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男装護衛騎士の苦悩

全5話ほどを目標に書かせて頂きます。

楽しんでお読み頂けたら嬉しいです。

「すまない。 私は、君のことを好きにはなれない」

「っ……」


(……またか)



 王城の廊下を歩いていた彼、いや、彼女が仕えているこの国の王子、イアン・ブラッドフォードが告白されている現場に鉢合わせして、護衛騎士である彼女はため息をついた。




 彼女の名はシェリー・ワイアット……今は訳あって双子の兄である“シルヴェスター”を名乗っているが。


 その説明はまた後ほどするとして、前述した通り、王子の護衛騎士を務めている。

 ……それも、わざわざ男物の軍服を着て、長く伸びた淡い黄色の髪を軽くリボンで纏めただけの彼女は、女性と言われてもあまりピンとは来ない出で立ちをしていた。

 高身長にすらっとした体、中性的な顔立ち。

 同性であるはずの女性が色めき立つほどの美貌を持つ彼女は、“クールビューティー”と崇めたてまつられている。


 対してその護衛騎士である彼女の近くにいる、主人でありこの国の第一王子、イアン・ブラッドフォードも端整な顔立ち、そして人懐っこい性格に人気を誇っている。

 淡い水色がかった珍しい髪色に、その水色を濃くしたコバルトブルーの瞳を持つ彼は、まさに人形のように美しいのである。



 そんな彼は最近、護衛騎士であるシェリーや王家が頭を悩ませる、“ある問題”を抱えていた。

 それは、先程シェリーが“またか”と心の中で溜息を吐いた一件が、深く関わっている。



 話を戻し、告白現場を見てしまった彼女は、クルッと方向転換をしようとした瞬間、一瞬で捕まってしまう。



「あ、シルヴェスター! ここに居たのか!」



 探していたぞ、そう言って嬉しそうに口を開くイアンに、シェリーは思わず青ざめた。


(ここで私の名を出してはいけないでしょう!!)


 そう口に出そうとした時には、時すでに遅し。

 シェリーが告白をしていた彼女と目が合った瞬間、彼女は自身の告白現場を見られて怒ると思いきや、みるみるうちに顔を真っ赤に染め……、イアンとシェリーを交互に見た後、あろうことか「お邪魔のようなのでこれで失礼致します!」と言って止める間もなく行ってしまった。



(……あーーー、やってしまった……)


 最早何度目か分からない、“あらぬ誤解”に、シェリーは今度こそ頭を抱えた。

 そんなシェリーをよそに、彼……、イアンはにこにこと彼女に近付いた。



「シルヴェスター、君を探していたんだよ。 急に居なくなるものだから、何処に行ったのだろうと」

「気を利かせたのでしょう!! これで何度目だと思っているのですか!? 何度、お嬢様方の告白を断れば貴方様は気が済むのです!」

「……気を、利かせたのか?」

「っ、そうです! それというのに、貴方はっ……! また“良からぬ誤解”が生まれたではないですかっ」



 シェリーが言う“良からぬ誤解”。

 それは、イアンがあまりにも浮いた噂一つ流さないことにあった。

 どんなに美貌が綺麗な娘でも、どんなに恵まれた体を持つ女性でも、彼は全く相手にしない。

 ……それなのに、イアンには唯一、誰にも見せない表情をする人物がいた。

 それは、シェリー(シルヴェスター)、護衛騎士である彼女だけなのだ。

 たまたまそういう表情を見た騎士や御令嬢の誰かがあろうことか、“イアン殿下は男色家”という、まさかの噂を流すこととなり、瞬く間に国中に広がっていってしまったのである。



「……殿下だけの問題ではないのですよ。

 私まで巻き込まれているのです。 それは百歩譲って良しとしたとしても、陛下がお嘆きになっているのですよ。

 貴方が結婚適齢期をとうに過ぎているというのに、妃を選ばないと」

「分かっている」



 イアンは苛立ったように彼女の話を遮ると、クルッと踵を返そうとする。

 それに慌てて彼女も後を追って話を続ける。



「分かっていらっしゃらないからこうして申し上げているのです。 ……従者に過ぎない私と貴方とでは、立場が違う。

 それに、私は男です。 それが貴方と噂になっているのですよ? それでは貴方の身分が」

「身分?」



 イアンは立ち止まり、シェリーを振り返ると、一歩歩み寄る。 それと同時に一気に近くなった距離に、思わずシェリーがのけぞろうとすれば、イアンはそれを許さないとばかりに彼女の腕を引いた。

 そして、言葉を続ける。



「……身分など、関係ない。 それにそんなこと、分かっていると言っているだろう。

 ……だが、どうしようもないんだ。

 君には、分からないだろうけど」

「……分からない?」



 シェリーの口調に、怒気が孕む。 イアンがそれに気付いた時にはとっくに、シェリーの堪忍袋の緒は切れていた。



「えぇ、えぇ、分かりませんよ! 貴方の気持ちなんて!

 なら私の気持ちも貴方には分からないでしょう! ……どれほど、どれほどこの立場が、辛いかだなんて」



 シェリーの瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。

 イアンは咄嗟にシェリー、と名を呼ぼうとしたが、ここでその名前を言うのはご法度であるため、固く唇を結んだ。 そしてその間にシェリーは、イアンに背を向けて走り出していた。






 シェリーの家、ワイアット辺境伯家は代々、護衛騎士としてブラッドフォード家に一番近い存在として仕え、この国一番の番人として、血筋を繋いできた。

 だが、シェリーの両親にはなかなか子供が出来なかった。 跡取りが居ないというのは、ワイアット家にとって痛手である。

 そんな中、漸く生まれたのがシェリーと双子の兄・シルヴェスターの二人だった。


 勿論、兄が跡を継いでブラッドフォード家に仕えることとなるはずだったのだが、兄は幼い頃から病弱で体が弱かった。

 そのため、白羽の矢が立ったのは健康体な妹であるシェリー、彼女である。


 6歳頃まで淑女教育をこなしてきた彼女だったが、そこから一転、彼女は騎士訓練所に入り、一から剣術、武術、勉学……全てを兄の代わりに行った。

 それも、身分を女性ではなく男性と、偽って。

 この国で騎士となれるのは、男性のみ。

 その為、身分を偽らざるをえなかった彼女は、とにかく兄に代わり厳しい訓練にも根を上げずに耐え、メキメキとその腕を上げていったのである。



 男女、そう呼ばれることもあったし、彼女自身も男ばかりの社会の中でどう生きていけば良いか分からず、苦労を重ねた。

 今では、剣術に長けているのと端整な美貌を持っているお陰で、周りから一目置かれるようにはなったが。

 それでも、苦労は絶えない。



 イアンに仕えるようになったのは彼女が15の時。 今から5年前の話である。

 ちなみに、イアンと彼女は同じ歳。 その為、幼い頃から仲が良かった。

 そして、イアンは兄の代わりにシェリーが仕えてくれていることも知っているため、城に入りイアンに仕えてからは、シェリーは大分女性らしい扱いを受けられるようにはなった。

 ……ただし、違う方面での苦労は増えていったが。





(……身分をいくら偽っても、この気持ちは消えない)



 暫く走った彼女は、イアンが追いかけては来ていないことを確認し、息をついた。

 走ったせいなのか、彼女の頰は赤く染まっていた。

 そして、彼女は自分の腕……、イアンに掴まれた腕を見て、まだイアンの熱を帯びているような気がし、頭を軽く左右に振る。



(……こんな私情を職場に持ち込むべきではないのに。 イアンが心から思える相手と結婚して欲しいと、そう思う反面、私は)



 ……こんな気持ち、矛盾している。

 それでもこの気持ちは、誰の目にも触れない場所へ押し込めるしかない……―――




 彼女はそう自分に言い聞かせ、固く手を握りしめたのだった。





 



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