【第六話】アリス、奴隷紋の写しを得る
五人と契約というか約束をした手前、アリスは奴隷紋の解き方を調べなければならなかった。
とはいえ、まったく手がかりはない。
そもそも、奴隷紋など、禁断の魔法だ。
普通に調べて出てくるものでもない。
こうなったら、ドグラスに言って城の禁書を見せてもらおうと思ったのだが、そう簡単に一国の王に会えるわけもなく。
アリスは部屋に引きこもって、あーでもない、こうでもないと悩んでいた。
「あーん、全然分かんないっ!」
「そりゃあ、分かるわけないだろ」
「って! レオン! びっくりした!」
アリスは部屋に一人でいたはずなのだが、気がついたらレオンがいた。
アリスはレオンに駆け寄ると、抱きついた。
レオンも慣れたもので、アリスを抱き留めた。
「ねーねー、レオン」
「なんだ?」
「分かるわけないだろってどうして?」
「どうしてもなにも、奴隷紋は禁断の魔法なんだろう?」
「うん」
「だったら、書物に答えを求めるな」
「そ……っか、そうだよね! そうだ!」
アリスはなにかひらめいたのか、レオンをギュッと強く抱きしめると、顔を上げた。
「分かった! 奴隷紋を直接見て、逆解析すればいいのね!」
「は、あ、おいっ?」
「さすが、レオン!」
アリスはパッとレオンから離れると、ドアに向かった。
「ちょっと待て、アリス」
「テントまで行ってくる!」
「待てって言ってるだろう!」
レオンの声に、アリスはドアノブに手をかけた状態で、止まった。
「なに?」
「昼飯だ」
「テントまで持ってきて」
そう言うと、アリスは部屋から飛び出した。
あまりのおてんばぶりに、レオンは大きなため息を吐いた。
「ったく、一人で出歩くなっつーの!」
すっかりアリスのお守りをするはめになっているレオンであった。
* * * * *
一方のアリスは、真っ直ぐにテントへと向かった。
テントのある場所は大胆にも王都の中心部。昼間ならば、それほど危険はない。とはいえ、一応、貴族令嬢であるアリスが一人で出歩くなど、もってのほかだ。
しかし、アリスの感覚としては、まだこちらの世界より日本での生活の方が長かったため、一人歩きは当たり前だ。
なにかあれば、魔法でぶっ飛ばせばいいとしか思っていない。
アリスはテントに着いた。
テントの中に入ると、ドワーフのハンネスがいた。
「ハンネス!」
「なんだ、嬢ちゃん。えらい慌てて」
「奴隷紋を見せて!」
服を脱がせる勢いでアリスが迫ってきたので、ハンネスは慌てて後ずさった。
「嬢ちゃん、落ち着け!」
「いいから早く、見せて!」
「まぁ、待て。見せるから!」
ハンネスのその一言にアリスは少しだけ落ち着いたかのように見えた。
が、手はわきわきと動かされていた。
「ハンネス、は・や・く!」
「そう急くな」
気持ちが焦っているアリスには、ハンネスの動きは緩慢に見えた。とてもではないが、待っていられない。
『炎よ』
「じょ、嬢ちゃん?」
『ハンネスの服を──』
「こらっ!」
後ろ頭をツンと突かれ、ムッとして振り返ると、レオンが立っていた。アリスは反射的にレオンに抱きついた。レオンも柔らかくアリスを抱き留めた。
「レオン!」
「アリス、今、なにをしようとしていた?」
「あのね、聞いてよ! ハンネスったら、なかなか服を脱がないのよ!」
「あのな、アリス」
レオンはふぅと息を吐くと、アリスを少し離して、腰をかがめた。こうされると、レオンのきれいな顔がよく見えるので、アリスは笑みを浮かべた。
「人の服をむやみに取らない」
「だって、奴隷紋を見たかったのよ」
「それは分かった。分かったが、だからって、魔法で燃やしていいもんじゃないだろ」
「でも……」
「でもじゃない。ハンネスは脱がないと言ったのか?」
「ううん、脱ぐって言った」
「なら、待て」
「だって、遅いから」
「遅くないだろ、ほら、ハンネスは脱いでくれたぞ」
アリスはクルリと周り、ハンネスを見た。
上半身、裸になっているハンネスがいた。
そして、上腕に刻まれた奴隷紋が見えるように、右側を向けてくれていた。
「奴隷紋!」
アリスは食いつくようにハンネスの奴隷紋に飛びついた。
ハンネスとレオンは、眉を下げて顔を見せ合った。
「奴隷紋ってどうやって刻むの?」
アリスは奴隷紋をジッと見ながらハンネスに質問した。
「変な液体を筆で塗られて、魔法を掛けられた」
「魔法? 呪文は覚えている?」
「わけないだろうが」
「変な液体ねえ……。魔法の媒介に使ったのかしら?」
液体があれば、もっと簡単に解呪できそうだが、そういえばとアリスは思い出す。
レオンに向けられていたあの禍々しい筆が液体を塗るときに使われていたのだろう。
「わたし、筆を燃やしちゃったわ」
「をいいい」
「だって、レオンが危なかったから……」
「あの奴隷商人は、筆を使って俺たちに命令していた」
「そうなんだ」
命令の媒介を失ったからなのか、彼らは自由に動けているようだ。
「じゃ、このままでも」
「よくない!」
「ですよねぇ」
それに、アリスは彼らに約束したのだ。約束は反故にしたくなかった。
「じゃあ、見せて」
「見てるだろうが!」
「もっと詳しく!」
「詳しくと言われても、困るんだが」
アリスはジーッと奴隷紋を見ていたが、首を振った。
「複雑すぎて、すぐには解析できそうにもないわ」
写真でもあれば、この奴隷紋を写し撮って、好きなときに好きなだけ見られるのに。
アリスはそう思って、ふと疑問を抱いた。
この世界には、写真に準じたものはないのだろうか、と。
アリスがこの世界に生を受けてからこちらのことを改めて思い返してみる。カメラも写真もそういえばないことに気がついた。
だけど、紙は存在するし、本はある。
とはいえ、今まで当たり前にあったから疑問に思わなかったけれど、本はどうやって作られているのだろうか。
アリスがもっと幼い頃は、絵本なども読み聞かされた覚えがある。絵本というぐらいだ、絵が描かれていた。
最近は図鑑も見ることがあるが、こちらもそういえば写真に劣らない絵だった……ような気がする。
新聞を思い返しても、あれらはかなり写実的だったけど、みんな絵だった。
印刷技術は地球と変わらないみたいだけど、写真はなさそうだ。
それならば……。
「ねぇねぇ」
「なんだ?」
「腕、切り取っていい?」
「はぁっ?」
何言ってるのあんた、という顔をハンネスはアリスを見た。
「ダメか」
「当たり前だろう! どうして腕を切り取るという話になるんだ!」
かなり興奮したハンネスだったが、逃げ出すことはしなかった。
「ところで」
「腕はやらんぞ」
「いや、さすがに今のは冗談です」
ほんとかよとハンネスの目は言っていたが、アリスは無視した。
「新聞に載ってる絵って、あれ、だれかが描いてるの?」
アリスの質問に、ハンネスは「あーっ」と唸った。
「あれはな、絵じゃないんだ」
「絵じゃないの?」
「風景を切り取る魔法があって、それで絵のようになるらしい」
それはまさしくアリスが求めているもの。
「その魔法、分かるっ?」
「ドワーフに魔法を聞くたぁ、いい度胸してるな」
「あ、使えないんだっけ?」
「あぁ、使えないさ!」
となれば……。
自分で考えて、同じような魔法を開発すればいいのではないだろうか。
奴隷紋を睨みつけたまま、アリスはしばし、悩んだ。
「アリスが求めているのは、こういうもの?」
レオンの声に、顔を上げれば、目の前にもう一つの奴隷紋があった。
「えっ、あれ?」
「魔法で写し撮った」
「レオン、ありがとう!」
アリスはハンネスの腕を放り投げて、レオンに抱きついた。