【第四十五話】アリス、あきれる
アリスとレオンは、戻ってきたフーゴに事情を説明した。
「なるほど、分かりました。まず、北の森の村の住民を特定して、トリアンには入れないことにします」
「そんなこと、できるの?」
トリアンは王から与えられた領地だ。
トリアンのように検問所を設けて人の出入りを制御しているところもあれば、だれでも出入りできる領地もある。そこは領主の裁量に任せられている。
検問所とはいっても、そんな仰々しいものではない。商人には身分証が発行されるため、それをチェックはするが、一般人には身分証などないため、検問所で記帳をしてもらうだけだ。
「今の記帳は名前を書くだけになっていますが、住んでいる場所も書いてもらうようにすればいいかと」
「でも、嘘を書かれたら分からないわよ?」
「それは心配要りませんよ。嘘を書くとインクが赤くなる記帳の開発に成功したんです」
「それはすごいわ!」
名前と住所は必須で、書かないと入れない。嘘を書くと、入れない。そういうルールにすればいいとフーゴは言った。
「でも、なんでそんなものを作ろうとしたの?」
「たまにいるんですよ、嘘を書く輩が。そういう人物はえてして問題行動を起こすことが多くて、困っていたのです」
「じゃあ、今回のあいつらも?」
「たぶん偽名でしょう」
それにしても、とアリスはため息を吐いた。
「あいつら、どうしてあの食堂にいたの?」
アリスの質問に、レオンも不思議そうに首をかしげた。
フーゴも困ったように眉を下げた後、口を開いた。
「あいつら、こともあろうかアリスさんにトリアンに来るように斡旋されたと言ったようです」
「……はぁ?」
アリスは村人たちに反省したらトリアンに来るようにとは言った。しかし、それは反省したらであって、あんな態度を取っているうちは来たとしても追い返すに決まっている。
なにをどう受け取ったら斡旋になるのか、小一時間ほど問い詰めたい。
「反省のはの字もないじゃないの、あいつら」
「そうですね。酷い言いようでした」
森のおかげで生活が成り立っているような村なのに、その森に火を放つなんて信じられないし、そのことについて反省もしていないのもアリスは気に食わなかった。それに、レオンのことも悪し様に言っていた。
「……思い出すだけで腹が立つわ」
「同感です」
言われたレオンは特に気分を害した様子もないので、不思議に思って聞いてみることにした。
「レオンは腹が立たないの?」
「? なにに対してだ?」
「偽者だとか言われてたじゃない」
「あぁ、それか。むしろ、あいつらはかわいそうだ」
「か、かわいそう……?」
「真実を知らないとは、本当にかわいそうだ」
なにをどうとったらかわいそうになるのか分からなかったが、怒っていないのは分かった。
「アリスのことを貶めることを言っていたら、切れていたかもな」
「えー……。意味が分からない」
「アリスもオレのことになると怒るだろう? それと一緒だ」
言われてみれば、そうだった。
アリスも自分のことよりもレオンのことを悪く言われると、切れる。
「わたしのことはいいから!」
「それを言ったら、オレも一緒だ」
「あー、はいはい、のろけはいいですから」
そんなつもりはなかったのだが、端から見たらイチャイチャしているように見えたのかもしれないと思うと、アリスは恥ずかしくて、真っ赤になった。
「はー、ごちそうさま」
フーゴの冷やかしに、レオンはなぜかアリスを背中に隠した。
「アリスをからかうな」
「相変わらず、レオンさんはおっかないな」
「そう思うのなら、からかうんじゃない」
フーゴはやれやれと肩をすくめ、レオンの後ろにいるアリスを見た。
「それで、あいつらですが」
「王都には連絡したのよね?」
「しました」
「北の森って王の直轄地だったはずよね?」
アリスの疑問に、レオンとフーゴは首をかしげた。どうやら知らないらしい。
「そうでなければ、王自ら魔女の討伐依頼なんてしてこないと思うのよ」
「言われてみればそうだな」
「その森に勝手に村を作っていたうえに、火を放ったのよ。本当ならばわたし自らが罰を下したいところだけど、それは本来の筋から外れるから我慢してるの」
とは言ったが、面倒だというのが本音だ。
「それでは、ここでの用事は終わったようだから戻るわ」
「あ、はい」
「ところでフーゴ」
「はい」
「なにか困ってることはある?」
「あー……」
「あるのね?」
フーゴは言いづらそうな表情をしていたが、アリスはうながした。
「人手が足りてませんでして……」
それはアリスも気がついていた。とはいえ、すぐにいい人材をそろえるというのは難しい。
しかし、アリスは一人だけ思い当たる人物がいた。
「それなら、これから育てないといけないけど、ラッセはどうかしら」
「……ラッセ?」
聞き覚えのない名前に、フーゴは眉を寄せてアリスを見た。
「北の森で保護した少年なの。なかなかいい目を持ってるから、育て方によっては使えるようになると思うわ」
「北の森で保護って……」
「例の村にいたんだけど、いじめられていたのよ」
「いじめられていた、ですか」
アリスはラッセの境遇を簡潔にフーゴに伝えた。
フーゴは話を聞き終わった後、難しい顔をしてアリスに聞いた。
「信用できますか? あの村の住人だったんですよね」
「グルになってると?」
そう思われても仕方がないと思ったが、レオンが口を開いた。
「育ててみれば分かるだろう。使えないなら切ればいい」
「レオン、簡単に言うわね」
「オレはラッセは嘘を吐いていないと思っている」
「レオンさんがそう言うのなら、育ててみます」
「それでは、任せたわ。後でラッセを連れてくるわ」
ラッセのことを任せられる人がいてよかったとアリスは思ったが、ラッセ本人がどう思うのかは少し心配だった。とはいえ、フーゴに任せることには不安はなかった。
なんだか予想外の出来事が起こってしまったが、片づけなければならなかったことを少しだが手を付けられてよかったと思うことにした。
そう思わなければ領地経営はやっていけない。
「しばらくは北の森の村からここに流入してくる可能性が高いな」
「そうね」
結局、火を付けた犯人は捕まえていない。早急に捕まえたいところだが、アリスは他にやらなければならないことがある。
「明日の準備はドレスだけでいいか?」
「馬車を準備しなきゃ」
「それなら、手配している」
「さすが、早いわね」
他になにかないかとアリスは考えたが、思いつかなかった。
「それにしても、次から次へといろいろあるわね」
「エルフの森にいたら考えられないな」
「ふふっ、そうかもね」
毎日、なにかがある。
それは刺激的で新鮮で、飽きることがない。
「とりあえず、家に戻りましょうか」
「そうだな。──の前にアリス、少し寄りたいところがある」
「いいけど、どこ?」
「虹蛇のところだ」
少し歩くが、そこまで遠くないし、なによりもレオンが寄りたいというのだから行かないわけがない。
アリスとレオンは並んで歩き、虹蛇のところへと行った。道中はたわいのない話をした。
虹蛇のいる場所は、アリスたちが住む家からは近い。
「それで、レオン。ここにどんな用事があるの?」
「ああ、虹蛇の鱗が欲しくて」
「鱗?」
レオンは魔法で虹蛇の上にある土を避けると、鱗を何枚か剥がしていた。
虹蛇という名前がつくほどだ、その鱗は虹色に輝いていた。
「きれいね」
「あぁ、そうだな。これでアリスのアクセサリーを作ろうと思うんだ」
普段のアリスはアクセサリーはなにもつけていない。それなのになんで急にレオンはそんなことを言うのだろうか。
「虹蛇の鱗は、祝福の魔法と相性が良い。だからせめて、オレからもアリスに祝福を贈りたいんだ」
その言葉に、アリスは嬉しくて、レオンに抱きついた。