【第四十四話】レオン、静かに怒る
最後に訪れたのは、鬼人のフーゴのところだった。
フーゴはトリアンの細々した雑務を一手に引き受けてくれていた。それこそ、注文から配達、仕入れにいたるまで雑多なことをやってくれている。
最初は一人でやっていたのだが、あまりにも多岐にわたりすぎるため、今ではかなりの数の部下を持ち、まとめている立場になっていた。
フーゴの事務所に行くと、中から声が聞こえてきた。
「この間もそこの部署から同じものを注文してきたよな?」
「はい」
「きちんと届けたのか?」
「はい、確実に届けています」
なにやら取り込み中のようだったので、アリスとレオンは扉の前で待っていた。
「なにかおかしいな。見に行こう」
「え?」
そう声が聞こえて、中からフーゴと部下らしき人物が出てきた。
「あれ、アリスさんにレオンさん」
「こ、こんにちは」
なんだか盗み聞きをしていたかのようで、居心地が悪い。
そんなアリスの心境を知ってか知らないでか、フーゴは口を開いた。
「なにかご用ですか?」
「いえ、近くまで来たから、顔出ししただけよ」
「そうですか。この後、なにかご予定でも?」
「なにもないわ」
「ちょうどよかった。それなら、ちょっと着いてきてほしいところがあるんです」
レオンと顔を見合わせ、それからアリスは頷いた。
「いいわ、行くわ」
フーゴを先頭にして、アリスたちは歩いた。
どこに向かうのかと思っていたら、食堂だった。
食堂になんの用事がと思っていると、フーゴは思いっきり食堂の扉を開けた。
バーンと開け放たれた扉の向こうには、こんな時間だというのに人がたくさんいた。
中にいた人たちはアリスたちの姿を見た途端、椅子から立ち上がり、脱兎のごとく散り散りに逃げようとしていた。
『捕縛っ!』
アリスはとっさに魔法を唱え、透明な網を部屋に宙に巡らせ、逃げようとしていた人たちを一網打尽にした。
「さすがです、アリスさん」
「当たり前よ」
アリスはフーゴに褒められて、胸を張って捕縛した人たちに視線を向けた。
その中の一人にアリスは見覚えがあったが、どこで見たのか思い出せない。
悩んでいると、捕縛した人たちがアリスを見て、顔色を変えた。
「あいつだ」
「魔女だ!」
「あいつのせいだ」
レオンがかばうようにアリスを背にやった。アリスはレオンの背中越しに捕縛した人たちを見て、思い出した。
「ねぇ、レオン、あの人たちって」
「あぁ、北の森の村の住人だな」
レオンは腕を組んで、捕縛した人たちを睨みつけた。
捕縛した人たちはレオンを見て、さらに言いつのる。
「偽者エルフだ」
「エルフがこんなところにいるはずないからな。おおかた、ハーフエルフだろう?」
レオンは眉をピクリとも動かさなかったが、アリスはレオンが怒っていることだけは肌で感じていた。
「それで、誰から死にたい?」
「レ、レオンっ」
「おまえたちは森になにをした?」
「なにもしてない! むしろ、おれたちは被害者だ!」
「村長たちが勝手にやっただけだ!」
「森だけではない。ラッセになにをした?」
「ラッセ? だれだそれ」
「あいつだろ、あのボウズ」
「あぁ。それも村長がやったことだ」
「黙って見ていた時点で同罪だ」
レオンは魔力を身体に巡らせると、呪文を唱えた。
《風よ 切り裂け》
風はアリスの張った網を通り越し、捕縛した人たちの服をズタズタに切り裂いた。
「ひいいい」
「なにするんだ!」
レオンはさらに続ける。
《風よ 縛り上げよ》
下着一枚の姿で、捕縛した人たちは風によってそれぞれ縛られていた。
「おまえたちは森を燃やし、トリアンに不法侵入のうえに食堂の調理師たちを脅した罪で王都に差し出す」
「なっ、なんでだ! おれたちは悪くない!」
「おまえたちの方がよほど酷いことをしているだろう!」
「偽者め!」
偽者、偽者とさっきから言っているが、どこに証拠があるのか。それに、レオンは一言も自分がエルフだとは言っていない。勝手に向こうが思っただけだ。
反論するのも馬鹿らしくて、レオンは無視をした。
「図星だからなにも言わないのか」
「ちょっと人より耳が長いからって、エルフって言ってるだけだな」
レオンの後ろにいるアリスが反論しようとしたが、レオンに止められた。
「相手にするな。言いたければ言わせておけばいい」
「でも!」
「馬鹿が移るぞ」
その一言に、アリスは目を丸くしてレオンを見上げた。
「なんだ?」
「それもそうねとは思ったけど、レオン、知ってたけど口が悪い」
「事実を述べたまでだ」
レオンはポカンとしているフーゴに視線を向けた。
「とりあえずこいつらを牢に入れておけ。それから王都に連絡を」
「あの、話がまったく見えないのですが」
「説明は後でするから、このうるさいのを牢に入れてきてくれ」
「あ、はい」
フーゴはレオンに言われて、慌ただしく動き始めた。
アリスとレオンは食堂の隅に移動した。
「まったく反省の色が見えないな。精霊が永久に近寄らない地にしてしまえ、アリス」
「いやそれ、呪いじゃない?」
「あの森はそれくらいにしていい。魔女もその方が安らかに眠れるだろう」
「……それなら、闇の精霊の住み処にしてしまえばいいんじゃないの?」
「闇の精霊はいない」
「あ、いないんだ」
言われてみれば、今まで闇の精霊を見たことがなかった。それでも、闇の魔法はあるし、使えているが、どうやら仕組みが違うらしい。
「火の精霊女王を呼んで、いきさつを話せばきっと分かってくれるだろう」
「そうだけど……」
アリスは引っかかるものがあって、イマイチ乗り気ではない。
あの村の住民すべてが悪いわけではないのだろうし、事情を知らない者もいるだろう。その人たちも巻き込むことにアリスはすっきりしない。
「レオン、納得いかないよ」
「アリスならそういうと思ったよ。だがな、あいつらは森を燃やした」
レオンが怒っているのはそこのところだとアリスは気がついた。
ラッセには悪いが、ラッセをいじめていたことも悪いと言っているのは、きっと口実だろう。
エルフは森と共に生きている。その森を燃やされたのだ。怒るに決まっている。
「あいつらは森に生かされているということを忘れている。人が踏み入れることのできない森になってしまえばいい」
「でも、そうなったら森は……」
そう考えて、アリスはふと思いついたことがあった。
「入れなくしちゃえばいいのよね?」
「そうだが」
「じゃあ、魔の森みたいにしちゃえばいいのよ!」
「発想が斜めじゃないか?」
「うん、そうしよう!」
森を枯らすようなことはアリスにはできなかった。だけど、魔の森のようにしてしまえば、人は住めないが、森は生きる。
「リエッキ!」
『ここに』
リエッキを呼べば、すぐに現れた。
『話は分かった。しかし、童では無理なのじゃ』
リエッキは火の精霊女王だ。燃やすことはできても、アリスが望むようなことは出来ない。
『木の』
リエッキの呼びかけに応じて、リエッキの隣に緑色の光が降り注いだ。
そして現れたのは、緑の髪に緑の瞳をした、髪の長い少女だった。
『火の、呼んだ?』
『呼んだのじゃ』
『あら、こんなところにエルフと……セヴェリさまが寵愛している人間がいるじゃないの!』
セヴェリの寵愛ってなにっ? とアリスは思ったが、突っ込まなかった。きっと過剰な加護のことを言っているのだろう。
『あたしはプーよ。よろしくね、えっと?』
「アリスよ」
『アリスね』
プーって某クマ? と思ったが、アリスは心の中にとどめておくことにした。
アリスは木の精霊女王に事情を説明した。
『魔女が棲んでいたあの森ね。いいわよ、これ以上、人間に好き勝手されるのも気に食わないし、ちょっと実験をしたかったのよねー』
「実験ってなにする気?」
『蔦植物の繁殖力の実験』
木の精霊女王はそう言って、悪い笑みを浮かべた。
『森をぐるりと蔦で囲っちゃうから!』
それだけ言うと、木の精霊女王は緑の光を残して、消えていった。
「任せて大丈夫かな……?」
『心配ない』
本当かしら? と思いつつ、アリスは木の精霊女王に任せることにした。