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【第四話】アリス、レオンと手をつなぐ

 応接間に移動した四人は、侍女が淹れてくれた紅茶とお菓子を食べながら、話をすることとなった。


「レオン、話せる範囲でいいから、あなたのいた里のことと、里を出てからここまでのことを教えてくれるかしら?」

「それは、なにか必要なことか?」

「必要なことよ」

「分かった」


 レオンはそう言うと、紅茶を一口飲んでから、口を開いた。


「里は、なにもない退屈な場所だった」

「エルフの里は森の中にあると聞いていたけれど、森には出られなかったの?」

「成人するまで森に行くことは禁止されている」

「ということはあなた、まだ成人してないのね?」

「いや、十八になった」

「それじゃあ、森に出られるようになったんじゃないの」

「そうだ。だから、里を出てきた」


 マリアはレオンの一言に、頭を抱えた。


「あなた、それ、なんて言うか知ってる?」

「なんだ?」

「家出って言うのよ」

「成人したら里を出て行くとずっと言っていたし、長老も特に引き留めなかったぞ」


 レオンはそう反論するが、この様子だとなにも言わずに出てきた可能性が高い。


「きちんと挨拶して出てきたの?」

「…………」


 無言がすべてを物語っていた。


「あなた」


 マリアはキッと目をつり上げると、マテウスを見た。

 マテウスはマリアの視線を受け、情けなくも肩を落とした。


「レオンがいたエルフの里を突き止めて、お手紙を書いて」

「はぁ? オレのこと、知らせるのか?」

「もちろんですわ。あなた、自分の状況がまったく分かってないようだから教えますけど、アリスが助けなかったら、あなたは奴隷紋を身体に付けられて、奴隷商人に好き勝手されていたところなのよ?」


 マリアはかなり言葉を濁していたが、アリスはなんとなく察してしまった。

 エルフなんてめったに人前に現れない稀少な種族を捕まえたのだ。死ぬまでいろんなものを搾り取られていただろう。


「わたくしたちはエルフの里と事を構えようとは思っていません。そのこともお知らせしておかなければ、後々、大変なことになりますわ」

「ふーん」


 状況が分かっていないらしいレオンは、人事のように生返事を返してきた。


「ほんと、あなたはずいぶんと甘やかされて育ってきたのね」

「そんなことないぞ!」


 とはいうが、どう考えても甘やかされて育ってきたとしか思えない。


「手を見せて」

「手を?」


 疑問を抱きながらも、レオンは素直にマリアに手を見せていた。

 アリスも横から覗き見る。

 剣ダコもあかぎれもない、きれいな手をしていた。

 エルフの里では大切に育てられてきたのだろうというのがうかがい知れた。


「分かったわ、ありがとう」


 マリアはニッコリと笑うと、アリスを見た。

 アリスは同じように手を見せた。


 剣はあまり握らないから、剣ダコはない。家事は腐っても男爵、さすがに侍女がしてくれているので、転生してからはしたことがない。

 しかし、年の割に硬い手をしているのは、マリアにしごかれて運動をさせられているからだ。

 庭の木に登れて当たり前。

 そんな環境で、アリスは今まで育ってきた。

 レオンはアリスの手を見てどう思ったのか分からないが、アリスの手のひらを見て、自分の手のひらを見て、それから少しだけ神妙な表情をしていた。


「レオンは庭の木に登れる?」


 すでに日は沈んでいたが、応接間から庭の木を見ることはできた。高さは二十メートル、幹回り二メートルにもなる、かなりの巨木だ。青々とした葉を茂らせていた。


「あれくらいなら楽勝」

「では、明日、実際に登ってもらうわよ」


 マリアは挑戦的な視線をレオンに向けると、レオンはムッとした表情を浮かべた。


「今からでも登れる」

「いや、その服ではやめておいた方が」


 アリスの制止に、レオンは自分の服を見た。

 どこから出てきたのか分からないけれど、白いレースのブラウスに黒いトラウザーズを履いていた。

 動きやすい服ならいざ知らず、今の格好でも登れなくはないだろうが、破れてしまう可能性がある。

 止められて、さすがにレオンもまずいと思ったのだろう、「明日にする」とぼそりと呟き、マリアを見た。


「聞きたいことは以上か?」

「あなたがいた里の名前は?」

「……フォルシウス」


 少し間があったものの、素直に答えるとは思っていなかったので、アリスは驚いていた。


「どこにあるの?」

「分からない」

「分からないってどういうこと?」


 マリアは戸惑ったような表情を浮かべていた。

 対するレオンは、暗い表情をしていた。


「里を出て、森の中を歩いていたらいきなり捕まってここまで連れてこられたから、分からない」

「帰りたい?」

「いや。それはない」


 レオンはキッパリとそう言うと、立ち上がった。


「もういいか?」

「そうね、ありがとう。疲れているでしょうから、部屋で休むといいわ」


 アリスも立ち上がり、レオンに駆け寄ると、手を取った。

 レオンはビクリと身体を揺らしたが、アリスがニッコリと微笑みかけるとしっかりと手をつないでくれた。

 それが嬉しくて、アリスはますます笑みを深めた。


 * * * * *


 そして、次の日。

 朝ご飯を食べた後、アリスとレオンは動きやすい服に着替えた。

 ちなみに、昨日、レオンが着ていた服は、使用人用の物だったらしい。

 今、着ている服も、使用人用のものだという。


「レオンの服、買いに行かなきゃ」

「あら、せっかくだから作りましょうよ」


 と、マリアはさも当たり前のようなことを口にしたが、アリスは首を振った。


「わたしの従者だから、わたしがお金を出すの!」

「まぁ、アリスちゃんったら、こんな時こそ甘えるものだと思うのだけど?」


 少し面白くなさそうにマリアはそう言ったが、アリスは首を振った。


「これ以上、甘えられないわ」


 かわいげがないとアリスは自分でも思ったが、養われている身としては、これ以上、自分に対してお金を使われるのは嫌だったのだ。


「それに、昨日の件で陛下から幾ばくか報奨金をいただけると聞いているわ」

「あら、そうなの?」

「というわけで、早く木に登って、買い物に行くわよ!」


 アリスは後ろにいるレオンに声を掛けた。


「服は……そういえば、オレが昨日、着ていた服は?」

「それは洗濯しているわ」

「それだけでいい」

「いや、いいわけないでしょう! 着替えは必要よ!」

「面倒くさい」

「面倒でも駄目よ」


 アリスはレオンの手を取り、見上げた。

 レオンは顔を引きつらせていたが、アリスは上目づかいでレオンを見た。

 レオンはなにを思ったのか、たじろいでいた。


「毎日、買い物に行くって訳ではないんだから」

「……分かった」


 了承は取れたので、今日の課題である木に登るということから始めることとなった。


「まずはアリス、見本を見せて」

「はぁーい」


 マリアに言われて、アリスは庭の木に近づいた。

 ここに家が建つよりも遙か前からある、トネリコ。

 アリスはこのトネリコに登るのが好きだった。だから木の上まで登れた日は、すごく嬉しかった。


 普通ならば、貴族の娘が木登りをするなんて、なんておてんばな! と怒られるところだが、アールグレーン家は違っていた。

 マテウスは渋い顔をしていたけれど、マリアはむしろ推奨してきたほどだった。

 かくして、おてんば娘のできあがりとなったわけだ。


 アリスは、トネリコの幹肌に手を当てた。ゴツゴツとした幹肌に、笑みを浮かべた。

 風の魔法を使うと簡単に上がることができるのだが、それはしない。精霊たちも分かっているようで、アリスから少し離れて、様子見をしている。

 アリスは上の方に手を伸ばし、木を登り始めた。

 六歳の身体はまだ軽くて、アリスが思ったとおりに木を登ることができた。

 両手と両足を使って、サクサクと登っていく。

 すぐに木の股の部分にたどり着き、アリスはそこに乗ると、手を振った。


「レオンも同じように登ってください」


 マリアの一言に、レオンも同じように幹に手を掛け、足を掛けて登ろうとしたのだが。


「……これ、どうやって登ったんだ?」


 幹はゴツゴツとしているが、引っかかるところは一つもない。それをアリスはするすると登っていったのだ。


「ちょっとしたコツはあるけど、そんなに難しくないわ」

「コツってなんだ」

「ちょっとした引っかかりを見つけて、そこを掴んで登るの」

「はぁ?」

「落ちる前に上へ登るって感じかな」

「そんなこと、できるかよ!」

「だって昨日、登れるって言ったじゃない」

「言ったけど……」

「じゃあ、どうやって登るの?」


 アリスが聞くと、レオンはトネリコから少し離れて、両手を広げた。


≪風よ≫


 聞いたことのない呪文を唱えたと同時に、レオンの周りに風が吹く。

 そして、レオンの身体がふわりと持ち上がったかと思ったら、あっという間にアリスの横に来た。


「わっ、今のエルフの魔法?」

「そうだ。初歩の初歩だ」

「わたしにも教えて!」

「駄目だ」

「ケチー!」


 マリアは木の上でじゃれている二人を見上げて、口を開いた。


「レオン、魔法で登ったら意味がないから、駄目よ」

「ちっ」

「基礎体力を付けるところから始めましょうか」


 マリアはそう言うと、にっこりと笑った。

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