【第九話】アリス、呪いを解く
目が覚めると、目の前には金色の光──もとい、レオンの寝顔があった。
アリスは嬉しくなって、ジッとレオンの寝顔を見ていた。
金色に輝くまつげは思っているよりも長いし、鼻は高い。薄い唇はもしかしたらアリスより赤いかもしれない。
今は目を閉じているけれど、瞳が碧いのを知っている。
眠っていても格好いいって羨ましい。
そんなことを考えていると、アリスの視線を感じたのか、レオンの目が開いた。
まだ眠いのか、トロンとした顔をしていて、それがかわいいとアリスは思った。
「ん……アリス?」
「うん、おはよ」
「おはよう」
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。
昨日の夜、夢で見た前世の最期を思い出させるような日射しだった。だけど、今は怖くない。隣にはレオンがいる。
「レオン」
「んー?」
眠いらしく、気の抜けた返事が返ってきた。
「トリアンに行こうと思うの」
「トリアンに?」
夢を忘れようとして、昨日、話そうとして話せなかったことを口にした。
「奴隷紋は?」
「うん、解析は出来たの」
「ほう」
「でもね、残念ながらわたしでは解呪出来そうにないの」
「それはどうしてだ?」
アリスは奴隷紋の解析結果をレオンに話した。
「計五つの魔法を同時に解呪しなければならないということか?」
「うん、そうなの」
「根っこにある即死魔法を破壊すればいいだけじゃないか?」
「破壊って! しかも一番奥だから、手前を解呪しないと届かないから」
レオンは、不思議そうに首をかしげた。
「奥と言うが、横からいけないか?」
「横から……?」
アリスは布団から抜け出すと、慌てて机に置いていた奴隷紋の写しを手に取った。
「アリス、こっちに来て?」
レオンに呼ばれ、アリスは奴隷紋の写しと共に近寄った。
レオンはベッドの縁に腰を掛け、近寄ってきたアリスを膝に抱えた。
「きゃっ」
「この奴隷紋の写しだけを見ていると分からないかもしれないが、魔法陣は平面ではなく、立体だ」
「立体……」
レオンはアリスから奴隷紋の写しを受け取ると、横に向けた。
「この写しを取るときに少し解析してみたけど、確かにアリスが言うように、三重構造になっている」
「写しを取るときに解析って……」
アリスが三重構造になっていることに気がついたのは、だいぶ経ってからだったのに、レオンはあっという間に見抜いていたらしい。
「解析できないと、正しく写せないだろう?」
「そうだけどぉ」
思わず拗ねたような響きになってしまった。
「この根っこの魔法がなにかまではさすがに解析できなかった。アリスはすごいな」
「すごくないよ……」
レオンはアリスの頭を撫でた。
アリスはレオンの手が気持ちよくて、目を細めた。
「それで、この面だけ見ていたら、こちらから正攻法で攻めるしかなさそうに見えるだろう?」
「そうね」
「でも、この魔法陣は立体と言っても、球体じゃない」
「あ! そういうことか!」
「そ。横から見れば……」
「要するに、円錐ってことね」
「そうだ。よく出来ました」
レオンはそう言って、アリスのおでこにキスをしてくれた。
「それ、気持ちがいい」
「アリスが頑張ったり、いいことしたらいつでもしてやる」
「分かった!」
アリスはレオンの膝の上から飛び降りた。
「ね、レオン」
「なんだ?」
「根っこの魔法を解呪したら、上に乗っかってる魔法はどうなる?」
「残ったままだろうな」
「そっか。消えてくれるなんて都合のいいことにはならないか」
「ならないな」
* * * * *
アリスとレオンは朝ご飯を食べた後、テントに来ていた。
今日は五人ともまだテントにいて、アリスはホッとした。
「あのね、奴隷紋が解呪出来るかもなの!」
「かも? 出来るじゃないのか?」
とは鬼人のフーゴ。
「だってまだ、実際に解呪したわけじゃないからね」
「まぁ、それはそうだが。失敗したら死ぬとか嫌だぞ」
「それなら、解呪は止める? 奴隷紋を付けたままでいいの?」
「今はいいが、奴隷紋がいつ、暴走するとも限らないぞ」
レオンの脅しに、五人は首を横に振った。
「解呪してくれ」
そう言って、腕まくりをして奴隷紋を見せてきたのはウサギの亜人のイデオン。
「椅子に座ってくれない? 立たれたままだと、届かないから」
「あぁ、悪い」
レオンが椅子を用意してくれて、イデオンはそこに座った。
アリスはイデオンの腕を掴むと、奴隷紋を見た。
奴隷紋の写しはドワーフのハンネスのものだったが、それとまったく同じものだった。違っていたらどうしようかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。
アリスは大きく息を吸い込むと、根っこにある即死魔法の解呪に掛かることにした。
『ラース・ラース マーストリア』
アリスの詠唱に呼応するように、奴隷紋が光り始めた。
『ヤーセン ナルハサス タナル マヌール』
「う……っ、痛い」
「我慢しろ」
奴隷紋をまとめている即死魔法は不気味に紫色に光り始めた。
「ううう……」
イデオンは痛いようで、唸り声をあげた。
アリスはイデオンの腕を掴み直すと、詠唱を続けた。
『深淵 虚飾 奈落 衒気 誇示』
即死魔法の解呪は正直、嫌いだとアリスは思う。
なによりも詠唱が厨二病みたいだ。
この解呪魔法を見たとき、めまいがした。
それでも、詠唱しなければ解呪できないから仕方がなく続ける。
『死の国の扉よ、閉じろ。この者はまだ、死の国に旅立つには早い』
イデオンの腕を掴んでいない手から、光があふれてきた。アリスは手のひらを上にして、光を手の中に集める。
急速に収縮する光を制御しながら、アリスは最後の詠唱をした。
『死を遠ざけよ』
そして、光をイデオンの腕の横から押し付けた。
「っ! あちぃ! あちちちちっ!」
「我慢して!」
光が腕の中に入り込むまでアリスは押し付けた。中まで入り込んだのを確認すると、アリスは新たに詠唱を始めた。
今度は表面と二層目にある魔法を解呪するための呪文だ。
『拘束を解き、自由を与える。雷撃を防ぐ盾を与え、さらなる自由を与える』
即死魔法の解呪には長ったらしい呪文だったが、表面と二層目の魔法が一言で済むのは、複数詠唱法という方法をとったからだ。
パリンと割れたような音がして、即死魔法と同時に残りの四つも見事に解呪された。
イデオンの腕にあった奴隷紋は、きれいさっぱり消えた。
それを見たイデオンは、歓声を上げた。
「すげー! きれいに消えた!」
「ふぅ……。成功だわ」
「嬢ちゃん、すごいな!」
「アリス、すごいな!」
レオンはアリスを抱きしめると、おでこにキスをした。
「よく出来たな」
「えへへへ」
アリスはレオンに褒められて、すごく嬉しかった。
アリスはすぐに次の犬の亜人のヨーランの解呪に移った。
長い呪文をよどみなく唱え、次々と解呪した。
さすがに五人を一度に解呪すると、魔力が底を尽き、アリスはグッタリした。
「これで約束は守ったわ」
アリスは急激に襲ってくる睡魔に勝てず、崩れ落ちそうになった。
「おっと」
レオンがとっさにアリスの身体を支えた。
レオンはアリスを横抱きにすると、改めて来るとだけ告げて、屋敷へと戻った。