男装護衛騎士の休暇
「お兄様、ただいま」
「あぁ、お帰り。 シェリー」
シェリーとよく似た顔立ちだが、シェリーより幾分男性に見える本物の双子の兄、シルヴェスターは穏やかな表情を浮かべて彼女を家に招き入れた。
「お久しぶり。 しっかりご飯は食べている?」
「あぁ、勿論。 食べているよ。 ……? シェリー、何だか浮かない顔をしているね」
何かあったのか、そう聞くシルヴェスターに、彼女は一瞬言葉を詰まらせたが、苦笑いを浮かべて言った。
「……やっぱり、お兄様には敵わないね。
少し、イアン殿下と喧嘩してしまっただけ。 大丈夫」
「……恋の、悩みかな?」
「!」
シルヴェスターのど直球の言葉に、思わずシェリーは目を白黒とさせる。
そんな彼女を見たシルヴェスターはふふっと笑うと、「やっぱり」とえくぼを作って言った。
「……どうして、分かったの?」
「どうしてかって? 君と私は、双子だからだよ。
……双子の兄の私が病弱だったせいで、君には辛い思いをさせてしまっているんだね」
「っ、それは」
「ううん、分かっているんだ。 君達が悩んでいるのは、私のせいだってことも。
……だから今度こそ、この20年間に決着をつけなければいけないんだ」
そう言ってシルヴェスターは、困惑する妹のシェリーに向かって微笑みを浮かべてみせたのだった。
☆
「お兄様、これは一体……?」
「ふふ、何かって? 今日は仮面舞踏会だからね、私も参加してみたいと思っただけだよ」
「それもそうなんだけど! って、そうではなくて、私が何故こんな、こんな恰好を……」
シェリーは自身の着ている服……、もといいつもとは打って変わり、男性物の騎士服、ではなく淡い水色にレースがふんだんにあしらわれたドレスを見下ろし、盛大に溜息をついた。
「……お兄様、この靴といいドレスといい歩きにくいのだけど。 それとその服、返してくれないかな」
「言っただろう? 今日は我慢してくれと。
それに、君だって今のこの状況のまま、殿下と会うの、気が引けるのではないか?」
「っ……、本当、お兄様は意地悪だね」
「有難う」
褒めてないから、そう言ってシェリーはガンとして譲らないシルヴェスター……、自分の軍服を格好良く着こなし、隣を歩く兄を見て再度溜息をついた。
そう、今夜は仮面舞踏会。
身分も肩書きも全てを取り払ったこのイベントに、何故か兄まで参加するという事態となってしまったのだ。
あれ以来気まずくて休暇届を出していたシェリーは不参加のつもりだったのだが、そこにシルヴェスターが勝手に招待を受け入れてしまった。
しかもあろうことか、シェリーではなく、本物の“シルヴェスター”、そしてシェリーを妹として参加させることにしたのだ。 それも知っているのは陛下とワイアット家のみで、主人であるはずのイアンにさえ内緒で。
「……後でイアンに、何と言われるか」
「その前に、イアンは気付かないのではないか。 私と君がまさか、“入れ替わってる”だなんて」
そうからかうように言った兄に、シェリーは本気で怒った。
「お兄様、イアン殿下を侮辱するような言動はお控え下さいませ。 いくらお兄様といえど許しませんよ」
「わ、わぁ、さすが私の妹だね。 イアンの忠実な護衛なだけある」
そんなことを言って肩を竦めてみせる兄を見て、今度は無視をしようと決めたシェリーは話を変えた。
「本当に、今夜は私の好きなようにしても良いの?」
「あぁ。 君の主人であるイアン殿下の護衛は私に任せて、君は好きなことをしていて良いよ。 久しぶりのパーティー、なんだろう?
仮面舞踏会にだって、本当は行きたいって思っていたんだろう?」
「っ……、そう、お兄様には本当に、バレバレなんだね」
「私達は双子だからね」
そういつものように決まり文句を言うシルヴェスターに対し、ようやくシェリーは笑顔を見せる。
そんな妹を見てシルヴェスターは満足そうに頷くと、「さて、私はイアンの元へ行ってくるよ」と明るく言い、彼女と別れたのだった。
☆
彼女がそうして仮面舞踏会を楽しんでいる中、本物のシルヴェスターは主人であるイアンと共に過ごしていた。
「……そろそろ疲れたな」
そうイアンが言えば、シルヴェスターはイアンを王家用の休息室へと通した。
するとイアンは、シルヴェスターと二人だけで話がしたいと言うと、使用人を部屋の外へと追い出してしまった。
(……こうしてあらぬ噂が立つのか)
とシェリーや家の者から聞いていた“あらぬ誤解”の噂を目の当たりにし、シルヴェスターは苦笑いを浮かべる。
それをじっと見ていたイアンの視線に気付いたシルヴェスターが「如何なさいましたか」と声を掛けると、イアンは怒ったように言った。
「……シルヴェスター、シェリーは今どこに居る」
「はい?」
「だから! お前はシルヴェスター、本人だろう? 妹はどうした」
そう迷いもなく訴える主人に軽く瞠目した後、シルヴェスターはお腹を抱えて笑ってしまった。
「……何がおかしい」
「いや、流石イアン殿下だなと思って。
そうだよ、私は今日……、いや、“シルヴェスター”本人として、ここに赴いたんだ」
「っ、何故」
イアンの瞳が戸惑ったように揺れる。
それを見たシルヴェスターはひらひらと手を振って言った。
「違うよ、シェリーのせいとか、シェリーが望んだからとかそういうことでは一切ないから安心して。 むしろ、シェリーは何も知らないからね。 今日は、“僕の妹”として、この会場の何処かにいるはずだよ」
「!? シェリー本人として来ているのか!?」
掴みがからんばかりの勢いで言うイアンに再度驚きつつ、シルヴェスターはにこやかに笑った後、少し挑発的に言った。
「……イアン、ここで幼馴染からの勝負を受けてくれないか」
「……何?」
イアンはその挑発的な言動に対し、ピリッと表情を引き締める。 それとは裏腹にシルヴェスターは笑みを浮かべて言った。
「この会場の何処かに、シェリーが隠れている。 勿論、身分も肩書きもここでは関係ない。 それに、わざと彼女には色々とお洒落と称して普段とは違う格好をしてもらっているから、果たして君が彼女に気付くかどうか。
そしてルールは簡単。 彼女を捕まえれば君の勝ちっていう、簡単な勝負だよ」
「……成る程、簡単には彼女と共には居させてくれないということか」
「そういうこと」
そう満面の笑みで言うシルヴェスターに、すぐさま立ち上がったイアンは外を出ようとしたが、クルッと後ろを振り返って言った。
「……お前は本当に、昔からその性格は変わらないな。
だけど、こうして元気そうな姿を見られて何よりだ。
あまり無茶はするなよ」
「! ……もう、大丈夫だから。
君が、“シェリー”を見つけられれば、全て上手くいくはずなんだ」
そう言って微笑んでみせるシルヴェスターにイアンはまさか、と呟き口を開きかけたが……、やがてふっと笑うと、別の言葉を代わりに発した。
「あぁ。 必ず、シェリーを見つけ出してみせる」
今度こそ、イアンは部屋の外へと迷いなく出て行ったのだった。