【第三十七話】アリス、ドラゴンを手に入れる
ラッセの昏い瞳にアリスはなんと言えばいいのか分からず、無言を返した。
「よそ者というのは?」
しかしレオンは空気を読まないのか、読みながらも気になったことを気にせずに聞いたのか。
その質問にラッセは答えた。
「まんまだよ。流行病で父さんを亡くして、僕と母さんは村にいられなくなって、あの村に流れてきた」
「村にいられなくなったとは、どうしてだ?」
「どうしてかは分からない。母さんは父さんを埋葬したら、逃げるように村を出たんだ」
「…………」
色々と考えられることはあるけれど、逃げなければいけない理由があったということだ。そして、あの森の側の村にたどり着いて……。
「あの村にも、長くいるつもりはなかったんだ。だけど母さん、旅の疲れから病気になって……」
「それで亡くなったと?」
レオンの問いに、ラッセは小さく頷いた。
「母さんが亡くなった後、僕は一人で旅に出るつもりが……」
ラッセは大きくため息を吐いて、続けた。
「今回の火事だ」
「よそ者というだけで犯人に仕立て上げられた、ということか」
「そうだ」
あまりの腹立たしさに、アリスは追加で報復してやろうと考えたが、レオンに止められた。
「アリス、悪い顔をしてる」
「うっ……」
「あれくらいで止めておけ」
「分かった」
納得はいかなかったが、またあそこまで戻るのは面倒だった。
「宛のない旅に出るくらいなら、トリアンで働いてくれれば助かる」
「さっきも言っていたが、働けって、僕を奴隷のように扱う気なのか?」
「まさか! きちんとお給料は出すわ」
ただし、とアリスは続けた。
「衣食住の保証はする。でも、もちろん、ただでとは言わないわ。お給料から引かせてもらう。残った物がラッセの取り分よ」
「そんなうまい話があるわけないだろ」
「疑うのなら、トリアンに来て、話を聞けばいいわ」
ということで、ラッセを連れて、トリアンへと戻ることになった。
トリアンへの帰り道は、行きとは違って順調だった。
とはいえ、怪我人のラッセがいるので、行きよりも休憩をマメに取り、移動していた。
「そういえば結局、森に火を付けた人物はハッキリしなかったけど」
「だれが付けたとしてもいい。あの村がグルになってやったということが分かったからな」
「まぁ、そうなんだけど」
とはいえ、なんとなくスッキリしない。
「それなら、犯人は分かってる」
「そうなの?」
「村長の息子だ」
「あー……」
なんとなくそんな気がしていたのだが、やはりかとしか思えない。
「森の中にいるドラゴンを捕まえるために森に火を放ったんだ」
「はっ?」
「そんなことしても捕まえられないのにな」
「そうね」
「あとは森にいる魔女を退治するためにって」
アリスはあからさまにムカッとした表情を浮かべた。
「なに考えてるのよっ!」
「なんにも考えてないから火を放ったんだろ」
レオンのあまりにもあまりな言葉にしかし、そうとしか思えない状況にアリスは嘆息した。
「それにしても、ひどい話よね」
森の火事のせいで魔女の身の回りの世話をしていたらしいオッリが亡くなっている。そして、そのせいで魔女も死んだ。
魔女に関しては国王から討伐依頼が出ていたとはいえ、なんとも後味が悪い。
「そういえば、なんか重要なことを忘れているような気がするんだけど」
「ドラゴンのことじゃないか?」
「あっ!」
そうだった、オッリはドラゴンを放っていた。それはトリアンの方面に向かっていた。
「急いで帰らないと!」
「気持ちが焦るのは分かるが、ラッセのことも考えろ」
そう言われてしまえば、グッとこらえるしかなかった。
そうなれば、アリスが次に考えることはドラゴンのことで……。
飼い主がいなくなった今、ドラゴンを討伐することも視野に入れなければならなかったが、アリスは考えた。
「あのドラゴン、飼えないかしら」
「言うと思ったよ……」
ドラゴンは総じて、頭が良い。
森から逃がされたと考えれば、きっとどこにも害を与えていない……はず。
「もしかしたら、森に帰ろうとしてここを通るってことは……あったし!」
話をしていれば、空にドラゴンの影が見えた。
「おーい!」
アリスは思わずドラゴンに呼びかけた。
ここからドラゴンに声が聞こえるとは思えないが、偶然なのか、ドラゴンの高度が下がった。と同時に怪我をしているのが見えた。
ドラゴンは硬い鱗に覆われていて、簡単に傷が付く物ではないという認識でいたのだが、ざっくりと後ろ足が切れていた。
そのせいなのか、ドラゴンはヨタヨタしていた。
「ねぇ、あれ」
「怪我をしてるな」
ドラゴンに傷を付けるだなんて、容易ではない。
もしかして、討伐隊でも出されたのだろうか。そしてその討伐隊に傷をつけられたとしたのなら、ドラゴン討伐の専門家がいたことになる。このままではドラゴンを殺されてしまう。そんなこと、させない!
「おーい、こっちよ」
アリスの呼び声が聞こえたのか、ドラゴンはさらに高度を下げて、グルリと回るとアリスの前に降りてきた。
「人間よ、我を呼んだか」
「呼んだわ!」
ドラゴンは人語を解しているようで、言葉が通じた。
アリスの前にやってきたドラゴンの鱗は赤かった。
魔女が連れていたドラゴンの鱗の色が何色だったか思い出せない。だけどそうそうドラゴンがいるわけではないので、きっとあの時のドラゴンなのだろう。
「あなた、怪我をしているわ」
「これくらい、問題ない」
「そんなことないわ。痛いでしょう? 魔法で治せるもの?」
「これは、オッリが我を逃がすためにつけたものだ」
オッリという名前に、アリスとレオンは顔を見合わせた。
「オッリはその……」
「知っておる。死んだのだろう」
アッサリとそういうドラゴンに、アリスは戸惑った。
「それなのに、あの森に帰るの?」
「我の住み処はあの森だ」
「森、燃えたじゃないの。だから、トリアンに来ないっ?」
ドラゴンを飼いたい一心で、アリスは勧誘してみた。
「トリアンとは?」
「わたしのお父さまの領地よ」
「魔の森の近くにあった土地か?」
「そうよ、そこよ!」
「ふむ、いいだろう」
「来てくれるのっ?」
「うむ」
アッサリと来てくれることになり、アリスは飛び上がるほど嬉しかった。
「わたしはアリス」
「我はロヒカールメ」
「難しい名前なのね」
「ロヒなりカールメなり好きに呼ぶがいい」
ロヒカールメはそういうと、バサリと翼を広げた。
「あ、待って!」
「どうした?」
「傷を治さなきゃ!」
ふとドラゴンを見ると、鱗の色が緑に変わっていた。
「あ、……れ? 鱗の色が」
「あぁ、怒ったり、興奮すると赤くなるのだ」
「へー、そうなんだ」
アリスは興味津々でロヒカールメを見て、それから少し近寄った。
「触ってもいい?」
「よいぞ」
ロヒカールメのお許しが出たので、アリスは近寄って、身体に触れた。鱗は思ったより柔らかく感じた。そして、温かかった。
「アリスよ」
「はい」
「おまえは珍しい魔力を持っているようだな」
「珍しい?」
「金色の魔力とは、珍しいだろう。全属性を持っている」
アリスの魔力の色は確かに金色だし、全属性が使える。
「でも、癒しはちょっと苦手よ」
「ふむ。どちらかといえば、攻撃向きな魔力ではあるな」
まさしくそうだったので、アリスは苦笑した。
「でも、その傷くらいなら治せるわ」
「分かった。治してもらおう」
アリスはドラゴンの足の部分に移動した。
『ヒーリング』
アリスの詠唱と共に金色の光が傷口に降り注ぎ、傷口が塞がれていく。
「おぉ……!」
ロヒカールメは歓喜の声を上げていた。
「これで苦手とは、攻撃魔法が恐ろしいな」
「あははは」
ロヒカールメの傷口はすっかり塞がっていた。