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【第三十三話】北の森の異変

 昨日は早く寝たのもあり、陽が昇る前に二人は目が覚めた。朝に弱いレオンもシャッキリと目覚めていた。

 シャワーでも浴びたい気分ではあったが、浄化魔法で済ませておく。

 荷物は必要な物しか出していなかったため、それらをバッグに片付けて、宿を出た。

 馬を引いて、まだ薄暗い町を出る。

 こんな朝早い時間でもすでに町は動き出していて、検問所は商人の出入りが多いようだ。アリスたちと同じような旅人の姿も中にはあった。

 検問所は問題なく通過することが出来て、ほっとしたのも束の間。


 町を出て、しばらく移動したところで、本日の第一弾の攻撃を受けた。周りにアリスたち以外いない時で良かった。

 アリスは索敵があまり得意ではなく、レオンが見つけては、さっくりと魔法で倒していた。


「殺してはないから安心しろ」


 とはレオンの言だが、アリスからしてみれば、相手の生死はどうでもよかった。やらなければ、殺されるのはこちらなのだ。これで相手が死んでも自業自得としか言えなかった。


「それにしても、しつこいわね」


 アリスは馬上でフードを被り直すと、手綱を握りしめた。


「それだけ来られたら困るのだろう」


 とっとと片付けて、レオンと結婚したいと考えているアリスとしては、面倒くさいと思う。

 もう黒髪のままでもいいんじゃない? 後ろ指を指されるのは、アリスだ。そんなどうでもいいことで差別するような人間とは付き合いたくないし、見分ける術として黒髪はいいのではないだろうか、と思い始めた頃、アリスたちが向かっている方向──ようするに北の森方面──から、いつぞや見たドラゴンが飛んできた。

 これはとうとう、魔女が現れたか? と身構えたが、スーッとアリスたちを素通りしていった。


「あれ」

「あぁ」


 まさかの素通りに、唖然とする二人だが、ふと嫌な予感がした。


「まさか、トリアンに?」

「としたら、なんでオレたち、頻繁に襲われているんだ?」

「それもそうね」


 アリスたちを見落としたか、はたまた別の要因があるのか分からないが、後ろを見ると、すでに見えなくなっていた。


「わたしもドラゴンが欲しいな」

「冗談でも止めてくれ」

「あら、本気よ?」

「それなら、ますます止めてくれ」

「えー、どうして?」

「どれだけ手間がかかると思ってるんだ」


 言われてみれば、そうだ。

 ドラゴンの巨体を保つのに、きっと膨大な量の餌が必要だろう。それに、言葉が通じるのかどうかも分からない。あんなのが暴れたら、トリアンなど一瞬で壊滅する。


「となると、ますますマズくない?」

「なにがだ?」


 いきなり話が飛んだため、さすがのレオンもついていけなかったようだ。


「ドラゴンの行く先がトリアンなり、王都なり、どちらにしてもそちら方面じゃない。あんなのが暴れたら、トリアンなんて一瞬で終わりだし、王都にいたってはすごい被害が出るんじゃないの?」

「まぁ、そうなんだが、今から引き返しても間に合わないぞ」

「転移魔法は?」

「そんな便利な物があれば、使っている」


 レオンの言うとおりで、アリスは転移魔法を習得しようと練習をしてみた。しかし、なにか足りないのか、そもそもそんな魔法は存在しないのか、今のところ、使えていない。

 だが、あと一歩、なにかをつかめばいけそうなところまで来ているような気がしないでもない。


 とにかく、このまま北の森に進むのが一番だという結論になり、二人は北へ馬を進めた。

 そして、北の森が見えてきたのはいいのだが、なにやらおかしい。

 黒い煙が流れてくる。続いて妙な熱気。


「えっ、もしかして、火事っ?」

「さっきのドラゴンは、火事から逃げたということか?」


 あの時の様子を思い出すと、確かにおかしかった。なにかから逃げているようだったとも見えた。


 それにしても、とアリスは思う。

 どうして魔女が棲むという北の森は火事になっているのだろうか。

 そして、どうしてドラゴンは逃げたのか。


「ねぇ、あのドラゴン、背中に人を乗せてた?」

「そこまで見てない」


 乗っていてもいなくても、今は森の火を消すのが先決だろう。


「火元はどこかしら」

「この様子だと、かなり広がっているように見えるな」


 火元は森の奥で、手前まで押し寄せてきているように見えた。ただ、アリスたちがいる場所まで、火はまだ届いてないようだった。

 アリスはふと空を見上げると、白い雲が流れているのが見えた。

 火元まで行って、水の魔法で消そうかと思ったが、そんな生やさしい状況ではなさそうだというのが分かった。

 それに、下手に森に入って、火事に巻き込まれたら──と思うと、怖くて動けなかった。

 それならば、ダメ元で試してみたい魔法があったので、使ってみることにした。


『空にある 雲よ 雨を降らせよ』


 天候をあやつる魔法は、最上級の難しさだ。というより、不可能に近いと言っても過言ではないだろう。

 しかし、このまま見ているだけなんて、辛すぎる。

 出来る、出来ないではなく、やらなければいけない場面だとアリスは思い、詠唱してみた。


 詠唱した瞬間、水の匂いが鼻をくすぐった。これはいけたかっ? と思ったが。


 案の定、なにも起こらなかった。

 そう簡単に雨が降れば、苦労はしない。


「アリス」


 レオンに呼ばれてそちらを見れば、渋い顔をしていた。

 また無謀な魔法を使おうとしていたのがバレて、怒ろうとしているのだろうか。


「それじゃあ無理だ」

「そうなの?」

「雲が足りない」


 レオンの言うとおりなのだが、空にある雲だけで雨を降らせようとしたけれど、それでは足りないって言うけれど……。


《風よ 雲を呼び寄せろ》


 いつもとは違う詠唱に、アリスは思わず息をのんだ。まさか雲を呼び寄せて雨を降らせようとしている……?

 風がサーッと吹いて、森の上の空にあっという間に雲が広がった。


《激しい雨よ 降れ》


 詠唱と同時に雨がザーッと激しい音を立てて降り始めた。


「嘘ぉ」


 そういえば、枯れ木に葉を茂らせたことがあったな、ということを思い出した。

 さすがは自然と共に生きると言われているエルフだ。雨雲まで呼んで、雨を降らせてしまうとは。

 だから、エルフを怒らせるなと言われてきたのだろうとアリスは納得した。


「アリス、今ので使えるようになったよな?」

「いや、さすがに無理かと」

「アリスなら出来るさ」


 買いかぶりすぎ! と思ったが、アリスは笑って誤魔化した。

 レオンの言うとおり、やれば出来るかもしれない。だけど、やらなければいけない場面なんてそうそう限られるし、なによりもそんな場面にもう遭遇したいと思わない。


 レオンがもたらした雨のおかげで、森の奥の方で燃えている火は鎮火し始めたようだ。アリスはホッとした。


「雨が止んだら、被害状況を確認しに森に入るか」

「はぁい」


 すでにお昼となっていたため、休憩することになった。

 アリスたちがいる場所まで雨は降っていない。人為的に降らせているため、局所的な雨になっている。


 二人は馬から降りて、荷物の中からお昼ご飯を取り出して、近くの枯れ木に腰掛けて、並んで食べた。

 干し肉とドライフルーツなので味も素っ気もないが、それでもレオンと一緒に食べていることで、それなりに美味しく感じていた。


「それにしても」


 いつもは無言で食べているのに、今日は珍しくレオンがご飯中に口を開いた。


「雨で火が消えたということは、魔法の火ではないようだな」


 アリスは干し肉を飲み込んで、それからしばらく考えた。

 アリスは、特に何も考えていなかったけれど、ここはそうだ、魔女が棲むという北の森だ。火事の原因がなにか、考えていなかった。


「魔法の火だったら、雨では消えないの?」

「多少は勢いを殺せるが、完全に消し去ることは出来ない」


 火の魔法を得意としているアリスだが、深く考えたことがなかった。


「アリスはいつも、どうやって火を消している?」

「え……っと」


 レオンに聞かれて、アリスは考える。


「特に意識してなかった」

「だろうなぁ」


 予想どおりの答えだったらしく、レオンはため息と共に言葉を吐いた。


「無意識のうちに火の精霊に火を消すように促していると思うぜ」

「……言われてみれば、そうかも」


 竈の火は、意識的に火加減したりしていたが、消すときはあまり気にしていなかった。心の中でありがとうと言っていた、ような気がしないでもない。

 後は、戦闘時の火の魔法は、瞬間的にしか使っていない。継続的に燃やすという場面は今までなかったからだ。


「もう少し、意識して使えば、魔力も節約出来るかもな」

「そうなんだ」


 精霊を使役して魔法を使っているけれど、渡す魔力は適当だ。

 継続時間や魔法の強さを考えて渡す魔力量を考えれば、無駄がなくなるかもしれない。


「とはいえ、アリスの魔力量は多いから、そこまで気にしなくてもいいかもな」

「でも、見合った対価を払った方がいいわよね」

「そりゃまあそうだけど、アリスは無意識のうちにそれをやってるぜ。そうじゃないと、精霊は離れていく」


 精霊が離れていくと、今まで使えていた魔法も使えなくなる、ということで……。


「もう少し意識するわ」

「そうだな。もっと強い精霊が来てくれるかもしれないしな」


 レオンの言葉に、アリスは頷いた。

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