【第四十三話】アリス、ドレスを調達しに行く
アリスとレオンは昼食後、アリスの屋敷に戻り、一階のラウンジでまったりとお茶をしていた。
とそこへ、王都にいるはずのマテウスがやって来た。
「お父さま、どうされたのですか」
「どうされたもなにもない。アリス、魔女はどうなった?」
「あ……」
マテウスに言われ、アリスは報告するのを忘れていたことに気がついた。
「魔女は、その」
「オレたちが着いたときに、死んだ」
「死んだ? では」
そして、そこでマテウスはようやくアリスの変化に気がついたようだ。
「おお、髪の色が!」
「お父さま……」
それって最初に気がつくものじゃないの? とアリスは思ったが、下手に突っ込むと自分の立場が悪くなることに気がついたので、黙っていた。
「陛下に直接、報告とこの度の旅の準備のお礼をしなさい」
と言われ、アリスは頷くことしか出来なかった。
「日程は明日の昼過ぎだ」
「えっ? 陛下のご都合は……」
「予定は空いているそうだ。だから私が呼び出され、こうしてやって来たのだよ」
王というのは忙しいはずなのに、空いているというのがなんとも納得がいかない。しかも、魔女退治を命じられてからそんなに日にちが経っていない。報告のために空けられていたとも思えないし、どうにも腑に落ちないが、呼び出されたのだから、行かないという選択肢はない。
「髪の色が元に戻ったことだし、トリアンから出ることを許そう」
「ありがとうございます」
とはいえ、魔女退治の際にすでに出ている。どうにも矛盾しているなと思ったが、こちらも黙っておくことにした。
「アリス、それとレオン。正装で陛下に謁見するように」
「あの、お父さま。この間、陛下からいただいたローブで行くのは……」
「正装で行くように」
マテウスに念押しされ、アリスは黙って頷いた。
* * * * *
アリスは明日の準備のために自室へと戻ると、慌ててクローゼットを開けた。
中に詰め込まれているのは、右を見ても左を見ても黒い服ばかり。しかもどれも正装からはほど遠い服ばかりだった。
黒髪になってからこちら、外に自由に出られなかったからドレスなど持っていない。そしてなによりも髪の色を隠すために必然的にフード付きの服ばかりになっていたし、髪の色を隠すためにフードを被れば呪いのせいで服が黒くなってしまっていたので、最初から黒にしていたのだ。
今からドレスを調達するために王都に行くには遅い。しかも、トリアンに来てからかなりの年月が経っているため、王都も様変わりしているだろう。
アリスが今着ている服を含め、クローゼット内にあるものは、トリアンで調達したものだ。服を買った店に行くのも手かもしれないが、ドレスがあるとは思えない。
さて、どうしたものかと悩んでいると、ドアがノックされた。
ドアを開けると予想どおり、レオンが立っていた。
「アリス、今からイデオンのところに行くぞ」
「えっ?」
「ドレス、ないだろう?」
さすがはレオン、アリスがドレスを一着も持っていないことを知っていたようだ。しかもそれで困っているのも見抜いていた。
イデオンというのは、アリスが助けたウサギの亜人だ。手先が器用だったため、イデオンは衣服を作る職に就いた。そこでデザイナーの同じウサギの亜人の女性と知り合い、結婚した。
トリアンの服のほぼすべてをイデオンが取り仕切っていると言ってもいい。
「でも、今から行っても……」
「行くだけ行ってみよう」
レオンに言われ、アリスは外出着に着替えた。いつもどおりにフードを被ったところで、レオンがパサリとフードを取った。
「アリス、もう隠さなくていいんだぞ」
「あ……」
癖というのは恐ろしい。そんなことを思いながら、レオンとともにイデオンの店を訪れた。
「いらっしゃい、アリスさん」
「こんにちは」
アリスはいつもどおり、おずおずと店内を見回して、人がいないことにホッとしてから中へと入った。
それを見て、イデオンは苦笑した。
「アリスさん、もっと堂々とすればいいのに」
「いやぁ……」
極力、人に会わないようにしてきたこの十二年でついた癖は、すぐには治りそうにない。
治さなければとアリスは思いながら店内を見ていると、イデオンが驚きの声をあげたのが聞こえた。
「あれ、髪の毛の色が戻ってる」
「あー、うん」
「元に戻って、よかったですね! これで黒以外の服も着られますね」
そう言うなり、イデオンはなぜか奥に引っ込んだ。
疑問に思っていると、イデオンはなにかを持って戻ってきた。
「レオンさんに頼まれて、作っておいたんですよ」
「え?」
そういってイデオンが広げたのは、濃い紫色のドレス。光の加減によって、黒にも見える生地だ。
戸惑ってレオンを見ると、黙って頷かれた。
「アリスさん、着てみてください」
イデオンはアリスにドレスを渡すと、試着室に押し込めた。
アリスは渡されたドレスを広げて、呆然と見た。
肩から胸の上のあたりまでオーガンジー生地でできていて、肌が透けて見える。しかしその下はボリュームたっぷりのしっかりとした濃い紫色の生地だ。袖は二重になっていて、長さが違う。スカートも同じ生地で出来ていて、ギャザリングされていて、裾は長さがところどころ違う。スカートは二重になっていて、下地はオーガンジー生地でふわりと床まで届くほどの長さになっている。そして、スカートに沿うように、金色のチェーンが流れていた。
アリスは一目でこのドレスが気に入った。
このドレスのデザインはイデオンの奥さんだろう。だけど、レオンが頼んでいてくれたというのが、アリスは嬉しかった。
アリスは早速、試着した。サイズはぴったりだった。
「着替えました」
そう断りを入れて試着室を出れば、その場にいた皆が息をのんだ。
「……すごく、綺麗だ」
レオンの掠れた声に、アリスは真っ赤になった。
「とても気に入ったわ!」
アリスはいたたまれなくなって少し大きめな声で言えば、イデオンは嬉しそうに笑った。
「明日、ドレスが必要なんだが、これに合う装飾品もあるか?」
「もちろん、いつでも着られるように準備してますよ! レオンさんの正装も必要ですよね」
「あぁ、頼む。明日の朝までに届けて欲しい」
「かしこまりました。準備して、今日中に届けます」
アリスは試着室に戻って元の服に着替えて、イデオンの店を後にした。
「アリス、他の四人にも顔出ししておくか?」
「あ、そうね」
まず、食料調達を任せている犬の亜人であるヨーランの元へ行った。
ヨーランは隣国に食料の調達に行っていないと言うことだったが、子どもたちには会えた。
アリスとともに剣の練習をした仲間だ。アリスの髪の毛が元の色に戻った──というより、金色になっていることに驚いていた。
次に向かったのは、ドワーフコンビだ。
グスタフとハンネスの二人は、鍛冶屋を営んでいた。
アリスたちの武器から、日用雑貨にいたるまで、すべて作ってくれている。
「おー、嬢ちゃん、髪の毛、元に戻ったのか」
「はい」
「黒髪でも違和感なかったが、やっぱりそっちの方が落ち着くな」
「じゃあ、祝いにこれをやるよ」
そう言って渡されたのは、金色に輝く扇子だった。
まさかこの世界にも扇子があるとは思っていなかったアリスは、驚いてグスタフとハンネスを見た。
「どうしてこれを?」
「お、嬢ちゃん、使い方を知ってるのか。さすがだな!」
「今、王都で流行ってるんだよ」
ぱらりと開いてみれば、日本で売っているのと同じものだった。扇面は布で出来ていて、こちらはあのドレスと共布のようだった。親骨と中骨は金属で出来ているのに軽いところがさすがだった。
「ありがとう」
「お代はいらないからな」
「え?」
「これは祝いだからな」
それに、とハンネスが続けた。
「ドレス用の装飾品代はしっかりもらったから、心配するな」
「あ! あの金色の鎖の!」
「そうそう、あれな。結構、大変だったんだぜ」
繊細で軽いのに、安っぽくないとは思ったけど、さすがは二人の作品ということか。
「それに、髪飾りとか、ネックレスとか、宝飾も作ったからな」
そういえば、二人には明日のことを伝えていないのに、どうして知っているのだろうか。
疑問に思っていると、奥からラッセが現れた。
「あ、アリスさん! 聞きましたよ、明日、王子をとっちめに行くって」
「……はいっ?」
「魔女退治は本来、第一王子が行くはずだったらしいですよ」
「へー」
「トリアンでは今、その話で持ちきりですよ」
情報源はどこだと悩んだが、マテウスが吹聴して回っている可能性が高かった。
「頑張ってきてくださいね!」
「その扇子でガツン! とやってこい!」
そんな目的で渡されたのかと思うと、アリスは気が重かった。