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【第三十六話】アリス、報復をする

 村長の前には、紐でグルグル巻きにされた少年。

 よく見ると、ところどころに血が付いたり、傷があったりした。


「ひどい……っ!」


 アリスはあまりの痛々しさに、少年に駆け寄ろうとしたが、レオンに止められた。


「待て」

「でも!」

「治療は話が終わって──」

「そんな悠長なこと、言っていられないわ!」


 アリスはレオンが止めるのを無視して、少年に近寄った。近寄ると、少年の状態がさらに酷いことに気がついた。


「あんたたち、この子になにしたのよっ!」


 レオンの目には、アリスが怒ると金色の光が周りに広がるのが見えた。今日も見えているということは、本気で怒っているということ。

 見知らぬ他人に対してこれだけ怒れるというところに、レオンは感心していた。


「見てのとおりですが」


 村長はアリスの怒りに気がついていないのか、気がついていながらとぼけているのか。


「見て分からないから、聞いてるのじゃないのっ!」

「見て分かりませんか」


 状況的に見て、この少年が森の火事に関わった──最悪、火を付けた──と村人たちは思っているのだろう。

 しかし、レオンは知っている。この少年は濡れ衣を着せられているということを。知ってはいるが、証拠がない。

 アリスも分かっていながら聞いたのだろう。

 村長の口から少年になにをしたのか聞き出したかったのかもしれないが、相手の方が上手だった。村長はニヤニヤしているだけだった。

 アリスは仕方がなく、口を開いた。


「彼は違うわ」

「ほう? どこに証拠が? 目撃者がいるのですよ」


 村長の言葉に、アリスはそう来ると分かっていたようで、ギロリと村人たちをにらみつけた。だが、あまり効果はなかったようだ。


「で? その目撃者はだれ?」

「なぜ部外者のあなたに教えなければならないのです」


 アリスがムカッとしたのがレオンには手に取るように分かった。


「あのね、森の火事に巻き込まれたのっ! 部外者でもなんでもないわ、むしろ被害者よっ!」


 イライラとした空気にしかし、村長は態度を崩さなかった。


「でしたら、火を付けたこいつに──」

「森に火を付けたと言うが、それならどうしてだ? おまえたちに責任がないとは言わせないぞ」


 レオンが低い声で割って入ってきた。

 それでも村長は態度を変えず、ニヤニヤしながら口を開いた。


「はて、どういう?」

「この少年を見ると、今付けられた傷だけではなく、古傷がかなりある。ことあるごとに難癖付けて痛めつけてきたんだろう?」

「さぁてのぅ?」

「恨まれても仕方がないことをやってるよな、おまえら」

「さいてー!」


 アリスの言葉にレオンは頷き、ナイフで少年を縛っていた紐を切った。

 アリスが慌てて駆け寄り、ヒールを掛けた。少年の傷は癒えたが、立ち上がることが出来ないほど、痛めつけられていたようだ。地面に横たわったままだった。


「それで、目撃者とは?」

「ここにはおらん。火を消しに森に行った」

「火は消えてるぞ」

「片付けをしておるのかもしれぬのぉ」


 レオンとアリスは顔を見合わせ、話にならないと判断した。

 レオンは少年を抱き上げた。


「アリス」

「はぁい」


 レオンの意図するところを素早く読み取ったアリスは、両手を空に向かって掲げた。


『リエッキよ、来たれ』


 アリスの呼応に空から赤い光が降ってきてアリスの肩に乗ると、人の形へとなった。


『リエッキ、この村から精霊を追い出せる?』

『簡単なことなのじゃが、何故じゃ?』

『この村が森を焼いたみたいなのよ』

『なるほど、火の扱い方を間違ったのだな! お仕置きが必要じゃな!』


 リエッキはアリスの肩から降りると、村をグルリと一周した。

 そうすると、それまであった精霊の気配が綺麗さっぱりと消えてしまった。

 村人たちはリエッキがキラキラと赤く光るのに見蕩れているだけだった。だれ一人として、精霊がいなくなったことに気がつかなかった。

 いや、一人だけいた。レオンが連れている少年だ。


「ぁ……ぁっ……!」


 少年はフルフルと頭を振ると、レオンの肩を叩いた。


「おまえが気にすることではない」

「だけどっ!」

「いいから任せておけ」


 アリスの肩にリエッキが戻ってきたところで、アリスは村人たちを見た。


「あなたたちにはそれ相応の罰を与えたわ。反省したのなら、トリアンまで来ることね」


 アリスはそれだけ伝えると、村人たちに背を向けて、村から出た。


「なんだあいつら」

「帰れっ! 二度と来るなっ!」


 そう言って、だれかがアリスに石を投げた。

 しかし。

 その石はアリスに当たる前にクルリと方向を変えて、石を投げた人物へと戻っていき、当たった。


「いてっ!」

「なにしやがるっ!」


 アリスたちは振り返らない。

 村人たちはそのことが気に入らず、足下にあった石を次々とアリスとレオンに向けて投げたが、ことごとくなにかに拒まれただけではなく、反対に投げた人たちに当たっていた。


「なんだこれはっ!」

「あいつら、森から来たよな?」

「魔女だ!」

「魔女の住み家を燃やした仕返しかっ?」


 村人たちの声はしっかりとアリスとレオンの耳に届いていた。

 アリスは怒鳴りたい気持ちを抑えて、とっとと村から遠ざかることにした。

 アリスは早足で村から離れる。レオンも無言でそれに続いた。


 村人たちはアリスたちが見えなくなるまで石を投げ続けたが、すべて跳ね返って来た。それでも懲りずに投げ続けた。


 アリスは村を出る前に、自分とレオンに結界を張った。石は結界に当たり、跳ね返っただけだ。


 村から離れ、魔女の住み家を通り過ぎ、森の入口へと戻った。

 連れて行けなかった馬は、アリスたちが戻ってきたことに気がつき、駆け寄ってきた。


「あなたたち、待っていてくれたのね!」

「ヒヒーン」


 いなくなっていたらどうしようと思ったが、待っていてくれた。それが嬉しくて、アリスは馬にほおずりした。馬も同じように返してきてくれた。


「さて、少し森を離れるか」

「そうね」


 アリスは馬に乗り、レオンは少年と共に馬に乗った。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。わたしはアリス・アールグレーンよ。よろしく」

「オレはレオンだ」

「僕はラッセ」


 少年の名はラッセということが分かった。

 落ち着いて見ると、ラッセの髪の毛の色は他の村人よりも濃かった。明るい日の下で見るには焦げ茶だが、暗いところで見ると、黒色に近い。

 もしかして、それが原因でいじめられていたのかもしれない。


「なんか勝手に連れてきちゃったけど、ラッセのご両親は?」

「……死んだ」

「そっか」


 さらには両親もおらず、村の厄介者といったところだろうか。


「村に戻りたい?」


 アリスの質問に、ラッセは速攻で首を横に振った。

 それはそうだろう。あんな目に遭っても戻りたいという方がどうにかしている。


「それなら、トリアンに来る?」

「トリアン?」

「そ。ここから南に行ったところにあるの」

「村なのか?」

「んー、お父さまの領地よ」


 トリアンは村なのか、町なのかと聞かれたら、どちらでもないと言える。あそこはアールグレーン家が治める領地だ。


「おまえ、貴族なのか?」


 ラッセの問いに、アリスは首をかしげてしばらく考えた後、頷いた。


「そうね、なんだかすっかり失念してたけど、わたし、貴族だったわ」


 アリスの気の抜けた返事に、ラッセは呆れていた。


「なんだよ、それ」

「いやぁ、ちょっと事情があって、引きこもってたから……貴族って意識が薄くて」


 華やかなドレスを着て舞踏会やお茶会に参加していれば少しは違っただろうが、アリスは人前に出ることを禁止されていた身だ。それに、トリアンでは土いじりや森に入って魔物退治などをしていたから、ますます貴族ということを忘れていた。


「働いてもらうことになるけど、いいかしら?」

「あの村より最低な場所なんてそうそうないだろうからな。いいぜ、行ってやる」


 ラッセの偉そうな態度に、アリスはクスクスと笑った。


「なんだよ、笑うなよ」

「いや、それだけ口がきけるのなら、なんで言い返さなかったのかなぁって」

「多勢に無勢。それによそ者の僕は、村人じゃないからな」

「ひどい差別ね」


 アリスの言葉に、ラッセは暗い目をしてうつむいた。

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