこういうことがあるだなんてね」


 そう白い目で彼を見れば、うっと言葉を詰まらせたイアンは、何かをぶつぶつと口にした。


「え、何? 聞こえなかった」


 言い訳があるなら聞こう、そう思って口にした彼女だが、イアンは怒ったように「何でもない!」と口にした。


(……そういえば今思い出したけど、数日ぶりなんだよね、イアンと会うの)


 まさか、“シェリー”の姿で会うとは思っても見なかった彼女であったが。

 それに、喧嘩別れをしていたことも、今の今まで忘れていた彼女である。



「……あの時は、すまなかった」

「え?」



 突然のイアンの謝罪に、シェリーは驚く。

 イアンは丁寧にシェリーの足に薬草で出来た薬を塗りながら、口を開いた。


「男装してまでも頑張って俺に仕えてくれている君に、あんなひどいことを言ってしまった。 ……申し訳なかった」


 そう言って頭を下げるイアンに、シェリーは慌てたように言う。


「わ、悪いのは私の方だよ。 イアンに、八つ当たりをしてしまった。

 ……その……、何だか、複雑で。 イアンに幸せになって欲しいと思う反面、私は……」


 そこでシェリーはハッとした。


(……な、何を言おうとしているの、私……!)


 思わず、イアンに本音をぶつけそうになり、彼女は焦る。

 それをイアンはじっと見つめ、代わりに口を開く。



「……シェリーは、自分の本音は俺には言ってくれないのか」

「え……?」



 その言葉の意味が何なのか分からずシェリーが首を傾げたところで、バタバタと廊下を走る足音が聞こえる。


「「!」」


 二人同時、驚いたのもつかの間、バンッと開け放たれたドアを見て、二人は驚く。

 ……それは、何故か怖い顔をしたシルヴェスター、シェリーの兄の姿があったからだった。



「……イアン殿下、本当に貴方は油断も隙もありませんね」


(な、何、お兄様……、どうしてそんなに、怖い顔をしているの?)


 驚いているシェリーを庇うように、イアンは笑って言う。



「安心しろ。 シェリーには一切手を出してはいない。

 ……君の大事な妹に、不埒な真似を私が働くとでも?」

「その言葉を、この部屋まで連れ込んだ貴方には言われたくないのですが。

 ……まあ、良いでしょう。 その代わり」



 シルヴェスターはすっと腰元の剣を差し出す。


(! え、訓練用の剣……?)


 シルヴェスターの手には、二本の訓練用の剣が握られていた。

 それをあろうことか、イアンに差し出しているのである。



(え、え、え?)


 驚き言葉を失うシェリーに対し、シルヴェスターは余裕の笑みを浮かべて言った。



「殿下、そこにいるシェリーが欲しければ、私と勝負をして下さい」

「え……えー!?」





 今度こそ、シェリーの悲鳴に似た声が部屋にこだましたのだった。




 ☆



(お、お兄様といいイアンといい、一体何を考えているの……!?)



 今現在、三人は沈黙の中、会場に続く廊下を歩いている。

 シェリーがちらっと右隣を見上げればその兄、シルヴェスターの姿、その反対を見上げれば、イアンの姿がある。

 どちらも真っ直ぐと前を見つめていたが、ふとシェリーの視線に気付くと、にこりと笑みを浮かべた。



(お、お兄様は激しい運動はダメなのではないの?)


 そう聞こうとして聞けないでいるシェリーは、無意識にギュッと手を握りしめる。

 その手をそっと握ってきたのは、なんとイアンだった。

 シェリーは、トクンッと高鳴る胸の鼓動に、気付かないふりをしたものの、思わずその手を握り返してしまう。

 それに嬉しそうに笑うイアンの幸せそうな表情に、シェリーは思わず息がつまる。



(……イアンは、どうしてこんな勝負を受けたの?)



 “シェリーを賭けて”



 間違い無く、シルヴェスターはそういう意味で言っていた。

 当然、イアンはそんな挑発には乗らないだろう。

 そう思っていた彼女だったのだが、イアンはあっさりと頷いたのだ。



(……そして、舞踏会の催しの一つとして、剣を交える“力試し”というものがある)



 ちょっとしたスペースの中で、騎士同士が剣を交え、それを見物するというパーティーの中でも人気の催しがある。

 シェリーも何度か参加し、いつも決勝戦まで勝ち残っていた。


(……それが、今回は殿下まで参加されることになるだなんて)


 パーティーが始まる前までこんなこと、誰が予想していただろうか。

 ……ましてや、シェリーを賭けてだなんて、彼女達の父ですら想像しないだろう。


(……あぁ、これで間違い無く、お父様に怒られる……)





 自分の未来を案じて、そしてシルヴェスターが無理をしないこと、それから……、密かにイアンを応援してしまっている自分がいることに気付き、シェリーは顔が赤くなるのを必死にこらえていたのだった。




 ☆




 そんなシェリーをよそに、どんどん勝負はついていった。


 それも、シルヴェスターが全く息を乱すこともなく、一瞬で敵を瞬殺してしまう為、凄い速さで一試合が終わってしまうのである。

 これには周りも、驚いていた。

 “シルヴェスターはいつの間に、一瞬で繰り出す技を覚えたのか”と。


 シルヴェスターを名乗っていたシェリーは、体力に自信があった。 そのため、持久戦の方や交わす方が得意で、最後は先に疲れた相手の隙をつく峰打ちなどが多かった。

 だが、それとは打って変わり、兄である本物のシルヴェスターは違う。

 無駄のない身のこなしで一瞬で、相手の急所をついてしまう。

 ……要するに、シルヴェスターの方が断然、シェリーよりも強かった。



(……何だか悔しいけど……、どうして? いつの間にお兄様は、こんなに強くなっていたの……?)


 シェリーが知る兄の姿は、幼い頃から病弱で、ベッドの上での生活の方が多いというイメージだった。

 外に出るのも禁止され、部屋の中で本を読んで暮らす兄は、体力より勉学の方がずっと知識があった。

 ……だが、今こうしてシェリーが目の当たりにしているシルヴェスターの姿は、似ても似つかない。

 シェリーと同様淡い黄色の髪を持つ彼は、宛ら虎のように鋭く、速く、捕らえた獲物は逃さない。

 そのように映っている。


 対して殿下の身のこなしは、優雅と言う他なかった。

 素早い体の反応、シルヴェスターとは違い、綺麗で王族に伝わる伝統の型を重んじ、どちらかというとシェリーと似た戦法なのに、王族の気品を感じさせるその姿は、誰の目も心も惹きつける。


(……凄い)


 どちらも、強い。

 戦いの場を経験してきた彼女の瞳には、彼らが自分より遥かに強いと、そう確信していた。


(……これでは本当に、どちらが勝つか分からない)




 彼女は思わず、ギュッと拳を握っていたのだった。




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