【第四十一話】アリス、レオンと語り合う
急なことだったので、お祝い会というより、いつもより少し豪華な食事となっただけだった。アリスはホッとした。
食事の後はお風呂に入り、部屋でまったりとしていた。
とそこへ、レオンがやってきた。こちらもお風呂に入った後らしく、寝間着姿だった。
「アリス、話がある」
改まったレオンに、アリスはなんだか嫌な予感がした。
だけど拒否するのも不自然だし、聞きたくないというのもおかしい。だから小さく頷いた。
「ロヒカールメが言いかけていた話なんだが」
その一言に、アリスはドキリとした。
ちなみにロヒカールメは、様子を見てくると言って、どこかに行ってしまった。
ロヒカールメの馬鹿、と思いながら、アリスは返事をした。
「……うん。あ、レオン、話は長くなりそう?」
「アリスの返答次第だな」
それならばきっと、長くなる。
だからアリスはレオンに椅子をすすめ、アリスはベッドに腰掛けた。
「察しはついているだろうが」
そう言って、レオンはちらりとアリスを見た。
アリスは神妙な表情で、レオンを見ていた。
「アリスは自分の寿命について、どう思っている?」
思ってもいなかった方向からレオンが攻めてきた、とアリスは思った。
だから思わず笑うと、レオンはムッとしたようだった。
「なぜ笑う」
「予想外の方向から来たから」
「予想はしていたと?」
「ううん。聞かれるとは思っていなかったわ」
そう伝えれば、レオンはしかめっ面をした。
「ノンビリしてるというか、マイペースというか」
「んーと。自分の寿命というより、エルフと人間の寿命の差は考えたことがあるわ」
「ふむ」
「でもね、それって考えても仕方がないことじゃない?」
「そうか?」
「だって、種族としての寿命に差があっても、個人の寿命は分からないじゃない。明日、事故に遭って死ぬかもしれないし、病気になるかもしれないじゃない」
そう言えば、レオンは大きなため息を吐いた。
「そういうの、なんて言うか知ってるか?」
「ん?」
「屁理屈って言うんだよ」
「でも、間違ったことは言ってないわ」
「まぁ、そうなんだが」
アリスはレオンを見た。
この十二年で、アリスは成長した。だけどレオンは、十二年前と変わっていないように見える。とても三十歳には見えない。
「ねぇ、レオン」
「なんだ」
「エルフって、自分で好きな見た目で時を止められるものなの?」
「いや?」
「じゃあ、レオンの見た目はずっと今のままなの?」
「あぁ、そういうことか」
アリスの質問に、レオンは大きく息を吐いた。
「オレの見た目の話か。……これでも、コンプレックスなんだぞ」
「え?」
「村にいたら気にならなかっただろうが、ここにいたらいつまでも見た目が十八のままだから、侮られることが多くてな……」
「そうだったんだ」
そういう素振りを見せなかったし、そもそもアリスはレオンに外交をすべて任せてきていた。特に問題なくやってくれていたので、そんな問題があったとは思わなかった。
「ごめんなさい」
「? なんでアリスが謝るんだ?」
「気がついてあげられなかったから」
そう言えば、レオンは再度、大きく息を吐いた。
「馬鹿だな」
「な、なによっ」
「種族差の問題だろ。アリスが謝って、オレの見た目が人間で言うところの三十歳の見た目になるわけじゃない。むしろ、アリスとの年齢差を気にしなくて済む」
「別にわたしは気にならないわ」
「オレが気にする」
今日はレオンの意外な心境を知ってばかりだ、とアリスは思った。
「気にしてたんだ。というより、エルフだったら十二歳差なんて誤差だと思ってた」
「エルフ同士なら、な」
「そうなの?」
そこはやはり、寿命の長さの違いなのだろうか。
「この十二年間、どういう気持ちでアリスの成長を見てきたのか、アリスは知らないだろうな」
分からなかったので、アリスは素直に頷いた。
「……年を追うごとに綺麗になってきて、いつ、だれかに奪われるかもしれないと思ったら、気が気じゃなかった」
「わたしはレオンだけよ?」
「セヴェリに言い寄られていただろう?」
「そんなの昔の話よ」
「昔の話でも、言い寄られたというのは事実なんだ?」
「あ……」
でもこれは、レオンも知っていたことだと認識していたのだが、違っただろうか。
「え、でも、レオンも知ってたわよね、それ」
「知ってた。セヴェリにも確認した」
「そうなんだ」
アリスの髪の毛が黒くなってからセヴェリはあまり現れなくなったけれど、気配は感じていた。だから元気にやっていると思ったし、あまり関わらないでおいた方がレオンの機嫌も悪くならないからと思って、放置していた。
「それにしても、セヴェリはしつこいな」
「へっ?」
「幾重にも祝福が掛かっている」
「あー……」
セヴェリの気配がすると思っていたのは、それが原因だったのかとアリスは今、はっきりと分かった。
「アリスを護るものだから黙っていたが、あんまり気持ちがいいもんじゃないな」
アリスが返答に困っていると、レオンは小さな声で、
「……嫉妬だ、気にするな」
「嫉妬……?」
「オレではこれほどの祝福を掛けてやれないからな」
どういったものが掛かっているのかアリスには分からなかったけれど、セヴェリだからこそできた芸当なのだろう。
「……それで、話をもとに戻すぞ」
そうだった、寿命の話をしていたのだった。
「アリスはどう思ってるんだ?」
「人に寄るとしか」
「オレは嫌だぞ」
「え?」
「アリスがいなくなった世界で生きていくなんて、嫌だ」
そう言われても、アリスがどうにかできるものではない。
とはいえ、アリスだって先に死にたい訳ではない。でもそこは、抗うことができない事実な訳で。
「セヴェリも同じことを考えているようだな」
「同じこと?」
「アリスには長生きして欲しいって思ってるみたいだ」
「でも」
「アリスの言いたいことは分かる」
「どうしようもできないことを振らないでよ……」
なるようにしかならないと分かっている。そして、二人の思いも分かる。けれどそれはアリスにしてみればかなり重たくて、なんといえばよいのか分からなかった。
「アリス、ロヒカールメの血を飲まないか?」
「え?」
まさかレオンがそんな提案をしてくるとは思わず、固まった。
「話、聞こえてた」
「……あぁ」
「というより、話を聞かなくても、知っていた。ドラゴンの血を飲むと不老不死になるとも言われてるしな」
「どうしても?」
「アリスは嫌なのか?」
「嫌というより、戸惑ってるのよ。死ぬのは怖い。でも、死なないのも怖いわ」
「ふむ」
どんなものでも終わりがある。それは無生物にも終わりがあるように、終わりがないものはないのだ。
「それなら、オレも飲む」
「へっ?」
「それなら、アリスだけを残すことはないよな」
「そういう問題ではなくて……」
どうするのが正解なのか、結局、答えは出なかった。
「まだ時間はあるわ」
「呑気なことを言ってると、あっという間だぞ」
「その時が来てから考えればいいわ」
「それだと遅いと思うんだがな。まぁ、いい。おやすみ」
「おやすみなさい」
夜も遅いということで、今日はおしまいとなった。
レオンは隣の部屋へと戻っていった。
「わたしだって、ずっと一緒に生きていきたいわ」
アリスはポツリと呟いた後、すぐにベッドに潜り込んだ。
今日は眠れそうになかった。