【第四十話】アリス、家に帰る
トリアンの検問所に辿り着いた。
ここを出たのは数日前のはずなのに、なんだか長く離れていたような気持ちになった。
そういえば、あの捕まえた男はどうなったのだろうか。
そんなことを考えながら検問所へ行けば、予想外に止められてしまった。
「身分証を見せろ」
と言ってきたのは、見覚えのある男だった。確か名前は……。
「サムリ!」
「なぜ、名前を……。って、アリスさんっ?」
サムリはアリスの髪の毛を見て、それから顔を覗き込んだ。
それを見たレオンはムッとして、アリスを背中に隠した。
「見るな」
「いや、顔見なきゃわかんないでしょ!」
「見なくてもアリスだ。それと、髪の色で判断するな」
レオンのむちゃな言葉に、サムリとラッセはヤレヤレといった表情を浮かべた。
そんな二人を見ながら、アリスは気になっていたことをサムリに聞くことにした。
「そういえば、数日前にここにいた男がどうなったか分かる?」
アリスの質問に、サムリは首をかしげた。
「なんの話ですか?」
「わたしがトリアンから出るときにいた、正体不明な男よ」
「あー、分かりました。あの男なら、王都に連れて行かれましたよ」
「王都に?」
「はい。なんでも、今、王都を騒がせている怪盗団の一員だったみたいでして」
「怪盗団……」
いくらアリスがトリアンに引きこもっているといっても、王都の情報が入ってこない訳ではない。
そんな奴らがいるというのは知っていたけれど、まさか捕まえた男がその一員だったのは、驚きだった。
「なんでも、トリアンに怪盗団を送り込もうとしたみたいで……」
「はぁ……」
なぜトリアンが狙われたのか、そして、このトリアンに簡単に侵入できると思われたのがシャクだった。
「簡単に入れると思ったのかしら」
「むしろこんだけ堅牢な守りをしているから、なにかよいものでもあると思われたんじゃないか?」
「たくさんあるわ! でもそれは、盗めるようなものじゃないわ」
トリアンには、これまで育ててきた薬草がたくさんある。そして、それらを育て、採取し、商品として加工するというかけがえのない人材がいる。
薬草は盗むことができるかもしれないが、人は盗めまい。また、それらの技術だって、盗んだところですぐに使えるものでもない。
「お金を貯め込んでいるとでも思われたのかしら」
「かもな」
確かに、お金は貯め込んでいる。いるが、そう簡単に見つかるような場所には隠してない。しかも、隠し場所を見つけたとしても、アリス以外には開けることが出来ないようにしていた。
「でも、なんでここなんだろう」
「王都から近かったからじゃないか?」
それだけの理由で狙われたのなら、アリスにはどうすることも出来ない。
今回は事前に見つけられて運が良かった、としかいえない。
「状況は分かったわ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
サムリはわざとらしいくらい姿勢を正し、アリスたちを見送ってくれた。
検問所をくぐると、薬草畑が広がっているのが見えた。特に変わりはないようで、アリスはホッとした。
薬草畑の間の道路を通り抜け、自宅が見えてきたところでアリスは変に緊張してきた。
髪の毛の色は元に戻った。
だけどそれは、魔女の死を意味することで……。
考えないようにしていたのだが、結局のところ、魔女を殺したのは、十二年前のアリスの光の魔法だった。
前世でアリスを殺した人を、殺してしまった。
いくら討伐の命が出ていても、やはり後味はよくない。
「アリス」
アリスが思い悩んでいることにいち早くレオンが気がついたようだった。
「アリスは魔女を殺してない」
「でも」
「魔女は長く生きすぎた」
「え?」
「人の身でありながら、何百年と生きていた」
「そうなの?」
アリスは何度か瞬きをして、レオンを見た。
「でも……」
「魔女は人を殺し、その魂を食らい、そうやって生き延びてきた」
「あのオッリという人は?」
「あれは魔性じゃ。魔女を生かし、糧を得ていた」
と言われたところで、アリスは疑問に思った。
「ロヒカールメの血を分け与えていたのじゃないの?」
そうだ、ロヒカールメの前の主人は魔女だったのだ。寿命を永らえることが出来るというドラゴンの血を飲まないはずがない。
「もちろん、飲んだのじゃ」
飲んだのじゃが、とロヒカールメは続けた。
「不味いと言って、吐き出したのじゃ」
「…………」
考えてみなくても、血なのだから、美味しいわけがない。
「じゃあ、お酒と混ぜるとか、ジュースで割るだとかしたら、少しは飲めるのかしら」
そういう問題ではないような気もしたが、アリスは提案してみた。
「なんじゃ、アリス。試してみるか?」
「いえ、結構よ」
少し気になるところではあるけれど、アリスは特に人並み外れて長生きしたいとは考えていない。
「そうか、残念じゃのぉ。な、レオンよ」
「なにがだ?」
「ところで、レオンよ」
「あ、家に着いたわ」
アリスはロヒカールメがレオンになにを言おうとしたか分かったため、言葉を遮って強引に話題を変えた。
アリスが言うように、門の前にやってきていた。
「なんだか緊張するわ」
自分の家なのに、なぜか入るのをためらってしまう。
それはきっと、髪の毛の色が戻ったからだ。黒くなったときはこんなことを思わなかったのに。
そんなことを思いながら、アリスは門を開けて敷地へと足を踏み入れた。
門をくぐり、エントランスへと続く道を歩く。左右にはアリスが育てている花が綺麗に咲いていた。色とりどりの花は、心を和ませてくれる。花や葉に水滴が見えるところ、使用人のだれかが水をやってくれたのだろう。ありがたかった。
そうして先にマリアのいる屋敷へと足を向けた。
玄関の扉をノックすると、すぐにドアが開かれた。
「お嬢さま……ですか?」
疑わしそうな声に、アリスは思い出す。そうだった、髪の毛の色が変わっているから、疑われても仕方がない。
アリスの後ろにいたレオンが前に出てきて、間違いなくアリスだと証明してもらわなかったら、大騒ぎになるところだった。
「無事に用事を済ませて、ただいま戻りました。お母さまに挨拶がしたいから、取り次いでいただけるかしら」
「……かしこまりました」
しばらくすると、マリアが一人で玄関へとやってきた。
玄関先で待っていたアリスたちを見て、マリアは目を丸くした。
「まぁ、アリス?」
「はい、お母さま。無事に戻って参りました」
アリスのその言葉に、マリアは駆け寄ってきて、ギュッと強く抱きしめてきた。
「あぁ、無事だったのね!」
「はい、無事です」
「心配していたのよ! でも、髪の毛の色が戻ったということは」
「魔女はオレたちが到着したと同時に死んだ」
レオンは端的に魔女の最期をマリアに告げた。
マリアはレオンを見て、それからアリスを見た。
「魔女は長く生きすぎた。寿命だ」
アリスが口を開く前に、レオンは淡々とそう告げた。
「そう……なのね」
魔女の元にたどり着くまでにはかなり戦ったが、魔女ともオッリとも戦っていない。戦ったのは、十二年前だ。
あのときの魔法が原因で、魔女は死んだ。
だけど、それは告げてはならないことのような気がしたので、アリスは黙っていた。
「それでは、今日はお祝いをしましょう!」
「お祝い……?」
「だって、無事に元の色に戻ったじゃないの」
そうなのだが、アリスとしてはめでたいかと聞かれたら、複雑な気持ちになる。
「そんな、お祝いはいいわ」
「あら、無事に帰ってきたのですし、そうだわ、お父さまに知らせなくちゃ」
マリアはそう言うと、バタバタと奥へと走って行った。
「…………」
「今の人は?」
「……わたしのお母さまよ」
「なるほど……」
ラッセはなにか納得したように頷いていた。
「あの訳の分からないところは、アリスさんが似たんだね」
「ラッセ?」
「え、いや、あははは」
アリスの性格はマリアに似てないと思うのだが、アリスにはその自信はあまりなかった。