【第四十二話】レオンとセヴェリの勝負
予想どおり、アリスは眠れない夜を過ごした。
寝返りを打っては、考える。
考えても仕方がないことだと分かっていても、考えてしまう。
ロヒカールメはエルフと同じ寿命を得られると言っていた。だけど、と思う。
アリスは人間だ。いくらドラゴンの血を飲んだとしても、老けていくのではないだろうか。
いや、不老不死とも言うし、どっちなのだろうか。
自分で試すには、あまりにも危険すぎる。
レオンとともに、ずっと一緒に生きていきたい。
普通であれば、その願いは不可能なはずだ。だからこんなに悩むことはない。
だけど、手を伸ばせば、アリスが望めば、それは手に入るもので……。
「これはなにかの試練なのかしら」
手に入るからと、安易に手を伸ばしては駄目だと思う。思うけれど、レオンのことを考えると、いいかなとも思える。
結局、アリスの中ではグルグルと同じところを行ったり来たりの思考に陥った。
そしていつもなら魔の森に行く時間になって、ようやく眠れたため、起きたのはお昼過ぎだった。
前世の休みの日にはよくあったけれど、今世ではこんな寝坊は初めてかもしれなかった。
カーテンの隙間から差し込む光の強さに、アリスはしばし呆然としてしまった。
服を着替えて食堂に行けば、お昼ご飯の用意をしているところだった。
「あら、アリスさま。今日はのんびりですのね」
アリスたちの屋敷の料理を作ってくれているエルマの声に、アリスは思わず苦笑を返した。
「考えごとをしてたら、眠れなくなって……」
「そういう日もありますわよね。それより、朝を食べてないからお腹が空いているでしょう? すぐにお昼の用意をいたしますわ」
エルマはそう言うと、奥のキッチンへと下がっていった。
そう言われてみれば、グゥとお腹が鳴った。
「くくくっ」
アリスの後ろから、笑い声が聞こえた。
お腹の音を聞かれた恥ずかしさと、数年ぶりの来訪に、少し怒り気味に振り返った。
「ちょっと、セヴェリっ!」
アリスの怒り顔に対して、セヴェリはにこやかだった。
「やぁ、アリス。ようやく元の髪色に戻ったんだね」
アリスの髪の毛の色が戻ったということを報告もしてないのに知っているということは、やはり常に監視していたということなのだろう。それか、精霊が報告してくれたのか。
「どうしてぼくが知ってるのかって顔してる」
気にならないわけではないけれど、気にしたら負けだとアリスは思ったので、首を振った。
「リエッキがね、自慢しに来たんだよ」
犯人はリエッキか! と心の中でツッコミを入れ、それからセヴェリをにらんだ。
「それで、今さらなんの用?」
つっけんどんに告げれば、セヴェリは楽しそうに笑った。
アリスは全然面白くない。
「アリス、やっぱりぼくの嫁になれ」
「お断りしますっ!」
髪の毛の色が元に戻った途端、手のひらを返したかのようにそう言ってくるセヴェリが不快なアリスは、一瞬、魔法をぶち当ててやろうかと思った。この場にレオンがいたら、悪い顔をしているとツッコミが入っただろうが、今はいない。
いたらいたで、セヴェリとレオンのケンカが勃発しそうだ。
「いいね、その表情」
「セヴェリって変態?」
「ぼくはね、アリス。ただのお飾りは嫌なんだよ」
「はぁ」
「ぼくに従順な嫁は要らないよ」
その言い方はまるでアリスが反抗的な態度を常にとっているような言い方で、カチンときた。
「なにその言い方っ!」
「ほら、そういうところ」
「神経を逆なでするようなことを言うからでしょっ!」
「そうかい?」
ヌケヌケとこいつ、と内心で思っているアリスの気なんて知ってか知らないでかはともかく、相変わらずだということが分かり、思わずため息が出た。
「やっぱり、私の癒しはレオンだわ」
「あのエルフか。やはり、殺すっ!」
昔ならいざ知らず、今は剣も魔法もかなり使えるようになっているレオンに、果たしてセヴェリは勝てるのだろうか。
「その勝負、買ってもいいぜ」
いつの間にかレオンが来たのか知らないけれど、レオンがいた。
「レオン」
セヴェリとレオンが勝負したとき、きっとレオンが勝つだろう。それでも、アリスとしては争ってほしくはなかったので止めようとしたが、すでに遅かった。
「今から勝負しよう」
「あぁ、いいぜ。審判はマリアに頼もう」
マリアならば、公平に審判してくれるだろう。
だが、こんな決闘、マリアが許容するのだろうか。
「オレが呼んでくる」
「ちょ、ちょっと待って。今からお昼だし、お母さまもここにいらっしゃるから、それまで──」
「あら、その必要はなくてよ」
レオンを止めようとしたら、ちょうどマリアがやって来た。タイミングがいいのか悪いのか、悩ましいところだ。
「あら、あなたは……」
「セヴェリよ、お母さま」
アリスはどうにか決闘話はなかったことにしたかったのだが、レオンが割って入ってきた。
「今からこのセヴェリと勝負をしようと思う。マリア、審判をしてくれないか」
「あら、いいわよ」
決闘ではなく勝負と言っているあたり、レオンはマリアの性格を完璧に把握しているようだ。
アリスは内心でため息を吐いた。
まだ昼食の準備には時間が掛かるということだったので、アリスたちは中庭に移動した。ここはマリアが鍛錬をするために広い。アリスとレオンもここで鍛錬してきた。
「それで、試合形式はどうするの?」
マリアの質問に、レオンは逡巡してから答えた。
「魔法と剣を使った一本勝負だ」
「魔法もありなら、結界を張らないとだめね」
「アリス」
レオンに呼ばれて、しぶしぶアリスはレオンの横に立った。
「結界を張ってくれないか」
「はぁい」
乗り気ではないアリスは、つい気の抜けた返事をした。それについて、レオンはアリスの頭を小突いて突っ込んだ。
「きちんと張れよ」
「分かってるって」
アリスはムッとしながら、詠唱する。
『結界』
アリスから金色の光が舞うと、結界がドーム状に広がった。それは中庭を覆うほどの大きさになった。
たまにこうして結界を張って魔法の練習をすることがあるが、今のところ、破れたことはない。
「さぁ、思い切ってやって」
半ばヤケになっているアリスの言葉に、レオンは苦笑を浮かべた。
「じゃあ、あなたたちは結界の中に入って。準備が出来たら右手を挙げてちょうだい」
アリスとマリアは念のために結界の外に出ることにした。そのほうがきっと、二人は遠慮なく戦えるだろう。
セヴェリは結界の中に入ると、すぐに右手を挙げた。レオンも続いて結界内に入り、アリスとマリアが外に出たのを確認してから、手を挙げた。
「それでは、勝負、始めっ!」
マリアの合図に、しかし、二人はにらみ合ったまま動かない。
アリスはレオンの腕前は知っているが、セヴェリの腕前は知らない。そもそも、セヴェリは剣を持っていない。剣と魔法対魔法ということなのだろうか。
初めて戦う者同士、相手がどう出てくるのかお互い、探りあっているようだった。
先に動いたのは、レオンだった。
《風よ》
風魔法を唱えたかと思うと、レオンの身体がグッと前に押し出された。その勢いでセヴェリまで迫ると、剣を抜き、勢いのままセヴェリに切りつけた。
セヴェリはただぼんやり見ていたわけではない。セヴェリはセヴェリでレオンが来る前に詠唱していた。
【蔦よ 壁になれ】
初めて聞く詠唱に、アリスは息をのんだ。
セヴェリが唱えた魔法に呼応して、地面から蔦が伸びてきて、壁になった。
レオンは蔦をバサリと切ると、セヴェリの首元に鋒を突きつけた。
「勝負、あり! レオンの勝ちっ!」
マリアの声に、アリスは大きく息を吐いた。
アリスは結界を解くと、レオンに駆け寄った。
「レオンっ!」
レオンに抱きつけば、レオンはアリスを抱きとめた。
レオンはアリスを抱きしめたまま、セヴェリを見た。
セヴェリは悔しそうな顔をして、レオンを見ていた。
「完全にぼくの負けだよ」
「当たり前だ。アリスはだれにも渡さない」
アリスはその一言がうれしくて、レオンの胸元に顔を埋めた。