【第七話】アリス、レオンと大切な約束をする
レオンが奴隷紋の写しを作ってくれたおかげで、解析ははかどった。
しかもこの奴隷紋、表面だけではなく、奥側にも──つまり、皮膚にも──浸透していて、奥行きのある魔法陣になっているのが分かった。
「ここが、拘束の魔法でしょ? こっちが……強制命令の魔法でしょ?」
アリスは自室で、ブツブツと呟きながら解析を続けていた。
そして、レオンはというと──。
庭でマリアとともに木登りの特訓をしていた。
* * * * *
この奴隷紋というものは、とにかく困ったものだった。
複数の魔法というのも問題なのだが、これをまとめている、根っこにある魔法が一番の問題で……。
「即死魔法……?」
その正体が分かって、アリスは思わず絶句した。
表面にあるのは、簡単に解けそうな魔法ではあった。その裏にあるのは、少しだけ手強い魔法。とはいえ、今のアリスなら問題なく解呪できるもの。その奥にある、これらの魔法をまとめて一つにしているのが、厄介だった。
アリスが解析したのは、即死魔法。
この奴隷紋は表面にある魔法がまず発動する。それは、拘束の魔法と半強制命令の魔法。
普通ならここで奴隷は命令に従うのだが、これに抗った場合、その奥にある魔法がさらに発動する。
電撃魔法が発動して、それでも命令に従わない場合、強制命令の魔法がかかる。
強制命令の魔法がかかった場合、これに抗うというのは相当な精神力と強さがなければ抵抗できない。
しかし、もし、抵抗できたとしても、待っているのは、そのさらに奥にある、死。
あまりのえげつなさに、アリスは頭痛を覚えた。
「これ、全部を同時に解呪しないとマズくない?」
この奴隷紋の仕組みを考えれば、表面から解呪していったとして、最後に残る即死魔法の発動条件は、表に出ていた魔法が“消えた”瞬間に発動する、のだと思う。
では、奥から解呪をと考えたが、表に出ている魔法を解呪しなければ奥には届かないといういやらしい仕組みになっていて、アリスだけでは無理ということが分かった。
ここ数日を掛けて解析した結果がこれとは、なんとも言えない。
では、どうすればよいのか。
一番良いのは、すべてを同時解呪だが、即死魔法単体ならまだしも、それ以外も同時は無理だ。
だれかに手伝ってもらう、というのも考えた。
たぶん、レオン辺りなら任せられそうだけど、なぜか気が進まない。
どうしてかと考えて、すぐに答えにたどり着いた。
レオンの魔法の腕はたぶん、アリスの上を行くだろう。
しかし、彼の魔法は、エルフ族の独特の魔法だ。アリスが使う魔法とは違う。
魔法を行使するのならここまで躊躇しなかっただろうが、解呪は使われた魔法を解くことだ。レオンの使う魔法では解呪できない。
レオンに教えてとも考えたが、人間の魔法が使えるとは思えない。
ということで、これも却下。
他にもマテウスと一緒に解呪するというのも考えたし、聞いてみたけれど、首を振られた。
首を振るだけでは分からないから理由を聞いたら、魔法の解呪は一人で行わなければならないものらしいからだった。
魔法をかけるのは複数人でもよくて、解呪は一人っていうのに納得がいかなかったけれど、魔法とはそういうものだと言われてしまえば、アリスには返す言葉はなかった。
思ったより簡単に奴隷紋の解析は出来たけれど、結局は今のアリスでは不可能だと分かっただけだった。
偽装などされずに簡単に解析できたのは、解析がそう簡単にできないからというのも分かった。
「……こうなったら、先にトリアン探索をするか」
五人が協力してくれなくても、アリスはトリアンを探索するつもりでいた。
魔物も近寄らない不毛の大地、というのにもちょっと興味があったのだ。
方針が決まったから、テントに行こう。
アリスは部屋を出て、庭へと向かった。
この間、一人でテントに行った後、レオンとマリアからかなり怒られた。
貴族の娘が昼間とは言え、一人歩きするとは何事か、と。
なにもなかったからよかったものの、なにかあったらどうするのかと説教された。
まさかマリアからそんなことを言われるとは思わなかったし、レオンも一緒になってだったので、さすがのアリスも反省した。
だから、テントに行きたいから一緒に行こうとレオンを誘うことにしたのだが。
「そうよ、その調子! 上手ね!」
庭から、マリアの声がする。
木登りの練習を始めてからどれくらいになるだろうか。すぐに登れるようになると思ったのに、まだだったのだろうか。
アリスはそっと庭を覗くと……。
「えっ?」
なんとレオンは、足だけで木を登っていたのだ。
木を駆け上り、木の股にあっという間にたどり着いていた。
そんな技、アリスは教えてもらってない。
「お母さま、ズルい!」
「あら、アリス。レオンったら、すごいのよ! 今の見た?」
「見ました」
「わたくし、教えてもないのに駆け上っちゃうんですもの」
「え? お母さまが教えたんじゃあ……」
「まさか!」
アリスはトネリコの下に行き、サクサクッと木に登った。
木の股の間に立つレオンは、遠くを見つめていた。葉の間から射す光を受けた金色の髪がキラキラと輝いていて、綺麗だった。
アリスは思わず見蕩れていると、レオンは気がついたようだった。
「アリス」
「レオン、さっきのすごい!」
「そうか? 手を使って登るより、簡単だったぞ」
いやいや、そんな馬鹿なとアリスは思ったが、黙っておいた。
「それより、今、なにを見ていたの?」
「あぁ、トリアンはどこかと思って探していた」
「トリアンはこっちよ。ちょうど葉の陰で見えないの」
「そうか、残念」
レオンは少し残念そうにトリアンの方向を眺めていた。
「それより、エルフの里はどっちなの?」
「……分からない」
こちらはまったく感情のこもらない口調で返された。
「帰りたいって思わないの?」
「まったく。外の世界の方が楽しい」
前にも聞いたときと同じ言葉が返ってきた。
アリスはその言葉にホッとするものの、少し淋しいと思った。
この身体に転生して、六年経つ。
だけど、転生前のことを忘れたことはない。帰れるのならば、帰りたいと思うこともある。
そんなことを考えていたからなのか、レオンが困ったような表情でアリスを見てきた。
「アリス」
「なに?」
「そんな顔、するな」
そんな顔と言われても、今、どんな顔をしているのか、アリスには分からない。
レオンの手が、優しくアリスの頭を撫でた。
「なんでおまえが泣きそうな顔をするんだ」
「ち、違うわよ!」
「エルフの里にいると、息が詰まりそうになるんだ。だけどここは、違う」
そんなに窮屈な場所だったのだろうか、とアリスは不思議に思う。
「ここは、いい場所だな」
「そうね」
「後は……」
レオンは少し頬を赤くしてから続けた。
「アリスがいるからかも、な」
まさかの言葉に、アリスは真っ赤になった。
「淋しくない。むしろ、今まで空虚だったオレの中が満たされる感じがする」
アリスは大きく頭を振って、レオンにそっと抱きついた。
「レオン、わたしね」
アリスはレオンにしゃがむように服を引っ張った。レオンもすぐにアリスの要求が分かり、アリスと同じ高さになった。
アリスはレオンのほおにキスをして、囁いた。
「大きくなったら、レオンのお嫁さんになるから」
レオンはアリスを抱き寄せると、同じように囁いた。
「エルフの盟約は絶対だぞ? それでもいいのか?」
「レオンこそ、わたしをお嫁さんにしてくれるの?」
「いいぜ、お嫁さんにしてやる」
「ほんと? 約束よ?」
「あぁ、約束だ」
レオンはそう言うと、アリスの額にキスをした。