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【第八話】アリス、夢で目が覚める





※流血表現があります。苦手な人はご注意ください。







 レオンと大切な約束をした日。


 アリスは夢を見ていた。


 周りは、高層ビル群。

 懐かしい、日本の風景。

 そこにアリスは、立っていた。

 肌をじりじりと刺す太陽の光に、今が夏だと感じていた。

 顔を上げると、ビルの隙間から目映いほどの青空が見えた。雲一つない空は、あの日と同じで……。


 あの日?


 その事実に、アリスの背筋にゾクリと寒気のようなものが走った。

 そして、とっさに逃げなければと脳裏に浮かんだ。

 逃げる?

 どこから? なにから?


 本能的ななにかが、アリスに逃げるようにと告げていた。

 だから、視線を下へと向けた途端。


 ドスン


「え……?」


 なにかが、アリスの身体を強く押した。

 下を向くと、黒いフードが見えた。


 アリスには、なにが起こったのかとっさに分からなかった。

 そして、次の瞬間。

 お腹がひどく痛んだ。

 痛い、なんてものじゃない。

 しかも、グッと下に引っ張られるような感覚もした。

 それに引っ張られるように、アリスの身体は崩れ落ちた。


「あっ……」


 黒いなにか──いや、これはだれか、だ。

 だれかは、アリスから引いた。

 それと同時に、今まで以上の痛みが身体中を駆け巡った。

 そして、アリスの身体は太陽に熱せられた熱いアスファルトのうえに倒れた。


「な……に?」


 お腹から、なにかが流れる感覚がする。

 恐る恐る手を当てると、ヌルリとなにかが手にまとわりついた。

 そして、手を上げると──。


 真っ赤な、液体が、手のひらについていた。


 黒いだれかは、アリスから遠ざかった。


「ま……っ、て──」


 アリスのお腹からは、真っ赤な血が流れ──。


 * * * * *


「いやああああ!」


 アリスは自分の叫び声に、飛び起きた。

 心臓がバクバクしている。全身から嫌な汗が噴き出していた。


 アリスは肩で息をしながら、周りを見回した。

 見覚えのある部屋の中だった。

 それから慌てて、お腹に手をやる。

 痛くもないし、血も出ていない。

 だけど、夢の余韻からか、ひどく痛むような気がする。

 涙が一気にあふれ出した。

 昔からよく見る、前世の最期の場面。

 また夢を見たのだと分かり、ホッとしたところで、ドアがバンッと開かれた。


「アリスっ?」


 灯りの消えた部屋だけど、暗闇に慣れた目はすぐにそれがだれか分かった。


「──レオン」

「悲鳴が聞こえたが、大丈夫かっ? というか、なんで泣いてるんだっ」

「あ、これは……」


 レオンは慌てて部屋に入り、灯りを付けた。暗闇に慣れた目に眩しくて、アリスは目を細めた。

 レオンはアリスの部屋を見回し、なにもないことを確認してから、再度、アリスを見た。

 アリスは慌てて涙を拭ったが、夢を思い出して、勝手に涙があふれてきた。


「アリス、どこか痛いのか?」

「ち、がう、の」

「怖い夢でも見たのか?」


 夢。


 そう、あの出来事が夢だったらどれだけ良かっただろうか。

 だけど、あれは夢ではなかった。

 刺された時の衝撃も、痛みも、身体から血が流れていく感覚も、アスファルトの熱も、全部、覚えている。

 

 あれが夢だったら、アリスは今、ここでこうしてない。

 それは、夢ではなかったという証拠。


 身体が変わって、生きる世界も変わって。

 だけど、中身は変わらなくて。


「アリス?」

「……うん」


 ベッドの上に座って、ポロポロ涙を流すアリスにレオンはなにを思ったのか。アリスのベッドまで歩いてくると、ベッドの端に座った。


「アリス」


 レオンの手が伸びてきて、アリスの身体がフワリと浮いた。

 びっくりしていると、ストンとレオンの膝の上に乗せられていた。


「悲鳴が聞こえたとき、心臓が止まるかと思った」


 そう言うと、レオンはギュッとアリスの身体を抱きしめた。

 レオンの温もりが、アリスの身体を包み込んだ。


「温かい」


 アリスはレオンの胸に顔を埋めて、ギュッと抱きついた。


「泣きたいときは、オレの腕の中で泣け」

「ん……」


 今まで、何度か前世での最期を夢で見た。

 その度に飛び起きて、一人で泣いた。


 だけど、今日は違う。

 レオンがすぐに駆けつけてくれて、こうして抱きしめてくれている。

 怖かった思いが、消えていく。


 アリスは涙が止まるまで、レオンにしがみついていた。

 レオンも辛抱強く、アリスが泣き止むのを待ってくれた。


「レオン、もう大丈夫」


 アリスはのろのろと顔を上げて、涙を拭った。

 泣いたせいか、顔が腫れぼったい。


「寝間着が湿っぽいな。顔も拭いた方がいいな。ちょっと濡れた布を取ってくるから、その間に寝間着を着替えておけ」

「……うん」


 とは言ったものの、レオンから離れるのは怖い。


「アリス?」

「すぐ、戻ってくる?」

「そんな不安そうな顔をするな」


 レオンは困った表情をした後、


「この部屋に濡らしていい布はあるか?」

「うん」


 アリスはレオンの膝から降りると、レオンの手を取った。

 レオンもアリスの意図が分かったのか、立ち上がってくれた。

 クローゼットを開けて、着替えと布を取り出す。


「布はこれ」


 レオンはアリスから布を受け取ると、呪文を唱えた。


《水よ》


 キラリと光ったかと思ったら、布が濡れていた。

 濡れた布でレオンはアリスの顔を優しく拭いた。泣いて腫れぼったくなった顔に濡れた布が気持ちよかった。


「後ろ向いてるから、着替えろ」

「分かった」


 着替えるには、手を離さなければならない。不安だったけど、アリスはレオンの手を離した。

 レオンが後ろを向いているのをいいことに、アリスはレオンの背中を見ながら着替えることにした。

 湿った寝間着を脱いで、クローゼットから出した乾いた寝間着に着替える。

 そうするとだいぶすっきりした。

 アリスは着替えると、レオンの手を握った。


「着替えました」


 アリスの言葉に、レオンはゆっくりと振り向いた。


「それじゃあ、寝るか」

「あの」


 落ち着いた今、レオンを見ると、こちらも寝間着姿だった。

 アリスはワンピースタイプのものだが、レオンは上下に分かれたものを着ていた。


「どうした?」

「……ううん、ありがとう。おやすみなさい」


 先ほどの夢はもう怖くなかった。だからレオンの手を離して、ベッドに入って寝ればいいと分かっていても、アリスは手を離せなかった。


「一人で寝るのは怖い?」

「ち、違う……」


 怖くない。

 だけど、レオンと離れるのは嫌だった。


 アリスが本当に六歳ならば躊躇なく言えただろうけど、見た目は六歳でも、中身は違う。

 そう、中身はいい大人なのだから、一緒に寝てなんて言えない。


「添い寝する?」


 レオンのまさかの提案に、アリスは顔が熱くなるのが分かった。


 昼間に想いを伝え合ったばかりだ。

 それなのに、添い寝だなんて……!


 いや、違う。

 レオンは不純な動機でそう言っているわけではない、はず。

 分かっていても、顔が赤くなる。


「アリス、なんで赤くなるの?」

「なななな、なんでも……!」

「アリスは耳年増だなぁ」


 レオンの楽しそうな声に、アリスはますます赤くなった。


「一緒に寝るだけだよ。今は、ね」


 レオンの甘い声に、アリスは恥ずかしくなって、手を繋いでない手でレオンを軽く叩いた。

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