【第四十七話】陛下との謁見
アリスとレオンは女性に案内されて、待合室らしきところに連れてこられていた。
しばらくここで待つように言われたが、いつもならまっすぐに謁見の間に通されていたのに、どうにもおかしい。
アリスの勘が、警告していた。
「レオン」
「しっ、静かに」
レオンの耳がピクリと動くのを見て、同じように気がついたことを知り、アリスは警戒を強めて、いつでも対処できるように、静かに魔力を高めておくことにした。
しんと静まる部屋。
外からの音も不自然に聞こえない。
連れてこられた部屋は少し離れた場所で、しかもここに来るまで、だれともすれ違っていない。
これは、王の策略なのか、他のだれかの罠なのか。
罠だとすればたぶんこれは、第一王子のやったことなのだろうと思っていたら、部屋の外に人の気配がした。
そして、ノックされることなく、ドアが思いっきり開かれた。
「アリス!」
予想どおり、そこには丸々と太った第一王子であるエーギル・ベーヴェルシュタムが立っていた。
アリスをかばうように、レオンが前に立った。そして、低い声で詠唱した。
《風よ》
レオンの前方に向かって突風が吹き抜け、エーギルの身体を吹き飛ばした。エーギルの丸い身体は鞠のように弾んで、通路を転がった。風はドアを閉めた。
あっという間の出来事に、アリスは瞬いた。
「まったく、懲りてないな」
「問答無用で魔法を放って大丈夫なのっ?」
「問題ない。オレたちはあいつに呼び出された訳ではないだろう」
レオンが言うとおりなのだが、いきなり城内で魔法を使っていいものなのだろうか。
悩んでいると、部屋の外が騒がしくなってきた。
城内は魔法禁止のはずで、魔力を感知して、魔術師たちがやってきたのかもしれない。
外の声は部屋の中まで聞こえてこないけれど、きっと第一王子を見て、大騒ぎになっているような気もしてきた。部屋の外に出た方がいいのだろうか。
悩んでいると、ドアがノックされた。
「……はい」
反射的に返事をしたけれど、レオンを見ると頷かれ、ドアを開けた。
そこにいたのは……。
「お父さま」
「アリス、どうしてこんなところに? 陛下のところに行くのでは?」
「それが、ここで待つようにと言われて……」
「それはおかしいな。……それはそうと、あれは?」
あれ、と言ってマテウスの視線の先にはだらしなく転がった第一王子がいた。
「あー……」
それにしても、とアリスは思う。
仮にも第一王子に対してあれ呼ばわりするマテウスに、疑問に思う。それとも、第一王子と認識していないという可能性はないだろうか。
「お父さま、あれは第一王子ですけど」
「分かっている。そして、状況も分かった。あれはあれ呼ばわりで充分だ」
あれ呼ばわりで充分であるのは分かるけれど、ずいぶんと不敬ではないだろうか。
「私は優秀な第二王子派なのだよ」
マテウスはアリスとレオンに聞こえるくらいの小さな声でそう言った。
確かに、第二王子の方が優秀で、最近では王も第二王子ばかり重用しているという話はアリスの耳にも入っている。第一王子がそれを面白くないと思っているのは確かで、とはいえ……。
「アリス、玉座の間は分かるよな?」
「ここからどう行けばよいのか、分からないですけど」
「……そうだよな。ここはずいぶんと奥になるし」
マテウスは少し考えてから、仕方がなさそうにため息をついた。
「なら、私が連れて行こう。他の者に頼むと、またろくでもないことになりそうだ」
マテウスはすぐに指示を出すと、アリスとレオンに着いてくるように合図してきた。
二人は素直に従い、マテウスの後ろを着いていく。
右に左にとマテウスは歩き、アリスは途中で道を覚えるのを諦めた。
そうして着いた先は、見覚えのある扉の前だった。
「陛下がお待ちだ」
「はい、ありがとうございます」
「私も一緒した方がよさそうだな」
マテウスはそうして、扉の横に立つ人物になにかを伝えたようだ。
すぐに扉が開かれ、中へ入るように促された。
中へ入ると、玉座に王であるドグラスが座っていた。
十二年前に会ったときより、若干、老けているような気がしたが、眼光が鋭いところや、王としてのオーラのようなものは変わっていなかった。
玉座の一段低いところに、ドグラスによく似た男性が立っていた。たぶん第二王子なのだろう。
「おお、アリスか」
「陛下、大変お待たせしまして、申し訳ございません」
「ずいぶんと遅かったが?」
そう言って、ドグラスの視線はマテウスに向かった。
マテウスは頭を下げた後、口を開いた。
「アリスとレオンは時間どおりに城へ到着したのですが、間違った部屋に案内されたようです」
「間違った部屋?」
「なにやら、第一王子が策略していたようでして……」
「またあやつか! クラウス!」
「はい、陛下」
「わしは決めた! クラウス、おまえを正式に後継者として指名する!」
「陛下! しかし!」
「わしが決めたのじゃ! だれにも文句は言わせぬ!」
アリスとレオンはそのやり取りをただ見守っていることしかできなかった。
「さて、アリスよ」
「あ、はいっ」
「見苦しいところを見せたな。それにしても、美しく成長したな。もっと近くに来て、顔をよく見せてくれないか」
先ほどまでの鋭い気配はなりを潜め、急に態度を軟化させたドグラスにアリスは戸惑いつつも前へと向かった。
レオンはマテウスとともに後ろに控えていた。
「それにしても、あれから十二年か」
ドグラスはアリスの顔を見て、それから宙に視線を向けた。
「魔女を無事、討伐したと聞き及んでおる」
「それについてなのですが」
「国の直轄地に根城を作っておったが故、困っていたのじゃ。エーギルに命令していたのだが、あれこれ理由を付けて、討伐に向かおうとしなかった」
「…………」
「あと、あの森の中に勝手に村を作っているのは聞き及んでいた」
あの村のことについては、さすがにドグラスは知っていたようだった。
「あそこの自称・村長にも手を焼いておってな」
確かにのらりくらりと言い逃れするあたり、慣れている感じはしていたが、まさか直轄地に勝手に村を作っていたとは呆れて物も言えない。
「して、今回の褒美じゃが」
褒美と言われても、アリスは困ってしまう。
「あの、陛下」
「なんだ?」
「この度は陛下から様々な支援をしていただき、誠にありがとうございます」
「支援するのは当たり前のことであろう。なにより、本来ならエーギルがしなければならなかったことじゃしの」
お礼を言いそびれそうになったので、アリスは慌てて口にしたのだが、ドグラスは当たり前と言って豪快に笑った。
「それが褒美とか、言わぬよな?」
「…………」
アリスは先読みされてしまい、困ってしまった。
「クラウスの伴侶に、と思ったのじゃが」
その一言に、背後で大きな魔力を感じて、慌てて振り返ると、レオンがにらみながら魔力をためているところだった。
「レオンっ!」
「いくらおまえがこの国の王であろうとも、オレから伴侶を奪うことは万死に値する!」
「まぁ、待て。話を最後まで聞くのじゃ」
ドグラスは涼しい顔をして、レオンを止めた。
「エルフとの誓約があると言うのであれば、それは無理というモノ」
ドグラスのその一言で、レオンは魔力をおさめたようだった。
アリスはホッと肩で息を吐いた。
「褒美は後日、トリアンの屋敷に届けるとしよう」
「ありがとうございます……」
釈然としないものの、ここで断ることはできないと気がつき、アリスは素直に礼を口にした。
「アリスよ、お主たちの結婚式にはわしも呼んでほしいものよの」
「それは……」
「ほっほっ、難しいよの。お主の領地の料理は美味しいと聞く。一度、食べてみたかったのじゃが、さすがに無理かの」
ドグラスがアリスとレオンの結婚式に来るとなると、色々と大変なことになるのが目に見えているし、それは不可能だろう。
それが分かっていてもそう言うのだから、単純に興味があるのだろう。
「それでしたら、陛下。陛下の料理番にレシピをお伝えするでよろしいでしょうか」
「うむ、悪くない提案じゃな。ぜひともそうしてほしい」
「かしこまりました」
そうして話が終わり、アリスがドグラスに頭を下げたところ──。
バンッと扉が開き、エーギルが駆け込んできた。
「アリスぅぅぅぅ!」
《風よ!》
レオンの詠唱とともに、エーギルの身体が宙に舞った。
「レオン!」
さすがにここで魔法を使うのはマズいと思ったアリスがたしなめたのだが、そこに気を取られてしまい、アリスに近寄る影に気がつかなかった。
「死ねっ!」
その声にアリスはハッとして声のした方へ目を向けた。
そこには、全身を黒い布で覆った見たことない女性が立っていて──。
「アリス!」
レオンの声にアリスはとっさに後ろに下がった。
次の瞬間、ビュッいう音とともに銀色にきらめく剣がアリスのいた場所に突き出された。
それはさらに振られて、アリスの胴をなぎ払おうとしていた。
「っ!」
アリスはさらに後ろに下がり、剣戟を避けることができた。
しかし相手も諦めず、素早く剣を構え直すとアリスに斬りかかってきた。
『防御っ!』
アリスの防御の結界に剣が当たり、跳ね返されていた。
そこでようやくドグラスの警備をしていた騎士が剣を抜き、女を背後から斬りかかり、背中を切りつけていた。
「ぐっ……」
女は切られた痛みで剣を取り落としたが、懐に手を入れて、アリスになにかを投げつけた。
「なにっ!」
緑っぽい粉を掛けられ、アリスは手で払ったが、少し吸い込んでしまったようだ。
「くくく、これで……」
女はその場で崩れ落ち、それからアリスも遅れて身体から力が抜けて、倒れてしまった。