【第三十一話】アリス、旅立つ
朝、目が覚めたら、金色の光が目の前にあった。
それを見て、アリスは笑みを浮かべた。
幼い頃、怖い夢を見て起きた後、レオンはいつもこうやって一緒に寝てくれた。
今回は、叫んで起きるつもりはなかったけれど、あまりのことに思わず叫んでいた。
あんなやり取りがあった後なのに、レオンは変わらずアリスのことを心配してくれたし、こうして一緒に寝てくれた。
変わらない距離感に少しヤキモキするが、今はこれでいいということにしよう。
ギクシャクとしたまま、旅に出るのは嫌だと思ったけれど、この様子だと大丈夫そうだ。
しかし、と昨日のことを思い出す。
レオンはそういえば、ドアを吹っ飛ばして入ってきた。もちろん、直してなどいない。
だれかが廊下を通れば、一緒に寝ているのが見えてしまう。……とはいえ、その心配はないのだが、なんとなくそんなことを考えてしまう。
「レオン、起きて」
アリスがレオンのほおを撫でながらそう声を掛けると、レオンはパチッと音がしそうなほどの勢いで目を見開き、飛び起きた。
「オレっ?」
「うん」
「あああ、アリスっ? オレ、アリスになにか……」
「一緒に寝ただけだよ?」
そう言うと、レオンは大きく息を吐いて、頭に手をやった。
「とうとう思いあまって襲ったのかと」
「…………」
「そんな白い目で見ないでくれ」
だったら昨日、アリスが誘ったときに断らなければ良かったのに、とアリスは思ったが、口にはしなかった。
「……朝飯食って、出るか」
「うん」
普段どおりの会話に、アリスはホッとした。
ただ、部屋を出るときにドアが壊れているのを見て、レオンは肩を落としていた。
「いない間に修理してもらいましょ」
「そうだな。すまなかった」
「ふふっ、わたしのこと、そんなに心配だったんだ」
「当たり前だろう! エルフは一度、伴侶を決めたら、死ぬまでその人一人だけなんだぞ」
「そうなんだ」
人間とは違い、エルフはそうだから結婚を焦らないのかもしれない。
だけど、人間はエルフに比べれば短命で、子を産むつもりでいるのなら、早いほうがいい。その辺りの感覚差が大きいのだろう。
「最近、見かけないけれど、セヴェリだってアリスを伴侶にしようとしたんだろう?」
「……昔のことだし、セヴェリも冗談で言ったのよ。黒髪になってから会ってくれなくなったし」
「その程度の愛情しかなかったんだな、あいつには!」
レオンはセヴェリのことを嫌っているらしいとは思っていたけれど、今ので嫌っているというのが良く分かった。
まぁ、レオンは好き嫌いが激しいし、好きの中に入っている人物は少ないから、珍しくもなんともないのだが、嫌いな人物を口にするのは珍しかった。
「黒髪は罪の色って言ったのは、セヴェリだし」
「なにっ?」
「だから、精霊たちにとってもそうなんだと思ってたけど……」
アリスの周りには、前以上に精霊がいる。今のアリスにはボンヤリとだが、精霊たちは見えていた。
「精霊たちはそんなことないって言ってくれてる」
レオンは、アリスの黒髪を一房摘まむと、毛先に口づけた。その仕草に、アリスの顔は真っ赤になった。
「アリスに祝福を」
「ありがとう」
エルフの祝福は、災難を避けてくれるという。とはいえ、今からそもそもの災難の元に行くのだから、避けようもないのだが。旅の途中の遭わなくてもいい災難から身を守ってもらえると思えばいいのだろうか。
悩んでいると、レオンが笑った。
「アリスはやっぱりかわいいね」
「なっ、なにをっ!」
「オレの動きに一喜一憂してくれるから」
「だだだだだって!」
「そうやって動揺するのも、変わらないね」
「もうっ、レオンったら! 朝食が冷めちゃうわ」
「そうだな。お嬢さま、行きましょうか」
レオンはそう言って、腕を差し出してきた。エスコートしてくれるらしい。
アリスは嬉しくなって、レオンの腕を取った。
アリスたちは朝食を摂ると、着替えて、荷物を詰め直して、さらに昔、使っていたテントを引っ張り出してきて痛んでいないのを確認してカバンに詰めて、家を出た。
アリスの部屋のドアは直してもらうように手配もしたし、マテウスとマリアには昨日のうちに挨拶は済ませている。
外に出るとまだ薄暗くて、最近の日課の魔の森に行くときとさほど変わらない。
これから魔女の討伐に行くというのに、気分的には普段と変わりがなかった。
それにはきっと、隣にレオンがいてくれるからだ。
いつもと変わらず、レオンが付いてきてくれる。
そう思うと、アリスの気分はかなり楽になった。
そのレオンだが、王が用意してくれた服を着ていた。悔しいけれど、白い服はレオンにとても似合っていた。
一方のアリスは、同じく白いローブを着ていたのだが、フードを被るとものの見事に黒いローブに早変わり。
最近のアリスは、なにを被っても黒くなるので、黒い服ばかり着ていたのだが、白い服は久しぶりで、かなり戸惑っていた。
ちなみにローブの下は、黒いワンピースを着ている。ベルトをして、杖はホルダーにおさまっている。
そしてカバンは、レオンが担いでくれた。軽いから大丈夫と言ったのだが、レオンは譲ってくれなかった。
それとは別に、アリスはベルトに魔法薬などが入った格納バッグを付けていた。こちらもレオンが背負っているバッグほどではないが、収納力がかなりある。準備万端だ。
「ところでアリス」
「なに?」
「北の森まで歩いて行くのか?」
「……あ」
レオンに言われて、交通手段をなにも考えていなかったことに気がついた。
「厩から馬を借りてこようか」
「そうね、そうしましょう」
アリスとレオンは厩に行き、馬にまたがった。
アリスが乗ったのは栗毛の馬、レオンは白い馬だ。
レオンが馬にまたがる姿はさながら本物の王子さまのようで、思わず見蕩れてしまった。
「アリス、行くぞ」
「あ、はい」
レオンがフードを被って前を行き、アリスもローブのフードを被って、後ろに続いた。
しばらくはトリアンの中を移動する。
トリアンに住む人たちは、アリスの髪の毛が黒髪で、どうしてそうなったのか知っているけれど、それでもあまり見られたくない。
すっかりアリスの手を離れた畑が左右に現れ、そして、きちんと手入れがされているのが良く分かって、アリスは嬉しかった。
トリアンの中を馬を走らせていると、壁が見えてきた。いつも使う検問所とは別の場所であるけれど、問題なく通れるだろうと思って、身分証のタグを服の下から引っ張り出しておいた。
検問所に入る前に馬から降りて、馬を引っ張ってタグを見せながら通ろうとしたところ。
「ちょっと待て」
と止められた。
予想どおりすぎて、アリスはため息とともにフードを外し、顔を見せた。
「こんな朝早くにだれだ」
「アリス・アールグレーンです」
名乗ったのに、検問所の男は避けてくれなかった。
「おまえこそ、だれだ?」
レオンの訝しげな声に、そういえばと改めて男を見た。
アリスはトリアンの町を作るとき、それぞれの部署に対して制服を支給することにした。一目でどこの職員か分かりやすくするためだ。
また、職員を採用する際、最終面接はレオンかアリスが混じることになっていた。だから二人はトリアンで働く人たちの顔と名前は記憶している。
だが、目の前の男は検問所の制服を着ておらず、しかも見たことのない顔だ。
レオンはサッと剣を抜くと、男に斬りかかった。
男はとっさに避け、懐からナイフを取り出すと、レオンの剣を受けた。
「チッ」
男は舌打ちをすると、ナイフを押して剣を避けようとしたのだが……。レオンの剣がそんな物で動くはずもなく、男は焦ったようだ。
『精霊たちよ 男を縛れ』
アリスの詠唱と同時に男の足元に突然、蔦が現れて、身体に巻き付いた。
「うわっ、なんだこれはっ!」
男はナイフを掲げた格好のまま、蔦に絡め取られていた。
レオンはナイフを強く押して、それから返す手で男の手を束で殴り、手を緩めさせて、ナイフを奪った。
『眠りの精霊よ 男を眠らせよ』
睡眠の呪文により、男はカクッと力を失い、その場に沈み込もうとしたが、蔦に支えられ、不格好なまま寝落ちた。
「アリス、人を呼んでこい」
「了解」
アリスは馬に乗ると、颯爽と人を呼びに行った。




